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29.前と同じ

 開かれた扉から現れたのは執事服やメイド服を着こなした使用人たち、全員仰々しくお辞儀する姿は庶民が思わず緊張してしまうほどのものだったが、1人眠たそうなメイドが船を漕いで他よりワンテンポ遅いお陰で緊張せずに済むことができた。

 「我が国へようこそ、さぞお疲れでしょう。おもてなしの料理の用意はできました。どうぞこちらへ」


 「……何?」

 探検隊の面々は驚いて返事できずに固まったかと思ったら確認するように聞き返す。


 「我が国へ…」

 「すんません、違う。料理があるって本当?」


 「はい、本当です」


 探検隊隊員はお互いに笑顔を見せ合ってから興奮気味に「じゃお酒はありますか!」と質問を投げかけるように問いかける。


 「はい、用意しております」

 流石プロの執事だけあるか、落ち付いていて品のある所作で答えた直後。

 「よしゃああああ!! 酒だ!酒!」

 「苦労した甲斐があった」

 「ほら、何が『嫌な予感がする』だ。いいこと尽くめじゃないか」

 「そう…だな! その通りだ!」

 「料理はどこにあるんだ? 早く案内してくれ」

 探検隊の全員がこの上ない幸せはこのことだと言わんばかりに騒ぎ立てる。


 「勿論喜んでご案内させていきただきす。しかしせっかく料理が砂埃や汚れのせいで台無しになるのは忍びないので、その前にお風呂は如何でしょうか」


 「お風呂まで入れるのか!? じゃ是非お願いするよ」


 「ではこちらへ」

 執事長とおぼしき壮年の男は進行方向を指が揃えて伸ばした手のひらで指し示してから先頭で先を進む。

 付いていこうとした探検隊はメイドや他の執事に阻まれるかと思えば「お荷物をお持ちいたします」と提案された。


 「至れり尽くせりだね」


 「いいえ、当然のことをしたまででございます」


 任務を無事に遂行できると安心したのかそれとも歓待されてこれまで緊張した精神が緩んだのか。探検隊が和気藹々と談笑しながら執事長に付いていった場所は地面がいかにも排水に良さそうに傾斜している上、傾いた先にはまさにそのための溝があるだけで他に何も置いていない部屋だった。


 「ん? 執事長さん、ここは行き止まりだぞ」

 「まさか道に迷ったのか? しっかりしてくれよ」

 「こんなミスするなんてよくもクビにされなかったな」


 探検隊の冷やかしの言葉が聞こえなかったように執事長は笑顔を浮かべて「ここは浴室でございます」と紹介する。


 「…………」


 沈黙がこの場を占領して各々が自分の呼吸音しか聞こえなくなった頃、

 「は?」

 探検隊の誰かが発した声を皮切りに沈黙の支配が終わりを迎えた。

 「おいおいおい冗談にしてはキツイな」

 「期待させておいてこれか」

 「ふざけるな!懺悔させられたいのか」


 探検隊の苦情や非難の声に執事長は申し訳無さそうに眉を下げて「お怒りになられるのはごもっともでございます。我々も最大限のおもてなしをさせていただきたいのは山々でございすが、生憎なことに浴場施設は工事中につき使用できません」と説明する


 「それならそうと早く言え、なんで俺たちをここまで連れてきたんだ?」


 「やはり精一杯おもてなししたいので、ここにお連れしました。お風呂の代わりにというわけではありませんが、お客様の身をお清めさせていただきます」執事長が手で指す方角に視線を移してみるとメイドたちが袖を巻き上げ、スカートの裾をたくし上げて二の腕や太ももの素肌が露わになっていく。それにつれて探検隊隊員の鼻の下も伸びていく。


 露出度が高くなったメイドはタオルを手に持って「汚れを隅々まで丁寧にお落としいたしますので、服をお脱ぎください」と話しかけると探検隊の誰もが物を強請る時だけ言うこと聞く子供のように従順に服を脱ぎ始めた。


 不幸なことにこの探検隊のメンバー全員は欲に素直な男だった。冷静を保てるような人も、他のメンバーを窘めて我に返らせる人も居なかった。

 甘い誘惑に誘われて欲に駆られるがままに服を脱ぎ捨て、理性の欠片もなくだらしない姿でメイドにすり寄っていく。


 だから意識も息の根も止められたことに気付かない。


 「痛っ!」

 不幸中の幸いかそれともさらなる不幸の始まりか、首筋に痛みと液体が伝う感触がした探検隊の1人はその箇所を触って確かめると鋭い痛みが走り、手に液体が付いた。液体は若干の粘着性を感じる手触りに加えて色が赤く鉄の匂いを放っている。

 「血?」

 謎の出血に驚き、男は高ぶった気持ちが瞬く間に落ち付いて周辺の異変に気づく。さっきまでワイワイ騒いだのに今は異様なまでに物静かだなと思いながら周りを見回した。

 目にしたのは夢か幻かと疑うほど、信じがたいものだった。


 ついさっきおしゃべりしていた友人、後輩、上司が床に倒れて血溜まりが全員を飲み込むかのようにじわじわと広がっていく。その傍らにはそれぞれ自分の身を清めてくれるはずのメイドが血の付いた謎の道具をタオルで拭いている。


 「な…ななな、なんで」

 男は驚愕のあまり呂律が回らなくなっただけでなく腰まで抜けてその場に尻もちをついた。恐怖に支配されるがままに震え上がりながら涙を流すその表情は、まるでそれを絞り出すためだけに全身のエネルギーを使って顔を歪めているように見えなくはなかった。


 はっと思い出すように男は逃げようと足に力を入れたが、その直後に執事長に一瞬で間合いを詰められて他の仲間と同じ末路を辿ることになった。


 「君は何やっているんだ! 無防備な相手なのに攻撃が急所から外れたどころか辛うじて掠っただけなんてみっともない! もう新人じゃないからしっかりしなさい」


 「申し訳ございませんでした!」

 (やべー、班長なに言ってたっけ? とりあえず申し訳なさそうに謝っておこう)

 眠たくてミスしたメイド…に変装したデツィの同僚はやはり夜勤明けのせいでかなり疲労しているようで、執事長もといデツィが所属する組織の班長に謝りながら実は疲労のせいで説教の内容を大半以上聞き流してしまっている。


 (なんでよりによって夜勤明けの時にこいつらが来るんだよ、おかげで叱られたじゃないコンチクショー共が)

 睡眠欲が満たされずイライラするあまり心の中で毒づくデツィの同僚は今も絶賛班長の言葉を聞き流しているのに、妙なことになぜか下された命令だけはバッチリ聞き取れた。


 「罰としてこの部屋を1人で掃除しなさい」


 「えっ」


 「何、不満か?」


 「いいえ……畏まりました」

 デツィの同僚は遠い目で仏と血溜まりだらけになっているこの部屋を眺めて深く深くため息をついた。


 「そう肩を落とすな、この部屋をよく見てみろ。すでに血は傾斜で地面の溝に流れているだろ、つまり血が乾く前に水で洗い流せばすぐ終わる」


 「はい、そうですね」

 (でも死体洗い流せないから運ばなきゃならないだろう、ふざけるな! 結局重労働じゃねーか)


 デツィの同僚はその日、夜勤明けにもかかわらず昼まで掃除させられて、あまりの疲れに掃除が終わるとその場でそのまま寝てしまった。

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