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46.仰せのままに

 都市の最高権力者の執務室にて、執務机の椅子に座る部屋の主であろう人物は整ったペンシル型の髭を蓄えて、特に意味もなく気のまま鼻歌を口ずさみながら上機嫌に骨董品の壺を拭いている。

 自分の趣味を最大限に誇示するようにその後ろには巨大な棚が壁一面を埋め尽くした。綺麗な絵が描かれたお皿、拭かれている壺と対となるもう一つ壺、製法が失われたフリントロック式のピストル。

 棚の区画の一つ一つに種類ごとに骨董品が陳列されている、その大半は衝撃に弱い割れ物。


【ほら我の言う通りであろう、最高権力者の執務室に直通の隠し通路がある】

(いや、まだわからないでしょう。隠し扉の向こうから誰かの鼻歌は聞こえるから確かにどこかに通じてそうだけど)

【そうだった、汝は出入り口に立っているだけでまだ入ってなかった。ならば早く入ってその目で我の言葉の正しさを確かめるといい】

(待て待て、百歩譲ってこの扉の向こうが最高権力者の執務室として、流石にその権力者が私の言いなりなんてことはないだろう)

【なら入らずにここで彼奴に何かお願いしてみるといい】

(いや、中は見えないから命令したところで確かめることはできないだろう)

【なら簡単ではないか、何か音を立てさせればよかろう】

 それもそうか、しかし何かの音とはアバウト過ぎたのでデツィは立てる音を指定することにした。


「すみません! 聞こえますか?」

「何者だ!」

 最高権力者は壺を持ったまま素早く立ち上がり声の発生源であろう方向に身構えて警戒する。

「一つお願いがあるのだけど、そこに割れ物とかありますか?」

「あるが、何お願いするつもりだ」

 最高権力者は答えてから気づく、何故自分は警戒すべき不審者の質問にこうも素直に答えたのか不思議に思った。

 ドンドン!

「どうかなさいましたか?」

 門外にいる護衛が最高権力者の声に反応したか、心配そうに口調で伺う。

 デツィもそれが聞こえたが、二枚の扉を挟んだせいで護衛の言葉はよく聞き取れなかった。しかし、今の自分は不法侵入者、ドアを叩いた者が護衛だろうが、お茶を持ってきた執事だろうが、なんだろうが、今は邪魔されたくない。

「誰か来たんですか、お願いなんとか入らせないで、二人きりにしてください」

最高権力者が「わかった」と短く返事した。

「別になんでもない、ただの独り言だ! 暫くは無視していいから邪魔はするな!」

「はっ!わかりました」

 暫しドアを見つめて聞く耳を立てた最高権力者は護衛が入ってくる気配がないことを確認してから、デツィに話しかける。

「それで何をお願いする気だ?」

【これでわかったのあろうこの都市は汝の意のまm…】

「えっと、そうだ割れ物があるんですね、それを地面に叩きつけて割ってください」

「待ってくれ! 割るのは容易いが、何故割ってほしいんだ」

 手に持った壺を大事そうに抱きかかえる最高権力者。

【そうだ。もう割らなくてもよいぞ、何故なら…】

(ちょっと、言いなりになってないじゃない。願い方が悪かったのか? もっと強くお願いしてみよう)

「理由を聞かずにとにかく割ってください、お願いします」

「し、しかし…」

「頼むから割って」

「でもこれは製法を失われた逸品で…」

「いいから割れ!」

 ガシャン!

「どうかなさいましたか!」

 壺の割れた音を聞きつけ、護衛は遠慮なくドアを押しのけて執務室に飛び込んだ。まず目に入ったのはうなだれて立ち尽くす最高権力者、次に見たのは音の発生源であろうバラバラに散った壺の破片。

「お怪我はありませんか」

「私は大丈夫だ」

 そう言いながら最高権力者の目尻から一筋の涙が頬を通過して顎あたりに止まった。

「すぐに清掃係を呼んで来ます」

「待て、この壺は結構気に入ってるんだ、まだ掃除しなくていい。それより落ち着きたいから一人にしてくれ」

「畏まりました」

 最高権力者の哀愁に満ちた言葉に護衛はいたたまれなくなり、そそくさと出ていった。


 ガチャとドアノブのラッチボルトが鳴る音を聞いてちゃんと閉まったことを確認した最高権力者は悲しみが滲む口調でデツィに話しかける。

「これで満足したか? 満足したなら理由を教えてくれ」

「えっ!! それってつまり…」

「どうした? 何ぶつぶつ言ってるんだ?」

「なんでもない! ハハ、お願いを聞いてくれてありがとう、今日のことは誰にも言わないでね。それでは失礼します」

 デツィは乾いた笑いのあと早口で言葉を並んで逃げるようにそそくさと来た道を戻ってこの場を離れた。

 状況を飲み込めずに取り残された最高権力者は何度か声をかけたが、返事は返ってくることなく代わりに護衛が心配で声をかけてきた。

 最高権力者は護衛をあしらいながら一体何なんだろうと頭をひねた。




【人の大事な物を自ら破壊させるなんてなかなかの鬼畜である】

(うるさい! あれが大事な物なんて知らなかったし、お前が止めてくれればこんなことにならなかったよ)

【我の話を無視した相手に語る言葉なんて存在しない】

(それは大騒ぎになって私まで駆除対象になるかもしれないプレシャーによる緊張のせいで周りが見えなくなっただけでわざと無視したわけじゃない)

【理由はどうであれ、我を無視した結果は変わらない】

 ぐぬぬと悔しそうに唸るデツィ。

(それはそうと何故わざわざ花瓶を割らなくていい事実を突きつけてくるんだ! しかも割った直後に)

【それは無論、無視された腹いせの意趣返しである】

(ちっ、それでなんで?)

【なんでとは何事だ?】

(なんで神であるあなたは私にこの情報を教えたと聞いてるの、私に何をさせるつもり?)

【よいですね、その理解の早さ。端的に言うとあの女に嫌がらせしたい、汝をこの姿にしたあの女に】

 姿が見えないのにデツィはなんとなく神が不気味な笑みを浮かべている気がして思わず身構えた。

【まあ多少のお詫びも兼ねて汝にこの情報を教えた、我とあの女の争いのせいで汝が殺され、ひいてはこの都市が戦火に焼かれてしまったから】

(それが本心かどうかわからないけど、とりあえず有益な情報ありがとう。私では役に立つかどうかはわからないけどその嫌がらせにどう協力すればいい?)

 よくぞ聞いてくれたとばかりに神は愉快そうにフフと笑った。

【心配は無用よ。人目を避け、誰にも気付かれずに人を暗殺する技術を磨いてきた君なら簡単にできることよ】

 ひとまず無理難題ではないことに安堵の息をついたデツィだが、その後に続く内容の詳細を聞いたら徐々に顔をしかめて険しい表情になった。

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