3.理由は?
城壁外の畑に向かう途中、ツワトがデツィのその反応について考えている。
(デツィの両親がデツィを過保護していることはこの辺なら誰もが知っている。しかし、他の人にあの場面を見られてもデツィはせいぜい恥ずかしがるだけなのに、なぜ俺の時だけそんな反応するのだ?)
「……わからない。まぁいいやーーん?」
ツワトはしばし考えたが、すぐに考えるのを諦めた。そのおかげで、狭かった視野が広がり周囲をより見えるようになった。
畑に見覚えのある姿を発見したツワトはそれを確認しようと進路を変えた。
やがて、誰だとわかったツワトはその人に近づいて声をかけた。
「ジェン、ここで何をやっている」
ジェンは城壁を出てすぐの水田の中に作物を掻き分けて何かを探している最中だった。
「ん? ツワトさんですか。私は虫を探しています」
「虫……クモとか、ゴキブリとか?」
「いいえ、それ以外の虫を探しています」
「虫はこの2つ以外にはまだあるのか?」
「『決裂』の前にはたくさんあったと本には書いてあるんですが、今は全然ありません」
(「決裂」か、確かにこの世界を作った神々が反目しあって、この世界を壊す側と守る側に分かれたと先生が言っていたっけ。それで、結界内以外の命はすべて奪われたとか何とか……まぁいいや)
ツワトは先生の言葉を思い出そうとしたが、途中でまた諦めた。
「……そうか」
「……」
じーー
ちょっと考え事したせいか、ツワトの口調は生返事になっていた。そんなツワトをデツィは何も言わずにじーっと見つめている。
「どうした?」
「別に、やはりツワトさんは私に理由とかを聞きませんねと思っただけです」
「聞かれたい?」
「聞かれたいか、聞かれたくないかでいえば聞かれたいです」
「じゃ何で探している?」
「……」
じーー
ジェンはまたツワトを黙って見つめている。
「またどうした、望み通りに聞いたよ」
「いいえ、やはりツワトさんは朴念仁ですなと思っただけです」
「何で? 俺のどこが朴念仁だ?」
「それは置いておくとして、ところでツワトさんは何をしていますか」
ツワトの無関心と言わんばかりの言動に呆れたのか、ジェンは虫を探す理由を言わずに話題を変えようとした。
「俺? 俺は親父の弁当を届ける途中だ」
「へぇ、意外です。ツワトさんならてっきりトレーニングの最中だと思いました」
「俺もそうしたかった。でも、シハトのせいでできなかった」
「どういうことだったか聞いてもいいですか」
「ジェン! またこんなところで何をしているんです」
ジェンが詳しく聞こうとしたところに城門の方から1人の女性が声を上げてジェンを呼んだ。
「あっ、お母さん」
「ちょうど俺も行かなければならないところだから、またあとで話すよ。じゃ」
「ではまたあとで」
ジェンは畑から上がって直接にお母さんのところに行くと思いきや、道端に置いてあった靴と水の入ったバケツを持って早足で向かった。どうやら水を汲んだ直後は家に帰らず、虫探しを始めたようだ。
ジェンのお母さんがジェンを連れて虫を探していた畑の主であろう人に謝るのを尻目にツワトはこの場を離れた。
ジェンと別れて歩くこと十数分、ここまで来る間にツワトを一目で誰だか確認することはあっても声をかけることはなかった。畑の中にいる誰もがただ黙々と畑仕事に勤しんでいる。
「ん? ツワトじゃないか、お前が畑にくるなんて珍しいな」
ここに来て初めて声をかけられたツワトは特に反応することはなく声の主であろう男の方へ近づけた。
「お弁当を届けに来たよ」と言いながらツワトは弁当の入ったバスケットを男に突き出した。
「ああ、そういえば忘れてたな。まさか、トレーニングしか頭にないお前がわざわざ届けてくれたなんて、父さん感動したぞ」
「じゃ、俺は帰る」
お父さんが受け取ったや否やツワトは踵を返して帰ろうとした。
「待て待て、来たばっかりでもう帰るのか?!」
「別に俺は来たいから来たわけじゃないんだよ。お母さんに届けてこいと言われたから仕方なく来たんだ。それに帰ったらすぐシハトを学習所に案内しないといけないから、早く帰らないといけないんだ」
ツワトは振り返って理由をまくしたてた。
「そ、そうか……じゃ気をつけて帰るんだぞ。なんでも最近子供を狙う魔物がこの辺に出没しているらしいから」
気圧されたお父さんの言葉を聞いたツワトは再び踵を返した。
「ん? どうした、忘れ物でもしたか」
「小耳に挟む程度に聞いたが、その魔物はそんなに危険なのか」
ツワトは困惑するお父さんを無視して質問した。
「当然だろう、魔物だぞ魔物、ゴキブリやクモじゃないぞ」
「いや、そうじゃなくてその魔物は具体的にどこが危険なのかを聞きたい」
「オレも噂程度のことしか知らないが、そいつは鋭い爪を持っているそうだ。恨みでもあるのか、狙わらた被害者の誰もがその爪に何度も刺された傷口があったらしい」
「そうか……じゃどんな姿をしている?」
ツワトは驚くことも、恐れることもなく食いつくように訊いた。
「姿ってそれはもちろん、hーーいや、待てよ。何でトレーニングにしか興味ないお前がこんなにも熱心に聞いてくるんだ? さてはまさかお前はその魔物を倒そうと考えていないだろうな!」
何かを言いかけたお父さんは誤魔化そう話題を変えた。
「ないない、親父は何で俺がそんなことすると思ったんだ?」
「何でってお前は日頃のトレーニングの成果をみんなに見せつけたいじゃないのか?」
「いや、俺はそんなこと一言も言っていない」
「言わなくてもわかるさ、父さんもお前位の頃には『オレこそ最強だ!』と思い込みながら色々バカなことやっていたからな」
「いやいや、俺はそんなことを一度も考えてない」
「じゃお前は何でこんなにトレーニングしているんだ?」
「俺はもちろんーー誰かを守るためにトレーニングしている……そう、誰かを……」
ツワトは勢いよく答えそうとしたが、途中からぼーっとするような言い方になった。
「誰かってなんだよ? そこは家族とかみんなとか言うべきだろう。何が誰かだよ、まったく」
「……誰だっけ」
お父さんに反応することもなくツワトは自分の世界に入り込んだように呟いた。
「おい! ツワト、お前は大丈夫か」
お父さんは完全に呆けたツワトの肩を掴んで揺らした。
「っ!? だ、大丈夫だ」
ツワトはまるで感電したような反応で正気にもどった。
「本当に大丈夫?」
「本当本当、じゃ俺は帰るぞ」
そう言ってツワトは帰路についた。
「……」
お父さんはそんなツワトを姿が見えなくなるまで心配そうに見送った。




