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26.家出?

 青い空に太陽が誰にも気づかない速度で緩やかに移動している。その太陽に照らされた雲は白さが強調され、一つ一つが海を漂う帆船に見えた。


 しかし突如に黒い煙が乱入し、すべてを覆い尽くして見えなくなった。煙がどこから来たか遡ってみるとそれは城壁外の畑だった。


 すべての畑には積み上げられた農産物の山が何個もあって、そのどれも火の手があがってパチパチの音とともに黒煙を吐き出している。


 何かの祭りとも取れる光景だが、その場に畑主はおろか住民の1人もいなかった。

 どこに行ったかというと固く閉まった城門と聳える城壁に守られた自分の家の中に家族と抱き合って慄いている。

 大の大人が情けない姿を晒しあっている。しかしそれも仕方ないことだ。何せ、()()()に襲われるなんて誰も思わなかった。




 汚染された大気やうろつく魔獣などから人々を守りかつそれらを浄化したり駆除したりするのが結界の効果。侵攻される二ヶ月前、その結界に異変があった。

 いつもなら都市を中心にゆっくり拡大していくはずだったが、前触れもなく急激に拡大していった。


 これまでにない出来事に人々は困惑した。冷静さを取り戻して状況を分析してみるとさらに奇妙な点に気づいた。

 速さが違うけれど結界が拡大していくのを目撃した人は大勢いる。しかし、ある方角だけはその過程を見た者は1人も居ない。みんな一様に「気づけば拡大した」と答えている。


 神がご降臨しただの、邪神の罠だだの、それを中心に様々な憶測や噂が乱立している。しかしどの解釈もその方角には何かあると人々は信じている。


 民衆がその何かを求めて都市を出ていこうとするじゃないかと恐れたツワトたちの政府は、「邪神の罠説」を利用して派遣すらしなかった探検隊の報告だと嘘をついたり、証拠を捏造したり、住民たちに「その方角には魑魅魍魎しか存在しない」と信じ込ませるように仕向けた。


 これでこの騒ぎが終わると思いきや、政府の主導のフェイクニュースがいとも簡単に暴く証拠が現れた。

 それは別の都市であり別の国の探検隊だった。


 言葉は違ったところもあったものの、ほぼ問題なく会話することができる探検隊が都市に着いて住民と暫し会話すること数分、パトロール中の守備隊員に発見されて官邸に案内された。探検隊と話をした住民もすぐに近くの駐屯地に連れて行かれた。


 その後はどうなったか、住民の誰も知らない。




 早朝、結界の急速拡張や外国人の来訪など歴史的な大事件が起きても、太陽は相変わらず昇って一日の始まりを告げた。

 ところで、物事がお互いに影響し合うのもまたごく普通のこと。たとえ今は何の変化もなくてもそれはピタゴラ装置かドミノようにまだ順番が回って来なかっただけかもしれない。


 「ツワトくん!」

 日課である朝のランニングを終えて家に戻ったツワトは一汗を流そうと風呂の小屋に向かうところに呼び止められた。

 声がした方に向いてみると血相を変えた女性がいた。誰だと一瞬思ったらその女性は切羽詰まる様子で質問した。

 「うちのデツィは見てない?」


 (うちの…デツィ? ……あっ、デツィのお母さんだ)

 毎日訓練とか鍛錬とかしか頭にないツワトは本気で隣人であり幼馴染のお母さんの顔を忘れたツワトであった。

 「おはようごz…」

 「挨拶はいいから早く答えて!」

 「見てません!」

 気圧されて、つい教官に対する大声かつ簡潔明瞭の受け答えの仕方をしてしまったツワトであった。


 「そう…ありがとう、もし見かけたら教えて」

 明らかに意気消沈するデツィのお母さん、肩を落として踵を返した。そのまま、隣の自宅に帰ると思ったら……

 「あのう、何かあったんですか?」

 なんと、訓練のことしか頭にないツワトがデツィのお母さんを呼び止めた。


 「デツィが、デツィが家出した」


 「喧嘩でもしたんですか?」


 「そんなことない! あったとして家出するほどのことはない」


 「じゃ何で家出だとわかったんですか?」


 「うちは家族全員で朝食をとることになっている。しかし今日は時間になってもデツィが現れないので部屋に行ったら、手紙が置いてあった」


 「何書いてあったんですか?」


 「これ以上にない重要でやらなくてはならないことができた。当分家に帰りません。なので探さないでください」

 一目見ただけで覚えたのか、それとももう何回も読み返したからか、デツィのお母さんは手紙をツワトに提示するよに見せながら内容を読み上げた。


 「これは…家出じゃないですね」


 「そんなわけない、家に帰らないんだよ。これは家出じゃないなら何が家出よ」


 「いや…当分帰らないってことはいずれ帰ってくる…」


 「いずれはいつなのよ! もしこのまま永遠に帰ってこなかったらどうする!」


 「それは……」

 デツィのお母さんの過保護ぶりに呆れてこの場から逃れられる言い訳を探し始めたら、すぐに中断されることになった。


 「どうした?」


 「あなた、聞いてデツィが家出したのにツワトくんがひどいことを言った」


 「何だと! ツワトくん、デツィが幼馴染だろう何でひどいことが言えるんだ」


 デツィのお母さんと同等の過保護者であるデツィのお父さんが現れ、合流を果たしたデツィの両親はお互いに助長しあってどんどん過保護が悪化していく。

 デツィのお父さんが大声で騒いだせいで近所の住民は何事かと窓から覗いたり、外を出たりして状況を確認している。


 「ちょっとツワト、何があったの」

 当然家の中にいるツワトのお母さんとシハトも同様、騒ぐ声につられて外に出た。


 「それは…」

 「ツワトのお母さん、うちのデツィが失踪したのにツワトくんがひどいことを言うのです。お宅はどういう教育しているのですか」


 「……は~何があったか大体想像がついたわ」

 ツワトのお母さんは露骨に嫌がる表情が顔に出した。

 「ツワト、お風呂に行って。シハトは中に入って」


 「ちょっと無視しないでくれる、お宅は一体どういう教育をしていると聞いているんです」


 ツワトとシハトが離れたのを確認したツワトのお母さんは顔に笑みを浮かべているものの、目からは憎悪とか苛立ちとかどす黒い感情が漏れ出ている。

 「デツィのお母さん、ありがとうございます。随分とうちのツワトのことを大切にお思いですね」

 「何を言っているんです! 私は…」

 「だって、ご息女を探すことよりもうちのツワトの教育の方が関心を持っていますもの、そうじゃなければわざわざ貴重な時間を使ってツワトの教育事情を聞いたりしませんよね」


 こっちに絡む暇があったらさっさと娘を探しにいけと皮肉を込めて言ってやったツワトのお母さん、このまま喧嘩になるだろうと身構えて相手の反応をうかがう。


 「あっ、そうです! こうして場合ではありません。あなた、行きましょう」

 デツィの両親は走って街角に消えた。

 

 「は~~、本当にデツィちゃんのことになると周りが見えないね、あの夫婦は」

 ジト目で見送ったツワトのお母さんは嘆息しながら家に入った。

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