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18.いつもと違う

 訓練場に向かうツワト、いつも通る道に沿って行くだけのいつも通りのこと。しかし今日はいつもと違う朝の一時を迎えたせいか、その途中で普段会うはずのない人と場面に出くわした。


 「何でよ!? あの子とは友達でしょう! 何でっ! こんな、こんな酷いことできるのよ…」


 ジェンのお母さんは泣きながら拳で槌を振るうような動きでデツィを叩く。


 「落ち着いて、これも仕方のないことだ」


 ジェンのお父さんはお母さんを宥めながら両手の手首を掴んでデツィから引き離した。


 「落ち着けって? こんなの落ち着いていられるわけないでしょう! 逆に何で貴方は落ち着いていられるのよ!」

 しかしお母さんは冷静になるどころか、さらに昂ぶって拘束から逃れようと暴れだした。


 「だから! 仕方ないと言っているんだ!」

 突然、さっきまで冷静だったお父さんはまるで人が変わったように轟音と間違えそうな音量で怒鳴った。

 それに威圧されたお母さんは、瞠目して目黒を含む全身を震えることしかできなくなった。


 「こうなった以上、もうどうしようもできないことぐらいお前もわかっているのだろう! ここでどう暴れようと誰をどう叩こうとあの子はもう二度と戻ってこないんだ!」


 それを聞いたお母さんは身震いが止まって何を偲んでような遠い目をする。しばしの沈黙がいつまで続くかと思った次の瞬間、さながら雷鳴が届く前の稲妻のように先に涙が地に落ちてから号泣が轟く。


 お父さんは全身の力を泣くことに集中したかのように力が抜けたお母さんを支えながらデツィに謝って、この場を去ろうと歩を進める。向かう方向はちょうどツワトがいる方のため、自然と街角で一部始終を目撃したツワトの存在に気づく。


 「ツワトくんじゃないか…すまないな、見苦しいものみせてしまった」


 「何かあったのか?」

 そう聞かれたデツィのお父さんは思わず身じろいだ。

 「ええ、あったよ。でも言いたくない、大凡のこときっとすぐ広まるだろう、君の身分で調べれば詳細も出てくるのだろう、だが私の口からそれについて何も言わない」


 お父さんは振り返ってデツィの背中を眺めながら徐に口を開く。

 「子供の成長は早いと言うけど、実際に体験すると予想以上だった。そして、もっと純粋無垢で居てほしかった」


 「どういう意味?」


 「すまない、色々話がしたいのだが……」


 今も尚聞こえるお母さんによる背景音を聞いて、ツワトは「うん、わかった」とだけ言って訓練場に向かった。




 守備隊の訓練所は隊員の営舎のすぐそばにあるのだが、都市国家が故に使える土地は限られている。そのため営舎は正式の隊員しか住むことが許されていない、なのでツワトたちのような訓練生は通いで訓練を受けるしかなかった。

ツワトは入り口で木製の認識票を門番に提示して訓練場へ入ると迷いのない足取りで進む。暫くすると訓練生たちがわんさか集まる場所に行き着いた。


 「おい! 来たぞ!」


 「?」


 ツワトに気づいた訓練生は待っていたと言わんばかりに声を上げて他の人に知らせた。このあからさま普段と違う状況にツワトは困惑した。


 「聞いたぞ、お前はあの魔物と友達で、しかもあのお偉いさんとも知り合いだとか本当か?」


 「俺、お偉いさんとは恋人だと聞いた」


 「え? 俺は二股をかけたって聞いたよ」


 困惑するツワトに追い打ちをかけるように周りは次から次へと質問を浴びせた。


 「待て、一体何を言っている?」


 「ほら、あれだ。昨日お前が連行したジェンとか言うやつと、その後にそいつを連れて行った偉いさんのこと」


 「ジェンとデツィのことか?」


 「そうそう! 本当に知り合いみたいだな。で、どういう関係だった?」


 「……よく一緒に行動していた知り合い」

 ツワトはしばし考えた末、素っ気なく答えた。


 「なにそれ、ただの知り合いって言いたいのか? それとも言いたくないから茶化している? まあ、いい。何となくこうなると思った」

 その言葉に同意すると言わんばかりに他の人も頷いた。


 「ところで驚いたな、まさか本当にやるとは思わなかったね」


 「だよね、体裁を気にしての発言だと思った」


 「何のこと?」

 ツワトの何気ない質問に一瞬、さながら時がとまったかのような沈黙この場を飲み込んだ。


 「お前まだ聞いてないのか?」


 「何?」


 「そうか、だから反応は普段通りか」

 ツワトの疑問を蚊帳の外にして全員が勝手に何かを納得した。


 (教官まだか…)

 そんな光景を眼の前にツワトはただ担当の教官が早くきてほしい気持ちでいっぱいだ。


 「ツワト、昨日の魔物なんだけど…」

 「傾注!」

 同期の一人が何かを言おうとしたところにちょうど到着した教官の号令に消されて、その場にいる訓練生全員は発令した教官に向けて気をつけの姿勢をとった。

 見回して全員を確認した教官は順次に号令を出し、バラバラだった訓練生をキレイに整列した。


 そして、いつも通りの訓練時に何に気をつけるべきか、どういう心構えが大事か一通りに注意喚起が始まった。

 「それさえ終われば訓練が始まる」と心の中で思っているツワトは教官の話など氣にも止めず、適当に聞き流してただ今日の訓練が始まるのを待っている。


 しかし、いつもと違うことが立て続けに起こったからか、必然のようにまた起こった。


 「今日の訓練を始める前に昨日図書館の裏門の見張り担当は誰だ」


 「はい!」

 「…はい!」


 「前へ!」


 突然の事でツワトは珍しく驚きの表情になり、同期より少し遅れの返事をして教官の前まで小走っていく。教官と敬礼を交わした2人は回れ右と号令され、他の訓練生と向き合う形になった。


 「もう知っていると思うが、念の為に言う。昨日、図書館で魔物が出現した。幸いなことに死者や怪我人は出ていない、その上に元凶である魔物はこの2人が捕縛することに成功した。称賛に値する、よくやった。拍手!」


 『おおおお!』

 「ただの鍛錬バカだと思ったが、やるじゃないか」

 「その筋肉がお飾りじゃなくてよかったね」

 「なんか奢ってくれ~」


 「傾注!」

 教官の指示で始まった称賛とどさくさに紛れる冷やかしは教官の号令でピッタリ止んだ。


 「ここにいる皆にはこの2人の職務を全うする使命感、そして自分の友だった魔物でも私情を挟まず退治したデツィ監督官の冷徹を見習ってほしい」


 ツワトは教官の口からデツィの父が言いたくないことを知った。

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