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31.下準備

 人が都市に引きこもることが余儀なくされて以来、各都市がある意味外敵の心配をする必要がなくなった。何百年の歳月が経て城外で畑などを余裕に作れるほど活動範囲は広がったものの、その間出番がなくなった様々の技術などは自然と失伝してしまった。


 そのうちの一部は攻城するための道具や戦術なども含まれている。




 「被害はないのは幸いだが、何で誰も止めなかったんだよ」

 何の策もないのに無闇に進攻した派手防具の隊長は無責任に思ったことをそのまま口にした。


 「隊長はあまりにも自信満々だったので何か策があるのかと思いました。それに隊長は一応隊長なので誰も止めることはできません」


 「一応隊長は何だ! オレに城を攻め入る方法あるならこんな小さな部隊なんか率いるわけないだろ! それより隊長を適切に諌めるのも副隊長の仕事だろ、無傷で後退できたのはいいがもし死傷者を出したらどうしてくれるんだ! オレが失敗したに見えるじゃないか」


 (無闇に前進命令出した時点で隊長としてもう失敗しているじゃ…)


 「何その顔は、何が言いたそうだな。いいぞ言ってみろ」


 「…………」

 誰も何も言わずに黙っていると耳に届くのは風が耳を撫でる音しかない。

 ガチャガチャ。そんな時に後方から防具の金属音が鳴った。


 振り向いてみたい気持ちを抑えて視線を隊長から外さないように気をつける部下たちは隊長が見せる反応で近づいてくる者の正体を推測するしかなかったが、すぐその必要はなくなった。


 「中隊長閣下がお呼びです」


 「了解であります。直ちに参ります」

 防具の音が聞こてから顔色どんどん青ざめていく派手防具の隊長は伝達を受けたらすぐ小走りでこの場を去った。

 代わりに指揮を取る副隊長は待機命令を出した、これで特に何もなくただ敵と睨み合いするだけだろうと誰もが思った矢先に後方から怒鳴り声が聞こえた。

 反射的に振り返って見るとさっきまで威張り散らす小隊長が小動物のように縮こまっている。


 「何見てるんだ、前を見ろ」

 副隊長のしかり声に従って全員は前を向いたものの、一人が笑い声が漏れると伝染するようにあっちこっちも笑い声が聞こえてくる。


 「笑うな、あとで笑えなくするぞ」

 副隊長の再びの一喝でやっと落ち着いて静かになった。


 こうしてなんの動きもない、つまらない睨み合いが始まった。




 時間遡って人間の屠殺作業が漏洩した日、何人かは封鎖を突破してツワトの国から脱出できたと同時刻、国を発って例の方角に進み続けたデツィはようやく向こうの国に辿り着いた。

 「…………」

 複雑な面持ちでこの国のシンボルであろう見た目が独特な建物を見上げたデツィはため息をついてから目的を達成するための情報収集を行おうと人混みに溶け込んだ。


 言葉や訛りに違いはあれど会話はちゃんと成立するため意思疎通する分には問題ないが、情報収集においてはそれは致命的な問題だ。他国との交流が頻繁で外国人がよく見かける街なら正当な理由もあるのでしょうが、長らく鎖国させられる時代にそんな理由が使えるはずもない。一言でも喋れば自分はよそ者と教えるようなもの。


 それなのにデツィは現地の人のような自然な訛りと流暢な言葉遣いを駆使して順調に情報を集めていく。一段落ついたところでデツィは迷いのない足取りである喫茶店に足を踏み入れた。


 「いらっしゃいませ!」


 デツィは店員の挨拶の言葉を聞き流しながら最初から決めたかのようにすぐに席についた。


 「こちらはメニューでございます」


 店員から渡されたメニューを軽く確認するようにページを早めにめくって閉じた。

 「アールグレイを一つお願いします」


 「アールグレイ一つ、ご注文は以上でしょうか」

 紅茶一つだけなのか?と言外ににおわすとも取れる確認の言葉にデツィは「はい」と短く返事しながら店員にメニューを返す。


 「かしこまりました、少々お待ち下さい。オーダー入りました、アールグレイ一つだけ」


 程なくしてデツィの前にソーサーに乗せて出されたティーカップを手に取った、余程いい香りなのか匂いを嗅ぐと思わず目を閉じて深呼吸した、次は味をよく味わうように一口を小さく口に含んだ時もまた実に美味しそうに目を閉じた。そんなに美味そうに飲んでいるデツィの姿は否応なく人の目を引く。

 (次はどんな反応するのだろう)と好奇心や謎の期待の視線を氣にすることなくデツィはまるでここではない遠いどこかを見ているかのように窓の外を眺めはじめた。


 他人の期待や好奇心を満足させるような動きがなけば出来事もなく、ときどきティーカップを口に運ぶ以外はまったくと言っていいほどデツィはただ自分の世界に入り浸っている。たとえ客が何回入れ替わっても全然動きが変わらなかった。

 やがていくらティーカップを傾けても紅茶が口に入らないことに気づくデツィは名残惜しそうにカップをソーサーに戻して諦めたように息をついた。

 「やるか」

 一言を零したような独り言を呟いたデツィは目的のために再び人混みに溶け込んだ。




 都市を包囲した敵との睨み合いが始まった日の翌日、ツワトは自宅ではなく城壁の周辺の民家で朝を迎えた。政府は緊急事態につきとかなんとかの理由で家主を追い出して守備隊の臨時駐屯地にした上、ツワトたちのような半人前である訓練生を召集した。


 「早く運べ!敵はすぐそこまで来ていぞ」

 召集されたからといっていきなり敵と戦うことはない、あくまでも物資の運搬とかの後方支援が主な仕事。

 特に丸太、石、油樽が最優先に運搬するようにと命令されたツワトたちは働きアリの如く、それなりの重さのあるそれら城壁の上まで運んでは戻る、戻っては運ぶの繰り返し。


 「おいそこ! 何モタモタしてる、さっさと運ばんか!」

 そんな重労働の上、速さまで求められれば当然のように体力の消耗は尋常ではなく、2回目の往復の時から明らかにスペースが落ちてきて、 3回目以降は地べたに座る人がちらほら現れた。


 「何坐てんだテメェら! 怠惰の魔物が出たと報告するぞ!」

 なんとか力を振り絞って立ち上がったもののやはり体力が尽きたか、座ると同時に手放した荷物を運ぼうと掴むも地面に吸い付いたかのように持ち上がれない人が殆ど。


 「この程度でもうだめか…ツワトがまだ元気に運んでいるぞ、情けないと思わんか!」

 その質問に答える人はいない代わりにみんなは「あんなのと一緒にするな」と怨嗟の目で長官に見つめる。


 「仕方ないなーー、10分の休憩後バケツリレー方式で運ぶぞ」


 (最初からそうしろよ)

 ある人は呆れつつ、ある人は怒りを抑えつつ同じ事考えながら教官がこの場を去るのを見送った。


 そんな感じの何日が過ぎてとうとう敵も国の上層部もしびれを切らした。

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