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8.新しい日常の始まり

 子供たちは殺人という言葉を知らない。


 何故ならそれは一定の年齢に達していないと知ることを禁じられるからだ。そして、そのような規則が定められるまでの道のりは過酷なものだった。

 各地に住んでいた人々たちが都市に逃げ込んだことで発生した難民問題を当時の為政者が事件を解決するどころか、前々から抱えていた他の問題とともに暴動や反乱などが一気に発生し闘争の時代となった。

 その後は蠱毒の如くこの都市にあるすべての勢力が牽制しあって潰し合った末に生き残ったのが今の政府だ。


 水や食料など生きていくのに必要なものは神の奇跡により教会の鐘がそれらを湧き出すようになったことで、政府はそれらの心配をする必要なかったが、

 次から次へと発生する犯罪などの問題に悩まされる中、都市中を震撼させる食人事件が発生したことで、騒乱が終わり多少なり希望を抱きはじめた住民たちはかえってお互いに疑い始めた。言ってしまえば、住人全員は人間不信の状態になって当然のように政府の言うことも信じられなくなった。


 政府はよくわかっている、

 住民たちがそうなった理由を、

 そして、閉鎖された空間で自分に害を成し得る存在の恐ろしさを。


 政府はまず人間不信の状態を解決しようと、人々が前に進んでいけるようにとこの事件の加害者を含む死者全員は魔物に殺されたという心の逃げ場を用意した。

 それから犯罪の対処や殺人者の討伐及び住民の監視や選別などのついでに住民たちを安心させようと守備隊を設立した。


 そして子供は真実を受け止めきれずに何らかの悪影響があるかもしれないと言い訳し、成人まで何も教えないことで恐怖への免疫を徹底的に下げる。成人時に生け捕りした魔物の公開処刑に参加させ、一気に恐怖の底に落として当時の大人たちと同じ恐怖心を持たせて、その恐怖心を利用して自分たちを信用させ権力を固めようとした。


 しかし、いくら教育に洗脳を仕込んでいても必ずそれを信じなかったり、成人前で知ってしまったりした人が存在する。

 前者の場合は要注意リストに入れられ一般人より厳しく監視される、後者の場合は一般成人と同じ程度の情報を教えて成人まで厳重に監視する。

 なお、政府の統治を脅かしかねない行為があった場合はどちらも殺処分とする。


 一般成人に知らされる殺人に関する情報は要約すると2つある。

 1つ、今まで授業に出てきた魔物は殺人者である。

 2つ、人に殺される人は加害者、被害者に問わず、すべて魔物に殺されたとみなす。




 ツワトたち3人は先生に連れられ、早朝の水汲みしている同世代の子供たちとすれ違いながら学習所に向かう途中、先生に大まかな情報を教えてもらった。

 先生はツワトたちに教えていい情報を教えたら、普通に授業するように「なにか問題はあるか?」と聞いたが、ツワトもデツィも特に反応はなく先生を見ている。


 (あれ?)


 「……何で人は人を殺すの?」


 先生がツワトとデツィの無反応に困惑しているとシハトは恐る恐る消えそうな声で訊いた。


 「人によって理由は違うから一概にこれが原因だとは言えないよ。ある人は逆恨みで、ある人は他人じゃなくて自分を殺した。授業で出てきた人喰いで言うと肉を食べたいから人を殺したそうよ」


 「そ、そんな……」


 (うん、これが普通の反応だよね。しかしツワトさんはともかくまさかデツィさんも……やはり怪しい)


 シハトの不安そうな反応に安心しつつデツィのこと怪しんだ先生はこれを一旦置いておいて、教育の方の仕事に専念することにした。


 「大丈夫そんなに心配しなくてもいいよ。時々魔物に襲われて死んだ人がいるよね、それは実は守備隊が魔物を事前に処理したからですよ。

 でもたまには今回のように発見できずに暴れられたこともあるけど、その時は逃げながら『魔物が出た』と叫んでいればいいよ、そのうち誰かが守備隊の人を連れてくるから」


 「本当?」


 「もちろん、でも事前に処理するには都市全体の協力が必要よ、その中に当たり前のだが、最も重要なのはちゃんと規則を守ること。そして、すれ違う人から家族まで怪しいと思えばすぐに守備隊に知らせることだ。

 この2つさえできていれば暴れる魔物と遭遇する確率は一気に減るよ」


 「じゃあ、クラスメートの兄さんがトレーニングしないから変だと守備隊の人に言えばいい?」


 「いや、他人の兄さんが変じゃなくてシハトさんの兄さんが変だ」


 「俺は変なのか?」

 先生のツッコミにツワトは思わず隣にいるデツィに確認した。

 「私に聞かないで」

 デツィは恥ずかしそうに目をそらした。


 自分の失言に気づいたのか、先生はわざとらしい咳払いした。

 「とりあえず変と思ったらその調子でどんどん話せばいいよ、できればツワトさんを基準にしないでくれたらもっといいけど……」


 「ん? 先生、どこにいくの? 正門はこっちよ」


 学習所の正門に着いたが、先生は見向きもしないまま通り過ぎようとした。


 「あっ、まだ言ってなかったっけ? 今日からあなた達は別棟で授業を受けておもらうよ」


 「ええええ!?」

 先生の言葉にシハトだけ驚いて声をあげる中、ツワトとデツィは表情一つ変えずにそれを見ていた。


 先生に案内されて正門の格子扉と違い、向こう側が見えない単調な木の扉である裏門に入った。

 入ってすぐ見えた別棟は一個半の教室が重なったような2階建てで、その後ろに本館との間に子供が簡単には登れない高さの塀がある。その光景は傍から見れば本館と別棟が同じ施設とはとても思えないほどのものだった。

 さらに料理を作っているのか、一階に数人の学生と思われる子どもがエプロン姿で忙しそうにしているところを見るとますます学習所だと考えられなくなる。


 「先生おはようございます、この人たちは新人ですか?」


 ちょうど水汲みしているのか、ツワトたちの存在に気づいた女性が両手にバケツを持ったまま井戸から歩いてきて物柔らかな声で先生に話しかけた。

 女性はツワトより少し年上で特に髪飾りなどもなくサラサラでストレートの髪が胸辺りで風に揺らされ、声と同じ優しい目付きでツワトたちに微笑んだ。


 「そうよシアサナ、ツワトさんとシハトさん男子たちは兄弟で女子のデツィさんとは隣さんかつ幼馴染よ。デツィさん、シアサナは女子の代表よ。わからないことがあれば遠慮なく聞いていいよ」


 「わかりました、そうします。よろしくお願いしますシアサナさん」


 「シアサナでいいよ、これからみんなでいっしょに頑張りましょう」


 『はい』


 三人はその後、別棟の規則や授業の内容を説明してもらって新しい日常を過ごすことになった。

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