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44.無条件の協力者第1号

 裏駐屯地の牢屋、それは懲役刑を行うためのものではなく、行き先が決まるまでおいておくための留置所。しかしこの裏駐屯地の業務に容疑者の逮捕はないため、この留置場はまったくと言っていいほど使われていない。

「へっくしょん!」

 なのでここに放り込まれる際に舞い上がる埃に鼻をくすぐられるデツィがくしゃみをするのは仕方ないことでしょう。

「大人しくここで待って頂戴」

 シアサナが言い捨てるように一方的に告げると鼻水まみれのデツィを残してこの場を立ち去った。

「へっくしょん!、ひっくしょん!」

 縄に縛られるままなんとか体を起こして座るデツィは呆然と鉄格子越しに牢屋の外を見て途方に暮れる。

 脱獄したほうがいいのか? それともこの謎の組織を解明するために大人しくするのか? いろいろ悩むことが脳裏に浮かんだが、鼻水をどうにかしたい欲求がそれを上書きした。


 スタスタ、程なくして牢屋に近づく足音が聞こえた、シアサナが戻ってきたのかとデツィは予想したが。

「前々から使われない空間を有効活用したいと思っております。この牢屋を御覧ください、我々の部署では使う機会がないうえ特に掃除もしないので、せっかくの空間が埃の置き場みたいになっております」

 知らない中年の男が初老の男に解説しながら牢屋の前に現れた、よほど集中しているのか牢屋の中にいるデツィの存在を気づいてない様子だ。

「そうなのか、とてもそうは見えんがな」

 デツィに指差して否定する初老の男に困惑する中年の男が指差す先に目を向ける。

「何だ!? 君は!」

 ずるずると音を立てながら落ちそうになる鼻水をすするデツィは辛そうな顔で「ここから出していただけますか?」とお願いする。

「どうして君はここにいるのかはわからないが、相応の理由があるだろう。それが判明するまで…」

「出してやれ」

 初老の男が中年の男の肩をたたいて話を中断させたうえデツィのお願いを聞き入れた。

 中年の男は牢屋の門を開けることなく何かを言いたそうに怪訝の視線を初老の男に向ける。

「まだ子供じゃないか、ここまですることはないだろう」

「お言葉ですが、以前にも子供を利用した輩がいるのです。この子供が洗脳されて我々に危害をもたらす可能性があります」

「大丈夫だ、いいから早く出せ」

 どうなっても知らないよと言いたげな視線を初老の男に送ってから中年の男は渋々と命令を遂行した。

「縄も解いてやれ」

 我が耳を疑うように目を見開く中年の男は確認するように初老の男を見つめる。

「聞こえなかったか? 早く解かんか」

 子供とはいえなぜ容疑者にこんなに優しく対応しているのかまったく理解できない中年の男は内心で思いつつ、自分より階級が上である初老の男の言葉に従って、警戒しながらデツィを拘束する縄を解く。

 鼻水が落ちないように吸い止めていたデツィは両手が自由になると素早く自分のポケットに手を突っ込んだ。

 ナイフとかでも取り出すだろうと思った中年の男は「やはりか」と言わんばかりの表情でデツィの突っ込んだ手を掴んで捻り上げる。そのまま武器を取り上げようと思ったが出てきたのは正方形に畳まれた布切れ、ただのハンカチだった。

「なんだこれは!?」

「ハンカチです」

「見ればわかる、なんでハンカチを取り出すんだ」

「鼻をかみたいので」

 返答する間も鼻水をすすっているデツィの様子に中年の男は自分が誤解したことに気づいて「紛らわしいことするな」と叱る。

 中年の男はそのまま説教するつもりだが、初老の男が割り込んでデツィを掴む手を解かせるついでにデツィからハンカチを取り上げる。

「まあまあ、そう怒る必要はなかろう」

 取り上げたハンカチをそのままデツィの鼻に当てて鼻をかませる。


 鼻水がもたらす不快感から解放されたデツィはありがとうございますと感謝を述べながら思った、この権力を持っているっぽい優しそうな初老のおじさんからこの謎めいた組織の全容を聞き出せそうだなと。

「おじさんたちは誰ですか?」

 なので自然に装って初老の男に聞いてみた。

「それはこっちのセリフだ」

 しかし初老の男が答えるより先に中年の男が不満そうにそれを遮った。

「お前は何者でなぜ牢屋に放り込まれるのかを全部洗いざらい答えてもらおう」

「やめたまえ、そんなに凄んだら答えるものも答えなくなるだろう」

 初老の男が屈んで威圧感を与えないようにデツィと視線の高さを合わせる。

「おじさんたちも君が誰なのか気になるんだ。お互いが相手のこと知りたがっている、この問題は解決法は簡単だ。お互いに教え合えばいい」

 初老の男は両手をデツィの肩に乗せてデツィの目見つめる。

「おじさんたちは先に教えるから、君も君のことをおじさんたちに教えれくれるかい?」


 交換条件になったけどちゃんと相手の情報を聞き出せそうと思ったデツィは頭を縦に振ろうとした時、誰かが走る音がしたのちに現れた人物に中断された。

「どうした、シアサナこんなに慌てて走って来て」

「司令と長官がここにいらっしゃると聞いて参りました、そこの者についてのご報告があります」

「こいつはお前が連れてきたのか?」

「はい、駆除対象の犯行を目撃したので連れてきました」

「そうか、なら適当に近く普通の駐屯地にでも届けば済んだのに、なぜわざわざうちに連れ帰った?」

「普通の子供ならそう致しました」

「ほうーーこいつが普通じゃないのか?」

「この者は怯えるどころか駆除対象に捨て身覚悟の攻撃を仕掛けようとしました」

 初老の男を改めて司令が孫を甘えるようにデツィの頭を撫でながら「本当か? 君は勇敢だね」と褒めた。

 中年男である司令は嘆息混じりに反論。

「勇気があることは認めるが攻撃を仕掛けようとしたということは結果仕掛けなかっただろう」

「はい、仕掛ける直前に老朽化した手すり壁を発見しそれを押し落として落石攻撃に切り替えて『捨て身の攻撃』は実行せずにすみました」

「臨機応変できてえらいね」

 デツィを撫でる手が加速した。

 鬱陶しいと思ったデツィはその手を振り払った。


「それは本当なのか? 人間を殺ったあとなのにケロっとしているってことは罪悪感を感じないだろう。そんなやつは平気に嘘をつくし目的のために手段を選ばない」

 しかしと言いながら、長官は司令のほうをちらちら覗く。

 デツィの気を引こうと手持ちのペンとか隠し武器で手品をやり始めた。

 長官は大いにため息をついてから続きの言葉を紡ぐ。

「しかし、そんな人間も使いようによっては役に立つこともあるだろう。うちに置くことに許可しよう」司令もかなり気に入るみたいだし。


「よかったね」司令がデツィのほっぺたを揉んだり抓ったりした。

「やめてよ」それを嫌がるデツィはすぐ司令を押しのけた。

「それでおじさん達は誰ですか」まだ答えてもらってないよ。


「そうだね…秩序を守るために悪者をやっつけてまわる人たちかな」


 こうしてデツィは女神が設定した協力者のうちの一人である司令と出会って裏守備隊に強制的に入隊されたのであった。

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