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25.誤解、誤魔化し、嘘

 尾行が失敗した日の翌朝、ツワトは日課である夜明けからのランニングを終えて一風呂のあと、シハトと母といつもの3人で食卓を囲んでいる。

 朝食であるパンを手に取りちらちらとシハトのほうを見ているツワトはやがて覚悟を決めるように大きく息を吸って、パンを半分に千切った。


 「お兄ちゃんどうしたの?」


 普段はしない食べ方に気づいて質問するシハトにツワトはパンの半分を突き出した。

 「あげる、勉強もほどほどにな」


 「突然どうしたの? 僕はそんなに食べないよ」


 ツワトはパンをシハトの皿にさり気なく置いてから、シハトの両肩を掴んだ。

 「勉強の息抜きに運動するのもいいのだが、ダンス以外のものにしてくれ」


 「本当にどうしたの? 僕今まで踊ったこと一度もないよ」


 ツワトは困惑するシハトを引き寄せて耳打ちする。

 「それと夜の時はもうこっそり家を抜け出してデツィとつるむな」


 「えっ!? どうして…」

 「どうしても何も、お前最近様子がおかしいって自覚はないのか!? とにかくデツィとつるむな!」

 ツワトは掴んだままのシハトの肩を激しく前後に揺らす。不意につかれたシハトは逃れようとツワトを押しのけてみたり、手を振り払ってみたりしたが、どれも失敗に終わった。やがて強烈な目眩に襲われて抵抗する気力を失った。


 「こら! 食事中に遊ぶな!」


 「はいっ!」

 その激しい動きは当然母に気づかれ、止められた。

 ツワトは姿勢を正して反省する態度を見せるように微かに俯いて視線を下げた。


 「シハト、食卓にうつ伏せしない!」


 「ちがう~ うう…僕何もしてないのに~」

 目が回って食卓に倒れるシハトの弁解するも虚しくツワトとともに説教される羽目になった。




 「は~、お母さんに邪魔されて説得し損なった。 でもこれ以上シハトが変にならないように今夜でもう一度……」

 「待て! ツワト!」

 訓練所に向かう道中、独り言を呟いて決意するツワトの後ろから呼び止める声がした。

 振り返って見ると腕を組んでツワトを睨む一人の女性がいた。


 「デツィ、どうした?」


 「どうしたって? それは決まっているじゃない、アンタに文句を言いに来たんだ!」


 「は?」

 わけが分からず呆気にとられるシハトを無視してデツィは続いて言い放つ。

 「いつも言っているじゃないか、恥ずかしい真似はやめろって」


 「何を言っている、わからない」

 唐突な抗議に理解できないシハトに詰め寄るデツィは余程怒っているのか、しっかり火が通った海老のように真っ赤に染まっている。


 「とぼけるな! シハトから聞いた、アンタはいろいろわけのわからない迷惑なことをしたって」


 「は? 今朝のことか? どこがだ!? 迷惑はこっちだ! お前だろう、シハトに変なことを教えたのは。お前のせいでシハトがおかしくなって謎のダンスを踊っているよ」


 「何のことは知らないけど、それはアンタの妄想による誤解だ!」


 道中で言い争うツワトとデツィは当然人の目を引いて注目されることになった。


 「妄想? じゃ何であの時俺だと気づいたのに結局俺を撒いた? やましいことがないならそうはしないだろっうぐ!」

 デツィは一瞬恐ろしいぐらいの鋭い目つきになるや否や目にも止まらない速さでツワトのヘソに拳を打ち込んだ。


 「な、何を…」


 うずくまるツワトを睨むデツィ「何がやましいことがないならだよ。そんな言い訳でレディをストーカーしたことを正当化するつもり? この変態!」


 観衆がどよめき、ツワトは氷点下の視線を投げかけられている。


 「俺は変態ではない! ただ怪しいと思って尾行しただけだ。それに俺の知っているレディは人にパンチなどしない」


 「黙れ変態! アンタにとってこの世の女性みんな怪しいでしょう、だから調査などと称して付け回したりする。 この獣!」 

 「ぐふ!」

 ツワトに蹴りを入れて見下ろすデツィ「いいか、これに懲りたらもう二度とバカな真似とか変態行為とかするな!」


 デツィは言い捨てて振り返ることもなくこの場を立ち去る。

 「ふ~、なんとか誤魔化せたかな……」

 他人に聞こえない程度に独り言をごにょごにょしながら。





 ツワトはこの日、珍しく自主鍛錬せずに訓練所の訓練だけこなして帰宅した。


 「おのれデツィめ、殴られたところ今もじわじわと痛みが…」

 

 「あら、ツワトどうしたの? こんなに早く帰ってくるなんて、何かの厄災の前兆かしら」

 まだ日の入りじゃないのに帰宅するツワトにお母さんは驚きつつも鼻をつまんでお風呂に指さした。


 「わかったわかった」


 「ん? 待って」

 お母さんは猫背でお腹をおさえながら浴室に向かうツワトに違和感を覚えて呼び止める。


 「どうした、何でお腹を抑えているの? 拾い食いでもした?」


 「してない! その……ちょっと……訓練で」


 「訓練? どんなん訓練?」


 「打たれ…打たれ強くなる訓練」


 「そう? その訓練って具体的に何をするの?」


 次から次へと続くお母さんの尋問の如く質問にツワトはそれに応じた嘘をつけつづけた。

 その嘘を全部まとめてみるとそれは荒唐無稽なものだった。


 「何!? 頑丈さを鍛えるために殴り合わせた! どこのどいつだ、こんなふざけたことを訓練と言ったのは。今すぐ訴えてやる」


 「だからこの訓練が始まって間もなく訓練主任に止められて、その臨時の教官が連れて行かれたって。聞く話によるとそいつは相当な処罰をくらったらしいからこのことはもうすべて終わった」


 「人の子供を傷つけておいて、もう処罰を与えたから。はい、終わりってなるものか!」


 親として当然の反応を見せるお母さんをツワトはあれこれ手を尽くして、なんとか憤るお母さんを宥めることに成功した。


 (ふ~なんとか誤魔化せた。実はデツィのパンチ一つくらってこうなったなんて言えない)

 心の中で安堵したツワトであった。しかしこんなありえない嘘が破綻しないわけもなく、翌日の帰宅、ツワトは鬼の形相になったお母さんに迎えられることになった。

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