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38.迂回

 ツワトは走る、腕の中にいるシハトを強く抱きかかえながら走る、火事場の馬鹿力による効果なのか、追いかける敵よりも早く走れてしまっているツワトは追手をどんどん引き離して土地勘の優位もあって、ついに撒くことができた。

 振り返って見ても、耳を澄ませて聞いても心配するような異常を察知しなかったと安心してシハトを下ろした途端、ツワトは未曾有の疲労に襲われて膝と手が地につくことになって四つん這いになった。


 「お兄ちゃん!」

 大丈夫?と聞くよりも早くツワトは手のひらを見せるように片手をあげた。

 「大丈夫だ…ただ…疲れただけだ」


 ツワトの息切れする音しかしない道端で、なんとなく気まずく感じたシハトは居たたまれない気持ちで意味もなく歩き回りたいが、そうすると更に気まずくなると予感して諦めたけど、やはりじっとしていられなくて自分の重心を片足に傾けては戻す、戻しては傾けるの繰り返す。

 その最中にも頭を高速回転させてなんの話題を切り出せばいいと思案を巡らせる。


 「お兄ちゃんこれからどうするの? やはり中央に逃げないで持ち場に戻ろうよ」


 精一杯絞り出した話題はしょうもないと自分でも思いながらもないよりはマシだろうと思って話した。

 それに対して息が整ってきたツワトは真面目に答える。


 「奴らが来た方角は俺たちが逃げてきた方角だ、だから戻らないほうがいい」

 敵が来た方角は逃げてきた方角…といまいち意味がわからないシハトはツワトの言葉を咀嚼する。

 もう十分休めたのかツワトはそんなシハトを無視して手を取ったら小走りにどこかへ向かっていく。

 考え事に耽けていたシハトは突如に引っ張られて、びくっとして疑問の声を上げた。

 「どこ行くの?」

 「中央、もう言っただろ」

 ツワトの返事の回答が不満なのかシハトは怒りを帯びた口調で問いただす。

 「なんでまた逃げるの? 一緒に戻ろうよ!」

 するとツワトが振り返って『なに馬鹿なこと言っているんだこいつ』的な目でシハトを見る。

 兄の見たことのない表情にたじろぐツワトは意地を張る姿勢を崩さんと「何?」とツワトに聞く。


 「なんでわざわざ味方の居ないかつ敵だらけの場所に戻るんだ?」

  困惑するツワトの言葉にシハトは今度口調に帯びた程度ではなく直接に怒りをぶつけるように怒鳴る。

 「味方が居ないわけないでしょう、戦いたくないからって現実逃避するなんて見損なったよ」

 「確かに居ないは言い過ぎたかもしれない」

 シハトは言い負かしたつもりで追い打ちの言葉を発するよりも早くツワトが続けて、

 「でもたった1人で捕虜を助け出して敵を追い出せるとも思えない」

 (捕虜?)

 まるで負けたような言い方するツワトの言葉にシハトの脳裏にある言葉が

よぎる。


 敵が来た方角は逃げてきた方角。


 それを皮切りに捕虜とか、敵が侵入とか色々の言葉が浮かび上がってきたかと思えば、さながら化学反応のごとく様々の推察を爆発的に生み出した。

 それらの推察に導かれてたどり着いた嫌な結論にシハトは思わず言葉を漏らす。

 「それってつまり…」


 「敵がここまで来たんだ、持ち場なんてもう陥落したのだろう」


 嫌な答え合わせで見事に正解したシハトはその場でうずくまった。

 「今そんな暇はない。ほら、いくぞ」

 声とともにツワトはシハトを立たせようと腕を掴んで引っ張り上げる。

 意気消沈する弟を慰めるどころか強引に何か強制してくる兄にシハトは理解できずに「何よ、放っておいて」と言いながら掴まれた腕を振り解こうと抵抗する。

 次の瞬間シハトの頭部に衝撃が走る、わけも分からずシハトは衝撃に怯んで流されるがままにしりもちをついた。

 事態を把握しようと俯いていた頭をあげて真っ先に見たものは今まで怒ったことのない兄の怒りに満ちた顔。

 「なに馬鹿なこと言っているんだ! こんないつ敵が来るかわからないところに放っておけるか」

 頭部に広がる痛みと心をじわじわと染めていく恐怖にシハトの精神に余裕がなくなった。

 「くよくよする暇があったらさっさと足を動かして逃げろ」

 すっかり気圧されて怯えるシハトは涙目で固まるしかできない。

 「わかったか? わかったらさっさと立て!」

 ツワトの有無を言わさずまくし立てる勢いにシハトは命令に従う人形になる以外の道はなかった。


 中央区画に急ぐ2人組に1人は周辺を警戒しながら道を進む、もう1人は半ば放心状態でただ付いて行く。そんな2人だから遠く遠方の景色に異変が生じても気付けない。




 ツワトがシハトを叱りつけている頃、約2ヶ月の旅から戻ってきたデツィが城外で目にしたのは守備隊が城門に攻撃を繰り広げる光景。

 この守備隊の訓練メニューにあるはずがないものにデツィは確認するように城門の上で防衛する面々に目を凝らす。

 城門の上で入ろうとする守備隊に丸太や石を投げつける青い防具を身に纏う敵の姿を見るや否やデツィは思わず呟いた。


 「遅かったか」


 苦渋の面持ちで背負っているバッグを地面に下ろして中からどこぞの偉い人の執務室にありそうなガラス細工を取り出した。しばし守備隊と敵の攻防を見つめたら、覚悟を決めた顔でガラス細工を地面に叩きつけて粉々にした。

 その瞬間に結界に異変が生じた。

 結界の色が明らかに淡くなった、それだけではない。

 遠く遠方にあるせいでわかりにくいけれど、結界の緩やかな拡大が停止した。それどころか徐々に敵国からツワトの国に向けて縮んでいく、その速度も人の歩行速度から徐々に加速していき最終的にはバイクに乗っても追いつけないほど速くなった。

 それを追随するように毒ガス同然の大気が結界の内側だった場所を飲み込んでいく、更にまるで誰かに指揮されたかのように熊だった魔獣や鹿だった魔獣など様々の魔獣も結界を追いかけるように一斉に駆け出した。たとえ捕食関係にあっても捕食者は被食者を攻撃したりせずに仲良く肩を並べて敵国の都市がある方向に突き進む。


 地面に散らばるガラス細工だった破片から視線をあげたデツィは怒りに似た決意をこもった目で城壁の上にいる敵を睨んでからバッグを背負って攻撃し続ける守備隊のところに向かう。




 10数分か20分ぐらいか定かではないが、ただツワトに付いて行くシハトの恐怖した心がやっと落ち着いて正気を取り戻した。

 「お兄ちゃん?」

 まだ怒っているのかと恐る恐るツワトに声をかける。

 「何?」

 普段と変わらないちょっと素っ気ない返事に胸をなで下ろして質問する。

 「今どこに向かっているの?」

 「言っただろう、中央だ」

 その返事にシハトはさらなる疑問が湧き上がる。

 「でも『ホニア・ララ通り』はこっちじゃないよ」

 シハトの言うように今いるこの区画から中央区画に向かうには「ホニア・ララ通り」を通らなければたどり着くことができない。防御のために迷路化したのか、はたまた魔物を取り囲みやすくするためなのか、理由はもう誰も知らない。

 「わかっている、また敵と会わないように遠回りしているんだ」

 説明に納得したのかシハトは「なるほど」とだけ返して現実逃避するようにこの戦争が終わったら何をしようかと想像を膨らませる。このあと、また敵に追いかけられることになるとも知らずに甘い幻想に浸りながらツワトに付いて行く。

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