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32.テントでの会議

 早朝、ツワトの国を包囲した軍の司令部的なテントに中隊長以上の役職についている人だけが集まった。どこぞの服だけ立派な小隊長は当然この場にいないが、席についている誰も身につけている防具は階級を示す紋章など必要なもの以外特に装飾を施していなかった。


パン!

 そんな中に机を壊すが如くの勢いで叩いて怒りを露わにするどう見てもこの部隊の指揮官は「こんなに人が集まったのに何一つ案も出ないのか!」と罵る口調で叫んだ。


 誰も何も言わずに、もとい何も言えずに怒りの矛先が自分に向かないように祈りながら、この瞬きも憚らなければならない重い空気に頭が押されるように俯いている。


 「指揮官、発言の許可を頂きたい」

 沈黙がいつまでも続くと誰もが予想する矢先に一人の中隊長が控えめに手をあげた。


 「ほう……許可する」

 やっと案を出してくれるのかと指揮官は内心に淡い期待を抱いてその者の言葉に耳を傾ける。


 「無理して攻め込む必要はあるのでしょうか? このまま睨み合いして兵糧攻めすれば我々に確実の勝利が約束されるのも同然ではないでしょうか」

 自分が思っていることを代弁してもらって嬉しいからか、さっきまで空気に溶け込もうとするような必死に存在感を消していた会議参加者はよくぞ言ってくれたと言わんばかりに頷いたり、小声で「そうだそうだ」とか「その通りだ」とか呟いたりしてさっきまで司令官の顔色をうかがっていたことも忘れたほどその案に賛同する。


 その光景を何も言わずに傍観する司令官は息を深く吸ってから、憂さ晴らしするようにため息とは呼べないため息を強く吹き出した。

 『…………』

 奇行と分類できる行動に部下たちがやっと我にかえ…あるいはドン引きして会議の場がすぐにあるべき静粛さを取り戻した。


 「確かにその案でいけば確実に勝てるのでしょう……」

 上司のその言葉を聞いて部下たちが内心ほっとした。これで何の対策もなしに城攻めしなくてもいいと思ったその時に…

 「しかしこれでは駄目だ。却下する」


 「何故でありますか! この案の何がいけないとおっしゃいますか!」

 あんまりの理解不能の結論に黙々と会議の流れを見ていた一人がたまらず声を張り上げて問いかける。

 それに対して司令官は今度普通のため息をついた。


 「足りないんだよ」


 「何がでありますか?」


 「人々の記憶に残るような何かが足りないんだよ」


 はてさてこの司令官は気が狂ったのか、戦争でこんな訳もわからない理由で安全を捨てるなんて。部下たちはさっきの言葉は自分の聞き間違いであってほしいと隣の人に確認しようと視線とともに頭の向きを変えたら隣の人と目があった。

 その目から驚愕や困惑など色んな感情が漏れ出ている、よく見るとその瞳に反射された顔も似たような表情をしている。


 全員があっけにとられる中、何人かは他より早く我に返って怒りを隠そうともせずに台パンして立ち上がる。その勢いで椅子は後ろに跳ね飛ばされさらに音を立てた。

 「落ち着け、色々言いたいことはあるだろうけどまずこっちの言い分を聞いてからにしても遅くないだろう」


 司令官の落ち着き払った態度が理由もなくそのような問題発言をしたではないと解釈されたか、あるいは司令官の揺るぎのない眼光で冷静を取り戻したのか。どうであれ立ち上がった部下たちはひとまず腰を下ろした。

 それを確認した司令官は嬉しそうに微笑んで語り始めた、

 「君たちこの度の集結命令を受ける前に何をしていた?」

 かと思えば本題と結びつけそうもない質問を投げかけた。


 「余計なことを考えるな、率直に質問を答えたまえ」

 質問の意図がわからずに当惑する部下たちを催促して返答を促す。


 「自分は行政施設の警備をしていました」

 「街の警邏という重大な使命を…」

 「規則違反の取締などを……」


 自己紹介するように次々と答えて最後の一人の番も終わって一周したところに皆の視線が再び司令官に集まった。

 猜疑や不満のこもった眼差しに気づいていないのか、氣にしていないのか司令官はがっかりそうに頭を振った。

 「警備とか、警邏とか、一歩引いて見ても物々しいのに、その上に取締ときた」


 「それは我々の責務ではございませんか、何かご不満でしょうか」


 「不満があるのは俺ではなく住民()だ。知っているだろう、自己紹介で自分の職業が軍人って言っただけで白目で見られるほど評判がよくないんだ。それはバカがやる仕事だってそう子供に教える親も居るぐらいだ」


 「そんなことはありません! 自分は親戚に『毎日街を徘徊するだけで金がもらえるなんて羨ましい』と羨まれました!」

 部下の一人がそう反論すると他も似たような体験談を話し始めた。

 「そうだそうだ、私も『みんなは金を払ってジムで体を鍛えるのに、あんたらはただで鍛えるどころか逆に金をもらっている』て言われました」

 しかしそのどれも羨ましがられるというより皮肉や侮蔑しか聞こえないものばかりだった。


 一人目の話を聞いた時点で司令官はすでに目をそらした。

 二人目は椅子の向きを変え、背を向けて耳まで塞いた。

 「オレもオレも……」

 ドン!!

 話が終わりそうにないと見た司令官は突然跳ねるように椅子から立ち上がると思ったら、今日もっとも鈍くて大きく響いた台パンを叩いて見せた。


 「本題に戻ろう」


 誰もが息を呑む中、司令官は感情なき声で提案した。

 了承する声も反対する声もなく再び静寂が訪れるか思えば、司令官が続いて発言する。


 「さっきは兵糧攻めすべきと言ってたね、よく考えたらそれはいい案だ採用しよう」


 ふ〜、と部下たちがホッとして安心の息をついたのも束の間、司令官が次に言葉を発するとその気持ちが彼方まで消し飛ばされた。


 「ただし、呑気に待つことは許さない」

 テントの外、城壁外に広がる畑に指差して司令官は命令を下す。

 「敵の目の前で奴らの糧食を燃やせ! 奴らに次の季節は食えるものはないと教えてやれ!

 奴らが堪らず打って出るその時、我々は鮮やかな勝利を納めて人々の英雄となるだろう」


 「司令官殿」


 「何?不満かこれは命令だ、従ってもらう」

 おずおずと手を上げる1人に司令官は殺気にも似た威圧で睨みつけた。


 「いいえ、不満なんてとんでもありません。ただちょっと疑問があります」


 「言ってみろ」


 「もし敵が打って出ない場合はどうしますか?」


 部下たちの何かを期待しているような眼差しを一身に受けた司令官は「あはは」と笑い話でもするように笑顔で軽く笑ってから、

 「いい質問だ。その時は槍で梯子でも作って城壁を超えるか、組体操で人間タワーを組んで登るか。まあ、要するに……」

 間を置いて人の注意を引きつけた後司令官はさっきまで和気藹々の笑顔が嘘だと錯覚するほど、鋭い目つきの険しい表情で続きの言葉を話す。

 「強行突破してもらうんだ」 

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