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39.ホニア・ララ通りまでのランニング

 道が限定されることはある意味、誘導されることと同じなのだろう。

 ホニア・ララ通りを通らなければ中央区画にたどり着けない以上、同じ目的地に目指すツワト兄弟と敵軍が遭遇するのはもはや時間の問題、もしツワトが先に敵軍の存在に気づけたら、隠れるなり逃げるなりいろいろやりようはあるのだろう。

 しかし運が悪いことに遠回りして敵を迂回するつもりが却って敵の先頭とばったり会うことになった。

 更に運が悪いことに中央に目指して急いで出発したばかりの敵なら全力で逃げれば見逃してもらえたかもしれないが、道に迷いに迷った今の敵から見れば守備隊の制服を身に纏うツワトは迷路脱出の鍵しか見えないだろう。

 だから敵の指揮官はいかにも非戦闘員を守りながら後方に撤退しているようにしか見えないツワト兄弟を見た瞬間、高らかに命令を下す。

 「あの二人を捕らえろ! 決して逃がすな!」


 敵兵たちのが一斉に走り出すのと同時にツワトもシハトをおんぶして逃げ出した。それを見て敵が逃さんとばかりに何人かは矢を射掛ける。

 しかし敵も焦っているのか飛ばされた矢はどれも目標を捉えることができずに石畳みを滑走したり、門に刺さったりして止まった。

 「馬鹿者! 味方を殺す気か!」

 そのうちの1本はツワトたちを追いかける兵士の耳の擦れ擦れのところを通り過ぎた。兵士が思わずに抗議する言葉に弓兵の1人はバツが悪そうに目を逸らした。


 「シハト大丈夫か! 矢が当たってないよね」

 「大丈夫、どこにも当たってないよ」

 「ならよかった」

 背中にいるシハトの安否を確認したツワトはさらに加速する。もうこれ以上に命をかける鬼ごっこや隠れん坊をやりたくないと思って今度は回り道せずにまっすぐにホニア・ララ通りに向かった。

 (さっきは撒けたし、今度も逃げ切れるのだろう)

 どうせ追いつけないだろうと油断したツワトはこれが命取りとなるとも知らずに敵を案内することになった。


 約10分後


 最初のスピードは最早見る影もないが、依然敵はツワトに追いつけないまま追随している。途中に敵の弓兵は何度もツワトたちを狙い撃ちしようとするもツワトはすぐ曲がり角を曲がって撃たせないようにした。その道筋はまさにあみだくじをやっているようだった。

 しかしそれでも前回のように敵を撒くことができないでいる、なぜなら今回は敵の指揮官が直々に命令を下したからだ、前回のように進行の邪魔をするやつを追っ払えば終わりではない、そのため敵の何人は防具を抜き捨ててまでツワトたちを追いかけている。

 それに気づいたシハトはツワトに言って相談した結果、シハトもツワトの背中から降りて逃げることになった。


 傍目から見て2人が先頭に立っているマラソンのような代わり映えのない状態がいよいよ変化が訪れる。

 通過点であるホニア・ララ通りの入り口に入るとツワトは目の前に広がる無人かつ何もない直線の通りを見て肝を冷やした。なんの遮蔽物もない上に両側に立ち並ぶ建物の間に路地らしい路地もない約200メートルの一本道、弓矢あるいは槍で攻撃されたら逃げることも隠れることもできない絶体絶命の状況に自ら立ってしまった。


 無自覚に歯を食いしばったツワトはシハトをお姫様抱っこで抱えて出せる力のすべてを出して、全速力で走ろうとする。しかしさっきまで持久走をしていたので言うまでもなく出せる速度はたかが知れている。

 続々とホニア・ララ通りに入った敵もこの弓で攻撃する絶好の機会に気づいて、弓兵の邪魔にならないように小隊長の1人が他の兵士を道の両側に移動させる。

 道を横断するように立ち並ぶ弓兵が息と構えが整うと次から次と矢を射っていく。

 背後から弓弦の鳴る音のあと、矢が自分を追い抜く度にツワトは心臓が止まるのかと思えるほどの締め付けられる感じがして、その都度にツワトは無意識に腕の中のシハトの安否を確認する。


 「お兄ちゃん…私たちはここでし……」

 「大丈夫だ! きっと大丈夫だ!」

 ちょくちょく視線を向けてくるツワトの不安を感じ取ったのかシハトも悲観的になり泣き言を吐こうとしたが、ツワトは根拠のない励ましの言葉で遮った。

 「本当? でも…」

 それでもなお不安のシハトが反論するよりも先に現実を突きつけられるようにツワトが転んだ。それでもツワトはシハトが傷つかないように守りながら受け身を取ったのでシハトにはかすり傷1つもなかった。

 「シハト大丈夫か?」

 「大丈夫、お兄ちゃんは?」

 「……」

 返事しないツワトをおかしく思いながら立ち上がるとその理由が目に入った。

 辛い顔をしているツワトの片足のふくらはぎに矢が突き刺さっている。刺された場所から血が控えめに湧き出て皮膚を伝って地面に落ちる。

 「お兄ちゃん待っててすぐに手当するから」

 両膝を突いて頭の中で応急処置の手順をシミュレーションしながら実践しようとしたところ、胸から衝撃を受けて押しのけられて尻餅をつく。

 「お兄ちゃん!? 何しているの?」

 驚愕して問いただすシハトにツワトは腰に佩いている剣を鞘ごと外しながら答える。

 「俺が時間を稼ぐからお前は行け」

 外した剣を杖代わりに体を支えて立ち上がるツワトは剣を抜き放つ。

 「そんな、無茶な…」

 「大丈夫だ! 敵は俺たちを殺すつもりならもう次の矢はとっくに射ってきたはずだ。でも見ろ、それなのに歩兵が突っ込んでくる」

 多分俺たちを生け捕りする気だろうとツワトが推察する。それが正しいと思いながらも納得はできないシハトは反論を試みようと口を開く前にツワトが怒声をあげる如くの口調で命令する。

 「立ち止まるな! さっさと行けええぇ!」

 それに驚いたのか、シハトはしばしツワトの後ろ姿を見つめた後に

 「お兄ちゃんのバカ」と吐き捨てて涙をこぼしながら走り出す。


 走り出して数秒後、剣戟の音が鳴るとそれにつられて振り返ってみるとツワトが波に飲み込まれるように囲まれて視界から消える。それと同時に敵の一部がシハトを追いかけてくる。

 「お兄ちゃんの嘘つき! 全然時間を稼げていないじゃない!」

 いろいろな意味で涙が出たシハトは懸命に逃げているけど普段から訓練している兵士と運動していない学生の体力は比べるもなく両者の距離はジリジリと縮んでいき、敵兵が飛びかかってタックルを見舞いしてやろうと身をかがめたその時、何かが上から落ちてきてその敵兵に直撃した。

 すぐ後ろに何か異変を感じたシハトは再度振り返ってみたら、そこには見知った後ろ姿の少女が敵の背中から剣を抜き取るところを他の敵兵が呆然と見ている奇妙な光景だった。

 「デツィちゃん?」

 その光景を目にしたシハトは思わずに呟いた。

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