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22.逃亡

 門が閉じ、施錠された音が微かに反響する尋問室の内部に両手に地図とお菓子の入った箱とハンマーを抱え持っている少女がいた。


 「…………」

 少女の名はジェン、突然の出来事でちょっとフリーズ状態になって動揺している表情になっているが、普段は好奇心旺盛で行動力のある人である。


 ぎゅるるう。

 慎ましい腹鳴が合図となったかのようにジェンはフリーズ状態から復帰した。

 「そういえば、そろそろ昼食の時間ですね。デツィさんがなんでそう急いでいるのかはわかりませんが、これを食べる時間ぐらいはありますよね…」

 それはジェンが地図とハンマーをテーブルに置き、餅やきな粉が入っている箱から餅を摘んで口に放り込むところだった。


 ドッカーーン


 どこで聞き覚えのある轟音が鳴り響いて餅は舌に着地するのではなく、それよりさらに下に落ちて床に着地した。その直後、門外から慌ただしくて騒がしい声や音が絶え間なく届いてきた。

 ジェンは急いで箱を閉めてテーブルに置いた地図をポケットに仕舞ってハンマーを手に取った。

 その一連の動作が終わってドアにある鉄格子付きの小窓から外を覗くと、施錠してあるから安心したのか、ちょうど門番している隊員がどこかへ行くところだった。


 「ちょ、ちょっと待ってください!」


 「なんだ! こっちは急いでいるんだ!」


 「すみませんが、その前にトイレに行かせていただけませんか?」

 もじもじとして見せるジェン。

 「ふっ、置いてあるバケツで済ましな!」

 それを鼻で笑う隊員。


 踵を返した隊員にジェンはわざとらしく「それは困りますね、仕方ありません。トイレぐらい自分で行きます」と大声で言いながら、仕組みを研究するために解体した拷問道具から手に入れた針金をドアの小窓から門外の鍵穴に伸ばした。


 意味深の言葉とともに謎のカチカチの音が響くもので、隊員はすぐ足を止めて振り向いた。

 「貴様! 何をしている!」


 「見ての通り、ドアを開けている最中です」


 「ふざけるな! その針金を渡せ!」

 隊員は針金を取り上げようと戻ってきたが、当然ジェンは取られまいとすっと手を引っ込んだ。

 「こら! 大人しく渡せ」


 「お断りします! トイレに行かせていただけない以上はこの針金は最後の命綱です」


 「おのれ、見てろよ。ただで済むと思うなよ」

 反抗するジェンにしびれを切らした隊員は鍵を取り出し、そのまま鍵穴に差し込んで解錠したが、ドアを押し開いて一歩踏み込んだ瞬間に出迎えてくれたのは冷たい金属の塊だった。

 カン!

 軽快な金属のぶつかり合う音が反響を残ることなくすぐに消えた。代わりに残されたのは凹んだヘルメットをかぶった隊員の倒れ込む姿。


 「だ、大丈夫ですか!」

 ハンマーを強く握りしめるジェンは自分のやった事の結果に恐怖を覚えながら、偽善に聞こえる言葉を思わず口に出した。


 「おい、今度あっちからでかい音がしたぞ!」

 相手の無事を確かめようとしたが、人がかぶっているとはいえさっき音はいわば銅鑼を叩くようなもの、誰かの耳に届かないわけもなかった。

 その言葉とともに2、3人の足音がジェンに近づいてきている。


 「ごめんなさい!」

 迫りくる足音に気づいたジェンは一応の謝罪を口にして反対方向に逃げ出した。

 出口がわからずちょっとばかし迷子になったものの、幸いなことに大部分の隊員は爆発音に誘き出され、爆発地点とその周辺にばかり注意を向いているため、手薄になった駐屯地から割と簡単に逃げ出すことに成功した。




 ジェンが駐屯地から脱出して約15分が経った頃、地図を頼りにデツィが印した目的地に向かっているが、あちこちに守備隊の隊員たちが何かを探している姿がよく見かけるようになった。終いには通行人をいちいち足止めて顔を確認する検問もどきを見かける始末であった。


 「うぅ、もう私の捜索が始まりましたか。仕方ありません」

 ぶつぶつと言いながら一度も掃除されることのないようなキレイとは程遠い路地に姿を消した。どうやら捜索を避けようと人気のない道で迂回するつもりのようだが…

 「うげ、何ですか? これは」

 約十数分後、ジェンは他の大通りと繋がる路地の奥の曲がり角で、こっそりと頭を出して限られた視界で大通りを観察していた。その結果、状況はさっきよりも遥かに悪化したものと決定づけた。


 理由は通行人の数はさっきとはそう変わらなかったが、道行く誰も彼も同じ服装を身に纏っていて手には武器を持っているからである。

 簡単に言うと路地から見てたった1人の民間人も見かけることはなく、守備隊員しか見かけなかったからだ。


 「皆さん、殺気立っていますね。このまま進んだらきっと、死体とは思えない人だった何かにされそうです」


 ジェンはため息をついて、焦ているように歩き回りながら何かこの包囲網から抜け出せる方法はないのかと思案して、考えて、考え抜いた末に出した結論はこちら。


 「だめです、無理です、この数の目を避けてたどり着くわけがありません。仮に着いても助かる保証なんてありません」

 ジェンは絶望に満ちた眼差しで蹲って膝を抱えた。


 「きっと私は秘密裏に処刑されて棺桶に入れられるかどうかもわからずに燃やされるでしょう」

 ここはどこかの店の裏なのか、木箱は大量に置いてある。ジェンは濁った目で木箱の山を見つめながらぶつぶつと呟いている。そんな姿を見れば誰もが「こいつは諦めたな」と思うその時に、ジェンは恐ろしいまでに打って変わて目を輝かせて元気になった。


 「そうだ! 暫く隠れましょう! 今はうじゃうじゃ居るけど、いつまでも一般人を屋内に閉じ込めていられるはずもありません。外出禁止命令が取り消された時に一般人に紛れて目的地にいけばいいです」


 そう思いついたジェンは早速とばかりに木箱の山を人より高く重ねて一列の並べることで壁を築いた。さらに同様なものを2つ作って本物の壁と合わせて一つの塀を作り上げた。

 「流石に天井は無理ですが、これでやつらの目を誤魔化せるはず! 早く行けって言われましたけどちょっとは待ってくれますよね…」


 不安を覚えながら手作りの囲いの中で横たわって休憩を取るジェンはぼんやりと空を見つめて、時間が過ぎるのを待っていた。しかし、ここに居れば安全だと思ったか、ジェンは張り詰めた精神が緩み、あろうことか寝てしまった。


 不幸中の幸い、ジェンはいびきをかかないタイプの人だった。寝息を立てているが、足音などの音に簡単に打ち消されてしまうほど静かだった。

 おかげで通りすがった守備隊員に気づかれることはなかった。そう、その時までは……


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