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37.逃げられて共に逃げる

 お前は敵前逃亡なのか?という問いかけに言葉を窮するツワト、必死に言い訳を頭の中に巡らせても説得できそうなものを見つけられなくてなにをいおうとてしても言葉は出なかった

 そんな挙動不審になった兄を見てシハトは疑惑を確信に変わって涙ぐみながら誰かを救うために訓練してきたじゃないの?なんで逃げたの?と更に質問を投げかける。

 それらに対してやはり無言で返すツワトに何を言っても無駄と感じたシハトは大好きな兄から逃げた。

 憧れが幻滅に押し流された事実を認めたくないから、かっこ悪い兄をこれ以上見たくないから、感情に任せて走り出して兄のいない場所を目指して突き進む。


 「あ、待っ……」

 追いかけて引き止めたところで何を言えたのだろう?ふっと頭に過った言葉にツワトは足を止めた。シハトに伸ばした手は虚空を掴んでシハトの姿が見えなくなっても呆然と立ち尽くすことしかできなかった。




 無我夢中に走っるシハトはいくつかの交差点を突っ切って何度か角を曲がってまったく行ったことのない場所まで行ったら、段々と速度が落ちてやがて歩くようになった。別に道が知らないから走るのやめたわけではない、ただ単に汗が両目に入って走りにくくなったからだ

 ハンカチで拭けば視界が元通りになるだろうと踏んでいたが何回拭いても視界が液体に阻まれるしとっくに走っていないのに息が苦しいまま、変に思いながらも顔を洗えばなおるだろうと軽く思って近くの井戸を探そうとあたりを見渡すと自分の状態に気づく。

 

 窓のガラスに映る自分は両目から涙が湧き出ていて放っておけば頬を伝って顎に溜まって地面に落下していく。

 自分がそれほどまでに悲しいと自覚すると足を抱えるようにその場で蹲って誰にも見せないように顔を膝に埋めた。




 コツコツ

 うつむいたまま歩くツワトは一人分の足音を聞きながら考え事にふけて目的もなくゆっくりと無人の街路を通りゆく。

 (なんで俺はこんな情けないことをしてしまったのだろう)

 自分に投げかける質問に答えるようにツワトの脳裏に思い出がよぎる。シハトと遊んだこと、シハトが鍛錬についてこようとしたこと、自分が怪我したときシハトが健気に医療箱を持ってきたこと。


 思い出の数々が浮かぶに連れて弟が自分にとってどれほど重要なのかを自覚する。

 「そうか、だから俺は…」

 自分が納得できる答えを手に入れたのかツワトは頭を上げて視界も地面から離れ自信にあふれる目つきで前方を見つめる。

 走り出したその足にはもう迷いはない。




 「そう、そのまま探しに行きなさい」

 椅子とデスクしか置いていない空間でメガネをかけた女性は書類に向かって独り言を漏らす。

 傍から見れば山に積もった書類の整理に精神が病んでいるように見えなくはないが、女性は書類を通して遠方の状況を把握している。いわば録音機能付き防犯カメラで監視している。ただし映像が絵に、音声が文字になっているだけ。


 監視するツワト(相手)が思い通りの行動を取ったことを確認した女性は「ツワト」というタイトルの書類を置いておき「デツィ」というタイトルの書類を開く。


 「なっ! あんにゃろう!!」

 叫び声とともに書類は机に叩きつけられた。

 「このぉ!このおぉ!」

 ドン!ドン!と女性が拳を開いたページに振り下ろす度に机も悲鳴をあげるような音が鳴り響く。


 一体何がこんなに憤慨するようなことがあると思えば、デツィの状況が記述されるはずの書類が「お前の手駒はもらった」とあかんべえの落書きがされている。


 どうやら女性はこの子どもじみた煽り文句に耐性がないようだ。 

 その書類を投げたり、踏みつけたり、色々な方法で蹂躙して女性はようやく落ち着きを取り戻した。


 「やはり都市を1つ諦めなければならないのか……」

 独り言を漏らしつつ女性は今後の戦略を練り始めた。




 どれほど時間が経ったのだろう?

 涙が止まった両目であたりを見渡しすシハト、周辺は相変わらず廃れたような光景で疑問を解消してくれそうな人も時計も見当たらない。一人だけ取り残された疎外感と引きずる悲しみが混ざり合って、シハトは一層憂鬱な気分になる。

 これではだめだと考えた末、仕事で自分を麻痺しようと思い至ったシハトは持ち場に戻ろうとしたところ、遠方から足音が聞こえた。


 お兄ちゃんが探しに来てくれた? と淡い期待を抱いて音の発生源に近づく。近づければ近づけるほどその淡い期待は真実に洗い流されてなくなっていく。

 大人数の足音、号令を出す声が知らない声の上に訛りが変、曲がり角からこっそり覗いてみたものは見慣れないデザインの防具を身に着ける敵だった。


 不幸中の幸い敵は皆急ぎ足で視線も前方に集中しているため、敵の誰一人も横道の更に横道への曲がり角から覗くシハトに気づいていない。かというもののそれなり敵に近い位置なので大きな音をたてれば気づかれる距離。

 シハトは音を立てないように転ばないようにバランスを取りながらゆっくりと後ずさる、命がけでやっている大真面目なこととはいえ、傍から見ればその姿は何かのモノマネのような滑稽な動きだ。


 「シハト! ここにいたか! 探したぞ!」

 突如に響く大声にシハトは肝が冷やしつつ振り返るとそこにいるのはツワト、さっきの期待通りに大好きな兄が探しに来てくれたのにまったく嬉しくないどころか、多少の殺意が湧いてきてしまった。


 抱擁でもするつもりかツワトは両手を広げてシハトを待っている、しかしシハトは目もくれずに曲がり角の壁に張り付きながら敵を覗き見る。

 敵の一部が前進をやめ、短い会話を交わすのちに本隊から離れて横道に入ってそのまま何かを警戒しているようにも探しているようにも見える動きでシハトたちに近づいてくる。


 「シハト!? どうした?」

 何も言わずにシハトはツワトの手を取って走り出した、それに驚いて疑問を口にしたら、

 「お兄ちゃん黙って」

 叫びそうな勢いなのに声を抑えた冷たい一言が返ってきた。

 (まだ怒っているのか…プレゼントでも送って許してもらおう。あれ…シハト何が好きだったっけ?)

 「お兄ちゃん真面目に走って今敵に追わているから」

 進軍のリズムが揃った足音しかしない静かな街で走ってせいか、その不協和音に辿って敵はさっきシハトが覗いた曲がり角から姿を表して「居たぞ!」と叫んだ。

 それに気づいたシハトは自分の世界に旅立とうとするツワトを呼び止めた。 


 「えっ?」

 それを聞いてツワトは反射的に剣の柄を握りしめたが、視界に2人、5人、10人と敵が増えるにつれてツワトは剣から手を引いて代わりにシハトを抱き上げて走る速度をあげた。

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