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34.駐留先にて

 「暇~」

 窓際に座り呆然と青空に漂う雲を眺める一人の少年はため息まじりに呟いた。

 いつもならこの時間帯はてんてこ舞いなのにいざ本当に休んでいいとなれば落ち着かない、という悲しくも立派な社畜気質を持っている少年の呟きに誰も返事しなかった、というより誰も聞いてすらいなかった。


 あちこちに点在するお喋りに夢中の集まり、夜勤をかけた賭博をしているテーブルとそれを観戦する人だかり、隅っこに消毒用アルコールと果物でカクテルを作っているバーもどき。


 わいわいと好き放題にやっている各グループのどれにも入ることができずに寂しさやつまらなさを紛らわそうと窓の外を眺めていたシハトは、やはり退屈に耐えきれず誰かの気を引くように再び呟く。

 「あ~退屈、こんなにうるさいじゃ勉強もできないな~」


 チラチラと自分の隣で窓枠にうつ伏せして日向ぼっこしてながら気持ち良さそうに寝息を立てている先輩に視線を送る。

 普段お世話になっている先輩ならお喋りする相手になれるだろうと期待するシハトは、自分勝手な理由で起こすのが申し訳ないと思って、うっかり起こしてしまったという形にしようとしている。


 「ガハハハ! マジか!」

 「マジまじ大本気(おおまじ)

 談笑する声、


 「ふふふ、ロイヤルフラッシュ!」

 『おおー!』

 「すげー出したやつ初めて見た」

 「ウソだああ! イカサマだああああ!!」

 賭博の歓声や怒声、


 よく考えたらこんな騒がしく騒々しい環境でヨダレを垂らしながら夢の世界を旅するような人間がこのような羽毛が落っこちて立てた音のような無音に等しい呟きで起こせるはずもなく、先輩は今も幸せそうな寝顔を浮かべている。


 諦めたと言わんばかりのため息をつき、再びぼんやりと空や雲を眺め始めたところに誰かの影がそれを遮った。(誰だよ、ぼんやりすることもさせてくれないの?)と罵倒したい気持ちが湧き出て相手の顔を睨んだがすぐ鳩豆の顔になった。

 「お兄ちゃん! 何でお兄ちゃんがここに!」


 シハトが言葉を発した途端ツワトは後ろに一歩引いた。

 「お兄ちゃん何で後ずさるの?」


 「ちょっと、びっくりした」


 「なんでびっくりしたの?」

 「ほほ~お兄ちゃんか、意外だわ」

 寝ているはずの先輩はいつの間に起きてうふふと笑った。


 「先輩、寝てたじゃ…うわああ! 何で皆さんがここに集まったんですか」

 先輩の方を見よう頭と視線を動かすと視界の隅に妙に圧迫感を覚え、振り返って確認してみるとお喋りしていた者も、酒を飲んでいた者も、賭博していた人とその観客たちもみんなシハトを取り囲んで人集りを作った。


 「そりゃぁいっつも勉強ばっかする静かなやつが急に大声を出すもんだから、氣にもなるんだよ」

 「そうだよ、おばさんはびっくりして酒をこぼしてしまった」

 「私も心臓が止まるかと思った、今も不整脈が続いている」


 「そんな、大げさです。全然大声なんて出してないよねお兄ちゃん」

 「弟が失礼した」

 弟から目を逸らすようにツワトは間もおかずにすぐ頭を下げた。

 「先輩、私の声本当にそんなに大きかったですか」

 あっさり兄に裏切られたシハトはショックを受けながらも藁にもすがるように先輩に聞いた。


 「そうわね…せっかく私がさっきまで気持ち良く眠れたのにどうして今起きていると思う?この質問の答えが私の答えよ」

 「そ、それはつまり……」

 「ふふ」

 先輩の笑みが口以上にものを語ったようでシハトはがっくりと項垂れた。


 「シハトしっかり、ほらお兄さん帰っちゃうわよ」


 「えっ!?」

 急いで頭をあげてみるツワトはもうそこそこ離れている位置まで移動した。

 「お兄ちゃん!!」

 シハトに呼ばれて一応足を止めて振り返ったものの、微笑みながら軽く手を振ったらまた背中を向けて歩を進め始めた。


 「お兄ちゃん!? おーい、お兄ちゃん!」

 今度シハトがどれだけ呼んでもシハトは振り返らなかった。

 「会ってすぐどっかに行くなんて、もうお兄ちゃんは何しに来たの?」


 「シハト、お兄さんが守備隊の制服を着ているって事は守備隊員よね」

 ブツブツと何か言っているシハトに先輩は確かめるように尋ねる。


 「はい、そうです。お兄ちゃんは鍛錬することが大好きです、まるで鍛錬するために生きているような人です。守備隊に入ったのもきっと鍛錬するためでしょう」


 「いや、入る動機まで聞いてないわ。今の守備隊は大変忙しいのは知っているよね、なのにわざわざ会いに来るなんて愛されているね」


 シハトは呆れているとも、怒っているとも解釈できそうけどできない、なんとも言えない表情で固まっているかと思えば、瞑想でもするのかそれとも心の内に燃え上がるものを抑えているのかシハトは目を閉じた。


 「シハト? 大丈夫?」

 シハトの異常の反応に先輩も周りの人集りも少しずつ謎の緊張な雰囲気に飲まれはじめ、確認するようにシハトに声をかける。

 「そんなことはありません!!!」

 まるで声をかけられたことが触発する条件のように、シハトはまたもや爆発的な大声を上げた。

 直前までシハトを心配で無意識に前傾姿勢になって様子を伺う観衆たちがそのせいでバランスを崩した、1人が倒れば他の人もボーリングかドミノように倒れていった。


 「覚えている限りお兄ちゃんはいつも鍛錬のことしか考えてません、一緒に遊んでほしいと駄々をこねても冷たくあしらわれます。どうせ今回も鍛錬でたまたま近くに通っただけだと思います」


 「よくわかったわ、君も大変だったね」

 地面から大変そうに這い上がる先輩、

 「でもそりゃぁアンタの前ではそうかもしれん、がしかしそれは本心とは言い切れんだろ」

 何もなかったように起き上がるおばさん、

 「弟の前では素直になれないのは兄というものよ」

 服についたホコリなどをはたき落とす賭博していた人。


 「へーソウデスカ」

 「そんな可能性はあるわけない」と言わんばかりにシハトは生気のない瞳で虚空を見つめながら片言のように返事した。

 「ところで何故皆さん一斉に転んだのですか?」


 「「…………」」

 シハトの何気ない疑問に答える人は居らず、互いに視線を送り合うことしばし続く。

 気まずい空気になりつつ現状に話題を変えようと必死になったところ、まさに渡りに船のように異変が起こった。


 誰も何も言わないおかげで外からの音はよく聞こえる、さっきまでになかった雑多の足音に気づいたら程なくして窓から安定に差し込んでいた陽射しが不自然に点滅しはじめた。


 「あらあら、守備隊さんたちぞろりぞろりとどこへ行くんだろう」

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