21.尋問?
これはジェンがデツィに連行された日のこと。
道中談笑しながらジェンは駐屯所の一室に連行された。
その一室のドアが開き、内装が見えると先程まで微笑んでいたジェンはどこにもいなかった。
「ねえ、デツィさん」
「何?」
「この部屋は何の部屋です?」
「何の部屋って、室名札見てなかった?」
デツィは尋問室と書いてある室名札を指差した。
「見ましたよ、しかし理解できません」
「何が理解できないの? 書いてある通り、ただの尋問室じゃない?」
「いえ、私の知っている尋問室とぜんぜん違うので、理解できなかったんです。 何故ただの尋問室の椅子に人を縛り付けることのできそうなベルトが付いていますか」
「何故って? それは時々調査に協力してくれないで暴れる人が居るから」
デツィはにっこりと笑みを浮かべてのたまった。
「ではその傍らにあるテーブルの上に何故ハンマーやらペンチやら、どう考えても尋問とは関係のないものが物騒なほどに置いてあるんですか?」
「それは素直に話してくれない人に他の問い方をする時に使う道具よ。まあ、時々初っ端から使う時もあるけど」
デツィは爽やかな微笑みを見せた。
「そうですか、わかりました。やはりここは尋問室ではないですね」
ジェンは冷めた目になった。
「いえいえ、立派な尋問室よ。ただし問い方を変えなければだけどね」
「そこは変えちゃだめでは?」
「とりあえず普通のからやりましょうか。あなたたち、こいつは私の知り合いだから私一人で尋問したほうがすんなり話してくれると思いますから、まずは2人にしてくれません?」
デツィは振り返り、駐屯所に入る時に軽く事情を話したら、付いてきた守備隊員を外に追い出した。
ジェンはベルト付き椅子、デツィは普通の椅子。誰も縛られることなく普通に2人は向かい合いに座ってデツィよる尋問が始まった。
「それじゃプロフィールの作成から始めようか」
デツィは尋問室に備え付けの紙とペンを手に持って「名前は?」
「ジェンです」
「年齢は?」
「じゅう…あのう、デツィさんが知っている部分は直接書いて、知らない部分だけ私に聞いたらどうです? その方が早いと思いますよ」
「短気ね、その方が早いことぐらいわかっているよ。でもルールがね…だから確認していると思って我慢して」
デツィは紙に注ぐ視線を上げることはなくすらすらと明らかさっき聞いた内容よりも情報量の多いものを書き綴っている。
「……デツィさん何を書いていますか」
ジェンの質問の声が止まり、返事を待ちになる間もなくデツィもペンを止めて視線を上げた。
「別にあなたの個人情報じゃないよ」
「これほどまで信用できない言葉、私生まれて初めて聞きました」
「信じないならじゃあ、見て確かめてよ」
デツィは紙を180度回転してジェンに手渡した。
『このままじゃあなたは死んでしまう、協力するから逃げてくれ』
その文字列を見て記してある意味を理解したジェンの第一声は「え?」だった。
「何? 書き間違いでもあるの? ならその部分を直して頂戴」
デツィはペンをデツィに渡した。
それを受け取ったら、震えた手を横にずらすだけと見間違えるほどペンを早く走らせた。
『それはありがたいですが、でも何故?』
「どれどれ…、何落書きしているのよ!」
差し出された紙を読んだデツィはそのまま揉みくちゃにしてポケットに突っ込んだ。
「もう一度チャンスをあげる、今度は落書きするなよ」
『質問は無事に逃げきってから』
ジェンの反応を予想していたのか、新たに用意された紙にはそのように書いてあった。
「わかりました、ちゃんと書きます」
ジェンはその文字列を塗りつぶし、自分の個人情報を書き始めた。それを確認したデツィは強張った顔を緩めて立ち上がった。
「よし。簡単な個人情報を書いたら、次は事件の詳細を書いてくれ」
「えっ、どこへ行くんですか」
デツィは屈託のない笑みを浮かべて「せっかく会えたから、差し入れでも持ってきていっしょにお茶でもしようかなと思って」
「それって…職権乱用では?」
「別にそんなことはないよ、親族や友人の差し入れは許可さえあれば持ち込みはできるのだから、そしてそれを受け取って太っ腹なあなたが快く分けてくれただけ」
「じゃその許可は誰が出せるんです?」
デツィは自分の輝いて見える笑顔を指差して、
「わ・た・し」
「やっぱり職権乱用じゃないですか」
「じゃ、行ってくるね」
ジェンのジト目を無視してデツィは尋問室を出た。
「監督官殿、どちらへ?」
デツィが出てきたのを見て門外で門番しながら待機している守備隊員はまるで「もう尋問を終わりにして拷問にしますか」とでも言いたげに質問した。
「あいつ結構協力的だから、差し入れでも持ってこようと思って。逃げたり、暴れたりしないと思いますけど見張りよろしくね」
「そうですか、畏まりました。お任せください」
デツィは社交辞令の笑顔で軽く手を振ってどこかへ行った。
デツィが出て行って結構な時間が経った。暇を持て余した隊員たちは雑談、ジェンは拷問道具の仕組みを研究して時間を潰している頃、デツィは立方体に近い直方体の形の包みを一つ両手に抱えて再び尋問室の前に現れた。
「監督官殿、それは?」
「差し入れのお茶と茶菓子です、探すのにちょっと手間が掛かりましたよ。許可は私が出しますが、一応検査しますか?」
「あっ、はい。ルールですので」
デツィは包みを解き、露わになった2つの箱を開けて中身を見せた。
一つはお餅、きな粉や餅とり粉の粉類。もう一つはお茶っぱと急須が入っている。
「ご協力ありがとうございました、問題ありません」
「どうもありがっ、あっ」
「どうかなさいましたか?」
突然、箱を締める手と言葉が止まったデツィに隊員は驚きながら伺った。
「湯呑とお湯を忘れた」
間の抜けた返答に一瞬目が点になった隊員はナチュラルな笑みを浮かべて「持って参りましょうか?」
「…すみません、お願いします」
恥ずかしがるような笑みと仕草を見せたデツィは隊員の申し出を受け入れてすぐ逃げるように尋問室に入った。
「おかえr…」
門外の短い談笑のあと遠ざかる一人分の足音を尻目にデツィは鬼の形相で瞬時にジェンとの距離を縮み、その口を抑えて小声で「早く地図を出せ」
「な、なに?」
いきなりのことでちょっとパニックになったジェンは目黒が揺れて定まらない。
「ジェンはよく都市を探検したじゃない? どこ行ったかとかどこに何があるとかの記録のための地図を今も持っているでしょう?」
「持っていますが、急にどうしました? 怖いんですけど」
「だから早く出せ!」
「わ、わかったから急かさないでください」
ジェンは急いでポケットから地図を取り出そうとするが、手があちこち引っかかってぎこちない動きやっと地図を出した瞬間にデツィはそれを目に止まらぬ速さで奪った。
「一体どうしたんですか?」
デツィはジェンの疑問を無視して地図のどこかにバツ印をつけて押し付けた。
「早くここに向え!」
「えっ、え!?」
「外にいる守備隊の1人は私に任せて、もう1人はこれでも使ってなんとかして」
拷問道具であるハンマーをデツィに押し付けた。
「何なにナニ!?」
「あとこの粉類は目くらましにでも使って」
差し入れとして持ってきた2つの箱のうちお菓子が入っているほうを押し付けた。
「ちょっと待っーー」
「つべこべ言うな! もう時間がないだから! 私が離れたのを確認したら早く逃げるんだ」と言い放ったデツィは混乱しているジェンを置いて振り返ることなく尋問室を出た。




