30、お礼参り
第2の探検隊を第1の時と同じように対処して、これでもう終わりだと楽観視した政府の予想はわずか2日で覆された。一日に第3、第4と2団も探検隊が国に入ってきた。
そして前回、前々回と同様に色々質問した後に専門の部署に処理してもらった。一見何も変わらない対応だったが、質問に「他にも探検隊はありますか」と追加して聞いた結果、守備隊の下っ端であるツワトたちに新たな職務が与えられることになった。
案内人、その新たな職務内容を一言で言い表すならこれが妥当でしょう。実際のところ文字通りに見かけた探検隊を特定の建物まで案内するだけの簡単な仕事だった。普通に見えたこの仕事は何が特別だと言うとそれはそのためだけにわざわざ都市の外にパトロールの経路を追加したことにほかない。
「サンドイッチを持ってきた。みんなで食べよう」
都市の外をパトロールするものだから、住民とほぼ遭遇しなければ退治すべき魔物も存在しない。このパトロールでは見かけた探検隊を案内することしかやれる仕事はない、つもり言い換えれば探検隊を見かけない限りただ都市の外を散歩するだけのことになる。
「いいね! でも聞いて驚け、俺はオヤジがこっそり隠した酒を持ってきちゃった」
へへへと笑いながら鞄から瓶詰めの酒を取り出した。
大体の隊員はこの任務を先輩や教官あるいは住民とか人目がつかないから堂々とサボれると思って、ピクニック気分で飲み物や食べ物を携行するのだが、それだけでは飽き足らず終いには…
「おおっ! マジか、じゃそれを賭けて勝負してみない」
道具まで用意して賭け事をするなど秩序の欠片もないといっていいほどに誰もこの任務を真面目にやろうとしなかった。
「ツワト、お前も参加しないか?」
「オレはいい、素振りしたいから」
やはりというか当然というか、ツワトも仕事に不真面目な人の一員である。
真面目さとか職業意識とかそんなご立派な心構えは誰一人も持っていない状態でツワトを含め4人体制のパトロールが都市を出た。
案内人同然の新しい職務ができた初日に早速効果を発揮して探検隊が都市に入って住民とおしゃべりする前に、パトロールに見つかって指定された場所に案内されたが、言うまでもなくそれをこなしたのはツワトたちではなかった。しかしそれも最初の頃に過ぎなかった。
最初の週は平均一日に1、2団だったが、日に日にその数は増えていってツワトたちもサボる暇もなくなり、専門の部署も捌ききれずに守備隊に要請を求めるほど忙しくなった。処理専門の部署が人手を借りて処理の効率化を図ったものの、やはり一日に処理できる量は限りがあるもので、急遽臨時の宿泊施設を整える必要が出てきた。
それにあたっていかにして住民と交流しないように隔離するなど幾つもの問題に頭を抱えて悩む政府にその問題を解決しなくてもよくなる知らせが届いた。
『探検隊に処分のことが漏洩した』
それは起こるべくして起こった出来事、長期に渡って高圧的な統治が生み出した未曾有の出来事に対する対応力の低さ、何でもかんでも掌握しようとする欲望、権力への執着によって偏った考え。様々の弊害が重なってオーバーワークである現場がついに限界を迎えて崩壊した。
人手不足で警備も手薄になったところ、処分所に迷い込んだたった1人の探検隊員により人が家畜のように屠殺されていく事実が瞬く間に探検隊に広がった。怒りか任務達成への執着か全部の探検隊が約束したかのように一斉に暴動を起こした結果、近辺の住民をも巻き込んだ大混乱を引き起こした。それに乗じて国から脱出できた探検隊員はいるものの大半は殲滅された。
政府は次の探検隊が来るのを備えつつ残党狩りを行っていたが、予想とは裏腹に立て続けにやってきていた探検隊は暴動の翌日からはばったり来なくなった。2、3週間が経って残党狩りもほぼ終わって以前と特に何もかわらない日常が戻ってくると誰もが予想した頃にその予想が粉々に砕かれた。
政府が噂に便乗して魑魅魍魎しかいないと公言してあり、同時に探検隊が必ずそこから現れる例の方角はツワトの国の一番高い建物から眺めても他の方角と変わらず灰色の荒野が広がるだけだった。しかし奇妙なことに今日だけ青い何かが地平線の向こう側から現れた、最初その変化は実に微々たるもので誰も気付かなかったが、時間の経過とともに青い部分が潮の満ち引きようにいつの間にか一面に広がって打ち寄せる。
ツワトの国が異変に気づいた頃はまだ距離があるものの、少しずつ押し寄せる謎の青の正体を探るべく、守備隊に偵察任務を与えた。
命令を受けて謎の青に近づいていく偵察隊はやがて謎の青の細部などが見えてきて、十分識別できる距離まで近づくとすぐ180度回頭してこの世の終わりのような真っ青な顔で走って戻る。
それなりに遠いところまで行った偵察隊は短距離走でもするかのような全速力で戻って、上がった息をなんとか鎮めようとしたが、やはり抗うことができずに急いで帰った分の時間が無駄にされるように激しく呼吸を繰り返すばかり。
「た、大変ですっーー」
「落ち着け、まず呼吸を整えるんだ」
アドバイスを無視して偵察は上がる息抑えて無理やりに言葉を捻り出した。
「あ、あれっあれは! 人です!」
「な、なんだと! あれ全部が? それは確かなのか!?」
「はっ、剣や槍、弓矢など、全員武装しています! そして遠くから青く見えるのは防具の色です」
「そんな馬鹿な……、この数で全員武装しているなんて我々を攻め落とすつもりか」
「どう致しますか」
「どうもこうも城門を閉じるしかないだろう、早くいけ」
遥々からきた来訪者がぐるりと都市を包囲してどう見ても友好的とは言えない状況、防衛のために普段魔物を外に逃さまい時しか閉じない城門が何百年ぶりに本来の役割を果たすことができた。
「門を開けろ! この悪魔共、同胞を殺した罪はこの槍で償わせてやる!」
門に阻まれた青い防具の軍隊から他の大勢よりも明らかに防具が派手な1人が、城門の上にいる守備隊員を持参した派手な槍で指しながら吠える。
しかしそのような要求が叶うわけもなく城門は僅かでも開かなければ、返事してくれる人もいない。風に靡く旗の音だけが響き渡る。
「無視しやがって! 第1、2列傾注!矢盾を前、上防御! 第3、4列は矢避け体勢を取れ! 全員、前ぇ進め!」
派手な防具の人は約40人ほどを引いて城壁から放たれる矢を防御しながら城門に近づいていくが、様子見しているのか、それ以外の兵士は動く気配ない。
少しずつ近づいてくる敵を見て守備隊は慌てて矢を射るが、矢盾に刺さったり、弾かれたりしてまったく被害を与えることができない。
「どうしよう、全然効かないぞ」
「燃やしてみるか?」
「どうやって? 燃やせる物もないのに、それにあったとしても……」
会話する守備隊員の間を風切り音とともに矢が一瞬で通り過ぎた。どうやら矢盾の後ろに隠れている弓兵が射た物のようだ。
「相手が大人しく燃やされてくれそうもないね」
「ああ…そうだよね…」
ただ盾を持ってば簡単に近づくことができた青い防具の兵士たちだが、派手な防具を着ている隊長は副隊長の「近づいたら次はどう攻め入ればよろしいでしょうか」と単純な疑問を聞いたらすぐさま後退命令を出した。




