27.掃除している?
都市の外、荒れ果てた大地を1人の少女が歩いてる。それだけでちょっと可怪しいと思えるのに少女はやや大きめで膨れたバッグを背負っている。さらに怪しいことに人目を避けように道なき道を約2時間ぐらい歩いて辿り着いたのは人も施設もない鉄鉱山の裏側。
表と違って裏側は来た道と同様に大地は荒れ果てて岩ぐらいしかないが、少女は迷いはなく歩を進んで岩と岩の間にできた隙間に入った。
奥に進めば進むほど狭くなるが、ある程度に進んだら突き当たりであろう場所に洞穴があった。中に入ってみれば、道幅は大人が余裕に通れるほど外の隙間道よりも遥かに広くなった。
両側の壁や天井、よく見たら床にも規律のある凹凸が並んでいる。そんな不自然な道をさらに奥に進んでみれば人工物であるドアが行き先を阻むように佇んでいる。
少女はあるリズムでドアを5回叩いたあと「マトは井戸中で酒盛り」と意味不明な言葉を唱える。
程なくしてドアが少し開いて誰かが頭だけ出して外を覗く。
「あっ、デツィさんお久しぶりです」
「久しぶりジェン、中に入っても?」
「どうぞどうぞ、と言いたいところですが、暫し待ってください」
素早くドアを閉じたかと思えばジャラジャラと鎖の音が鳴った。その直後ドアが全開して全身の姿があらわになったジェンが手招きしている。
デツィは疑問を抱きながら中に入って近くの椅子に腰掛けながらバッグを足元に下ろす。
ドアの向こうの空間は雑乱した空間だった。
作業台に置いてある製作途中らしき謎の器具を中心に散乱した作業道具の数々はまだ看過できるほど、地面には大量のちり紙とか汚れている食器とか一目みてゴミとしか思えないものが散りばめて転がっている。
その光景には驚かないほど見慣れたのか、デツィはそれらを無視してまたジャラジャラと何かしているジェンの方を見ている。
「あれはなんだ?」
「防犯装置です。この前は誰かさんが安全確認をする前に強引に押し入ったから、安全性を高めるためにこれをつけたんです」
ドアチェーンがどのような効果があるかとジェンは実際に操作しながらわかりやすく説明した。
「へえー…、つまりここはもうバレたのにこれがあれば引っ越さなくてもいいってこと? 本当に大丈夫?」
「違います! バレてません!」
「え? でも誰かに押し入られたでしょう」
「その誰かさんはデツィさん以外居ないでしょう!」
「ん? どういうこと? そんなことした覚えはないよ」
些か時間を要したが、話が噛み合わない2人は通じあうことができた。
ジェンは毎回、合言葉の確認のあとは必ずドアを少し開けて外にいる人物を覗くことで最終確認していた。
しかしある日急いでいたデツィはドアが開いた途端すぐさま押し入ってしまった。
「それは確認だったの!? 言われてみれば毎回そうしてた気が……」
「していましたよ、毎回。もう追い回されて死にかけるのは嫌ですからね」
「えぇ…、そんなに心配ならいっそのこと、開けなくても済むようにドアに穴でも開けて覗いたら」
デツィは冗談めかして提案したが、
「……それはいいかもしれません。でも逆に覗かれるのは嫌だから……」
ジェンは真剣な面持ちで思いにふけて自分の世界に旅立った。
「おい、ジェン。おーーい」
「はっ! すみません、ちょっと考え事しちゃった。そういえば今日は定期的に来る日じゃありませんよね、どうしたんですか」
「実は最近特別な仕事が任されたんだ。すまないが詳細は言えないけど、その仕事に使えそうな道具とかをいくつかいただいてもいい?」
「そうですか……ん? 仕事ならデツィさんがいるその組織からもらえるんじゃないですか。わざわざ私のところまで来なくても…」
ジェンの当然の疑問にデツィはため息をこぼした。
「普通ならね、この仕事は普通じゃないからもらえないの」
「なるほどだから私のところに来たんですか。もちろん大丈夫です、ちょうど倉庫を整理したいところですし、いっぱい持っていっていただければ大変助かります」
「いや……」視線を彷徨うように部屋のあちころを見回すデツィ「倉庫よりも整理すべき場所はあると思う」
数十分後
「こんこん! 最悪! 何が倉庫よ、ここよりひどい埃だらけのゴミ部屋じゃない」
道具を両手に抱えて倉庫からジェンの作業部屋に戻ったデツィは全身埃にまみれている。
「ゴミ部屋っていくらなんでもそれは言い過ぎじゃないでしょうか」
「じゃ聞くけど最後掃除したのはいつ?」
「…………」ジェンは緩やかに目線を外した。
「まさかと思うけど…まさか一度も掃除してないじゃないよね…」
ジェンは返事することなく作業台に移動してまるで何も聞こえなかったのように作業を再開した。
(うわーーまじかよ)
「うわーーまじかよ」
デツィはドン引きするあまり心の声をもらしてしまった。
「う、うるさいです! わ、私はみての通り忙しいんです。掃除する暇なんてないんです!」
「はいはいわかった、邪魔して悪かった。道具をくれてありがとう、これらを片付いたら出ていくよ」
デツィは道具を詰めようと持参してきたバッグを開けた。
「あれ? 何でこんなに食料や水を入れている?」
忙しいと言いながらも他人が居るだけ集中できないジェンは結局デツィの動きが気になってちらちら覗いたら思わず疑問を口にした。
「あっ、あーーこれも仕事に使うから詳しく言えない」
「…………」何かを思案するようにデツィを見守るジェン。
「どうした? こんに見つめちゃって忙しいじゃなかったの?」
小馬鹿にする笑みを浮かべるデツィにジェンは至って真剣な面持ちで答える。
「私、シェアハウスはいつでも歓迎しているよ」
意味不明な返事だったが、デツィは見間違えと思えるほど一瞬引き締めた顔になったと思いきや大声で豪快に笑う。
「ははは! こんなゴミ部屋、隣人でも嫌なのに住みたいやつ居るわけないだろう」
むすっとするジェンを尻目に荷造り終わったデツィはバッグを背負って、ドアノブを握る。
「ま、ジェンがゴミに生き埋めされないように今まで通り定期に生存確認しにくるよ」
「それは嬉しいですが、やはり掃除は……」
「今まで通り強要するよ」
「ふふふ、じゃ行くね」嫌がるジェンに笑顔を見せるデツィはドアノブを回してドアを開けた。
ガシャ!
と思ったらドアチェーンがひっかかって少ししか開けられない。
「あれ?」
ドアチェーンを外そうとしてガシャガシャと音を立てるデツィ。
「あれあれ? ジェン、これどうやって外すの?」
困り果てるデツィが振り返るとジェンはしたり顔で仁王立ちしている。
「ふふ、すごいでしょう。これで安心して安全確認…ちょっ、何でハンマーを持っていますか」
「邪魔だから壊そうと…」
「やめてください! 何故ですか!」
「なんかイライラするし、こうみえて実はちょっと急いでいるんだ。あとイライラするから」
「何ですかその理由、いくら何でも壊すことはないでしょう」
血相を変えたジェンはデツィを押しのけてドアを締めて素早くドアチェーンを外した。
「ほら、外しました! 早く出てください」
デツィは半ば追い出される形でジェンの部屋を出た。
「ちょっと冗談が過ぎたか…」
デツィは背伸びして深呼吸する。
「行くか」
さっきと打って変わって顔を引き締めたデツィは歩き出す。
魑魅魍魎しか存在しない噂の方角へ。




