夏休みの朝
「凛、朝だよ。起きて。」
掛け布団にくるまってスヤスヤと眠る凛に声をかけて揺する。
まるで天使のような寝顔だ。
いつまでも眺めていたいが、ここで起こさずに1人でランニングに行くと、ハムスターみたいに頬を膨らませて拗ねてしまうのだ。
「んにゅぅ……にゅへへ…お兄ちゃん、ハンバーグにステーキ乗っけたらダメだよぉ……」
涎を垂らしながらデレっとした笑みを浮かべ、そんな意味不明な寝言を言う。
凛の夢の中で、俺は一体何をしているのだろうか。
「おーい。凛、起きなさい。」
ユサユサ。
「んへ…キリギリスのお化けが……」
「凛ってば、起きてよ。」
ユサユサ。
「お兄ちゃん…しゅき……」
「うっ…どんな夢見てるんだ……凛、起きなさーい。」
ユサユサ。
「お兄ちゃん…そんなとこ、触っちゃらめらよ…」
「本当にどんな夢見てんだ!?」
頬を染めて恍惚とした表情を浮かべる凛を、慌てて叩き起こす。
「ふにゃっ!?」
鼻頭をビンタすると、素っ頓狂な声を上げて猫のような俊敏さで起き上がった。
半目でキョロキョロと見回す。
やがて俺の顔に焦点が合った。
不思議そうな顔で瞬きをする。
「……ふぇ、お兄ちゃん?」
「はい、お兄ちゃんだよ。おはよう、凛。」
「おはよーお兄ちゃん……ふわぁ…」
眠そうに欠伸と伸びをする凛。
身長はあまり伸びていないのに何故か成長している胸が、可愛らしい寝巻きの胸部を押し出した。
姉さんといい凛といい、そこに関しては母さんの遺伝子をちゃんと受け継いだようだ。
バスケをしている凛は一昨年の終わりくらいから胸の成長を感じ、スポーツブラを着けるようになった。
そしてそのタイミングで、俺は凛と一緒に風呂に入るのをやめた。
それまでは凛によくせがまれていたのだが、それ以降は上目遣いに頼まれても断るようにしたのだ。
凛はプンスカと拗ねていたが、こればかりは譲れなかった。
ぶっちゃけ、俺が反応してしまいそうになる為である。
凛には言えないけどね。
「もうすぐ朝ご飯できるから、顔洗っておいで。」
「ふぁーい。」
一緒に1階に降りて、トボトボと洗面所に向かう凛を尻目に、俺はキッチンへ戻った。
焼けたトースターを取り出し、バターを塗る。
カリカリに焼いたベーコンと半熟の目玉焼きを盛り付けた皿をテーブルに置き、その横にコンソメスープを置いた。
グラスに牛乳を注げば、準備完了である。
「……ん、おはよ。」
ちょうど準備ができた時にリビングの扉が開かれ、寝巻き姿の姉さんが入ってきた。
姉さんは凛と違って自分で起きる事ができ、朝はご飯ができるタイミングで降りてくるのだ。
「姉さん、おはよう。ご飯できてるよ。」
「ん…ありがと。」
「んふぃー……美味しそーな匂い!!」
顔を洗ってサッパリした顔になった凛が目を輝かせた。
「あ、お姉ちゃん!おはよ!」
「ん、おはよ。」
ハイテンションな凛とクールな姉さん。
こう見えて2人はちゃんと仲が良かったりする。
「早く食べよ、お兄ちゃん!」
待ち切れない様子の凛に苦笑しつつ、俺は席に着いた。
姉さんも同様に座る。
3人で手を合わせた。
「それじゃ、いただきます。」
「いただきます!」
「…いただきます。」
「お兄ちゃん、今日も良い天気だねっ!」
俺の横を走る凛が、息を弾ませながらそう言った。
「そうだね。お昼からどうしよっか。」
凛にペースを合わせて走りながら、午後の予定を考える。
合わせるとは言っても凛はスピードもスタミナもある為、そこまで手を抜いているというわけでもない。
俺は重り代わりのリュックを背負っており、これくらいのスピードでもそこそこの運動量になるのだ。
「どこか遊びに行きたいなっ!」
「んー…何したいの?」
「キャッチボール!」
「良いね、なら公園かな。……姉さんも一応誘ってみようか。たぶん来ないだろうけど。」
「お姉ちゃんもたまには運動したら良いのに。」
「すぐ倒れちゃいそうだから無理にも勧められないしね。まぁ、もし駄目だったら2人でやろうか。」
「うん!」
凛が楽しそうに笑う。
我が妹は本当に良い顔で笑うな。
相変わらずの天使っぷりであった。
夏休みに入ってほぼ毎日している川沿いのランニング。
折り返し地点にあるベンチで休憩をしていた。
リュックに入れていたスポーツドリンクを飲んでいると、隣に座った凛が口を開いた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。」
「ん、何?」
「お兄ちゃんって、好きな人とかいるの?」
ドキッとした。
「う、うーん……いない、かなぁ。」
「そーなんだ。」
「ま、まさか…凛、好きな人ができたのか?」
恐る恐る聞くと、凛はニコッと笑った。
「凛はずーっと、お兄ちゃんが好きだよ!」
やっべ鼻血出そう。
妹が可愛すぎるんだけど、誰か助けて。
「ありがとう。俺もずーっと凛が好きだよ。」
「えー、でもさっきいないって言ってたじゃん。」
「い、いやそれは……好きってのも、色々あるだろ?」
「んー?わかんない。お兄ちゃんが好きは、"好き"じゃないの?」
ううむ……
「凛は母さんや姉さんも好きだろ?」
「うん、好きだよ。」
「俺の事を好きって言ってくれるのも、そんな感じじゃないか?」
「うーん?……そうだけど、何か違うの。」
「え?」
「お兄ちゃんの好きはお兄ちゃんしか思ったことないよ?」
………うぬ。
「ま、まぁ…あれだ。」
「あれ?」
凛が首を傾げる。
「好きっていうのも難しいからな。もっと大人になったらわかるのかもしれん。」
「えー?」
すまん、今はまだ勘弁して下さい。




