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20.ください。あと、うるさい。

 空気の流れを感じない地下通路の中、デツィとシハトはランタンを頼りにして真っ暗闇の道を進む。しくしく、しくしくと鼻水を吸い上げる音と足音による二重奏が響く中で。


 「もう泣きやんでくれない? そろそろイライラしてきた」


 「うぅ~だって~突然井戸に飛び込むから~死ぬかと思った~」

 シハトは心細そうにデツィの服を摘みながらその後をついていく。


 「もう謝ったじゃない。それに、緊急事態だから何も言えずにあなたを抱えて飛び込んだとさっき説明したじゃない」


 デツィたちが井戸に飛び込んだのに何故井戸を覗いたツワトに見つからない理由はとても簡単、この地下通路に入ったからだ。

 この地下通路も都市の長い歴史の遺産、このような人目から逃れるための隠し通路とか数多くかつ入り組んだ地下施設への入り口とかは数え切れないほどある。だから今回のように井戸の内側に隠し通路があったり、井戸そのものが入り口であったりすることはしばしばあるのがこの都市の特色かもしれない。


 「そうだけど~怖かったもん~、それになんか不気味だよ。前と違ってここは壁がカビだらけだし、空気もなんかじめじめして気持ち悪いよ」


 「それはそうでしょう。ここの入り口は井戸だから湿気が多いのは仕方ないし、更に地下にあるから風通しは最悪、べつにここで何をするわけではなくただ通り過ぎるだけだからそれぐらい我慢しなさい」


 「うぅ」


 シハトは返事の代わりに唸る声を上げた。




 2人は少々長めの地下通路を通って一旦地上に出たら、少し歩いたところにある他の隠し扉に入ってまた地下に潜った。


 「デツィちゃん」


 「何?」


 「まだ着かないの?」


 「見ればわかるでしょう? まだよ」


 「む゛う゛ーー」

 ツワトのせいで遠回りすることを余儀なくされた2人は単純に行くより倍以上の時間と体力を使う羽目になった。それにたまらなくなったシハトは膨れっ面でデツィの後頭部を睨む。


 「…………」


 2人分の足音だけが反響する時間が続く中、デツィはシハトの視線に気づいても決して振り返ることはなければ、声帯を振動させることもなく、ただ両足を交互に動かして体を前に運ぶだけだった。

 まったく振り返らないデツィにシハトは今も摘んでいるデツィの服を軽く引っ張った。


 「どうした?」微かに口角を上げたデツィはやはり振り向かなかった。


 「デツィちゃんの意地悪」


 「そう拗ねないでくれない? 遠回りになったのは私のせいじゃないからね。全部私たちを尾行したやつのせいだよ」


 「勿論あいつのせいだけど、でもあいつはどこの誰かも知らないからこの怒りをどこかにぶつけたいの」


 「だからってわたしにぶつけないでよ」


 激昂になりながらも素直なシハトの言葉にデツィはニヤリと微笑んだ。

 そしてその小悪魔のような笑みのまま振り返ってシハトを見つめて

 「もし私は『あいつはどこの誰かと知っている』と言ったら?」


 「本当!? でも何で?」


 「私は誰かと違って突然のことがあっても周りを見る余裕ぐらいあるのよ、ちょっと振り向けば余裕にあいつの顔を見れた」


 「へぇ、なるほど。で、あいつは誰なの?」


 (えっ、まさか皮肉を言われたって気づいてない?)デツィは内心シハトの未来が心配しながらも「あいつ」の名前を口にした。


 「ツワトよ」

 ダタン

 突如に足を止めたシハトは急ブレーキを踏んだ車のようにやけに大きいな音を立てた。

 デツィは何の音と振り返ったらそこに視線こそ前に向いているものの、どこにも焦点を置いてないような虚空を見つめるシハトがいた。


 「シハト?」


 「なんでもない、行こう」少し眉間を寄せたシハトは笑顔を作ったが、どことなく引きつったものを感じた。さっきまで愚痴を言いながらデツィの後に付いていくのに今は逆にデツィを引率するように早足で歩くようになった。


 「えっ、ええーー」

 デツィはそのあんまりの変化に戸惑うことしかできなかった。




 窓はなく出入り口であるドア一つしかない一室の中は一筋の光もなく暗闇だけが存在していると錯覚しそうなほど、その部屋は闇に包まれている。


 「うぅ」


 そんな空間に響くのは苦しそうにうなされる女性の声、ただでさえ人を心細くする真っ暗闇な空間が一気に不気味さを増した。


 コツコツコツコツ、早めの足音がドアの外から届いてきたと思ったら、その音量はどんどん上がって、程なくしたらバンとドアが勢いよく開かれた。


 「ちょっと! シハト、もっと優しく開けられない? マナーが悪いよ」

 ドアの向こうから姿を現したのはどこか機嫌悪そうなシハト、ランタンを片手に呆れ顔のデツィ。

 シハトはデツィの抗議を無視して、無言でその手からランタンを奪ってベッドサイドテーブルに置いてある燭台の蝋燭に火を灯した。

 用済みになったランタンをデツィに押し付けてシハトはリュックをベドサイドテーブルに乗せて中身をまさぐる。

 デツィはため息をつきながらそれを壁にあるフックにかけた。


 部屋が明るくなるといろいろ見えてきた。部屋の大きさや家具の配置は勿論、謎のうなされる声の正体もはっきり見えるようになった。

 それは一人の少女だった。見た目はデツィたちと年が近く、ウェーブのかかった髪が肩まで伸ばしている。ベッドの上でうつ伏せ寝しているが、顔は横にずらしているのでよく見える。今もうなされそうな辛い表情を浮かべている。


 「ジェンはなんか苦しそうに見えるけど、これ大丈夫なの?」


 「うーん大丈夫、痛み止めの効果が抜けただけみたい」

 テーブルに包帯とか薬品であろう液体の入った小瓶とかの医療用品を並べるシハトは、一旦手を止めてジェンの容態を確かめてそう結論づけた。

 

 「そうか」デツィは安堵の息をつきながら胸を撫で下ろした。

 その態度や姿勢は事情を知らない人からみれば殊勝なものであろう。しかし、知っている人の目にはそう映っていなかったようだ。


 「そんなに心配するぐらいなら最初からナイフなんか投げなければいいのに」


 「そうは行かないのは説明したじゃない、連中に殺したと認識させなければジェンを救う道はないって」


 「なら刃が縮むようにナイフを細工すればいいじゃない! こんなに深く刺さって本当に死ぬ寸前だったよ!」


 「いや、それだとうまく刺さらない場合があるんだ。だからーー」


 「だから何よ!」

 徐々に感情的になってきたシハトはとうとう聞く耳を持てなくなって、デツィの言葉を怒鳴って遮った。

 そんなシハトにデツィは目を見張り、口もぽっかり大人の拳一つ余裕に入りそうなぐらいに開くほど驚愕した。


 「あの日からみんなで集まることがなくなった。だからデツィちゃんが訪ねてきた時はとても嬉しかったよ。それなのに何でデツィちゃんがジェンちゃんを半殺しにした! 何でお兄ちゃんにも知らせないでこそこそジェンを治療しないとだめだ、何で……以前みたいに集まって遊ばなくなった……うぐー」


 心のうちを吐露して感情をコントロールできなくなったシハトは涙をこぼし泣き始めた。それを我慢しようとしたが、泣き声が嗚咽9割になっただけだった。


 (ええ……、なんか今日のシハトやけに情緒不安定じゃない? 怒っているかと思えば泣いている)

 呆気に取られたデツィは為す術もなく困り果てているその時、ベッドから声がした。


 「あの…傷が痛いので…痛み止めを…いただけませんか? あと…シハト君うるさいです」


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