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17.仕事して帰宅

 ジェンは斬り殺されると誰もがそう思ったその時、いつの間にか誰かが間に割り込んで隊員の振り下ろした手首を掴んで止めた。


 「だ、誰だ! 離せ!」

 手を押しても引いてもビクともしないとわかると隊員は取り乱した声をあげた。

 自分を切り裂くはずの刃の代わりに、慌てる隊員の声が届いて戸惑うジェンは閉じた瞼を開けると思わず目の前の人物の名前を口にした。

 「デツィ……なんですか」


 「お久しぶり。と言いたいが、それは後にするね」

 ジェンに微笑みかけたデツィは今も掴んでいる隊員の手を離すと隊員は素早く後退り、剣を構え直した。

 「誰かは知らないが、お前はコイツの仲間だな!」


 「あっ、申し遅れてすみません、私はこの騒動を調べる命令を受けてきた者です」

 デツィは首にかけて服にしまってあるペンダントを取り出して見せた。

 そのペンダントの装飾品はピンポン玉の大きさ球体が電車の吊り輪の大きさの輪っかにぶら下がっている。いかにもシンプルなものだった。


 「た、多大なご無礼を申し訳ありませんでした!」

 隊員は構えた剣を素早く収めた、それだけでなくその装飾品を見たすべての隊員はデツィに敬礼した。


 「そんなに畏まらなくてもいいですよ」


 「いえ、そういうわけにはいきません。しかし、ご友人とはいえ魔物を庇うのは如何なものでしょうか」

 隊員は口こそ礼儀があるが、今でも人を切り捨てんばかりの目付きでジェンを睨んだ。ジェンはそれに気づいたが、無視することにした。


 それを見たデツィはため息をついた。

 「事の顛末は私も見たし、許されないことだと思うけど、物事に優先順位というものがあるのですよ」


 「それはどういうことなのでしょうか?」


 「最初に言ったじゃないんですか、この騒動を調べる命令を受けたって、それなのに調査する前に重要参考人を殺してどうする?」


 「重要参考人…お前、名前は何だ!」

 隊員の問いにジェンは苦笑しながら名乗った。

 「ジェンです」


 「この者は重要参考人であるにも関わらず、自発的に報告するどころか封鎖命令を無視して外を出ようとしています。僭越ながら提案致します、直ちに制裁を下すべきと思います!」

 ジェンの名前を聞くや否や隊員は仰々しい口調で処刑を提案した。


 「だ・か・ら、そういうのは調査が終わってからと言ったじゃないか! 君、短気と言われたことない? それとも人の話を聞かないタイプの人間? とにかくそれらのことは調査が終わってからにしなさい」


 「…かしこまりました」


 「念の為言っておくね、別に幼馴染だからって庇ったり逃したりしないよ。むしろ脱走したりしたら私が真っ先に見つけ出して始末するよ」

 隊員の不服そうな返事にデツィが保証すると宣言した。ジェンはそれを見て何も言わずデツィを見つめている。


 「どうした? なにか言いたい?」


 「いえ、別にただはやりツワトさんとデツィさんはどことなく似ていると思っただけです」


 「えぇ…全然似てないでしょう。あんな鍛錬バカと」

 デツィは身をかがめて地面に垂れているジェンを縛る縄を手に取り、移動を促した。

 2人は隊員と職員の猜疑、憎悪、侮蔑などの感情が込められた目で注目されている中、まるで何もなかったかのようにお喋りしながらこの場をあとにした。


 ジェンがデツィに連行されたあと、守備隊員は証拠と称してジェンの私有物を殆ど押収した。

 運搬はもちろん訓練生であるツワトたちが行った、人手が必要なことがなくなると訓練生は訓練施設に帰された。




 「ただいま」


 「おかえり、風呂沸かしておいたから、さっさと入って」

 夕方、午後の訓練と個人的な鍛錬を終えたツワトは門前でタオルをマスクにして鼻と口を遮るお母さんに風呂に追いやられた。

 なぜなら、いつも汗まみれで帰るツワトのその臭いは吐き気を催すほどのものだった。以前、その臭いを嗅いで意識を失いかけた以来、家族の皆はわざわざ裏庭に風呂用の小屋を造って、ツワトがお風呂に入らない限り家に入れてあげないと宣言した。


 風呂の小屋に入ろうとドアノブに手を伸ばしたところ、ツワトは同じ裏庭に設置してある物置の入口にある人影に気づいて声をかける。

 「シハト、何を探している?」


 ツワトの声を聞くと体をピクッと身震いして振り返った。


 「えっと、その…別に…」

 シハトは物置の門に背を靠れて視線を泳がせながら返事した。


 「大丈夫か? 目黒が震えているよ」


 「だ、大丈夫! ちょっと本を読みすぎただけ、休めば直る。それより汗臭いだから早く風呂に入ってよ」


 「そうか、わかった。本を読むのもほどほどにしろよ」


 「うん、わかった」

 シハトはツワトが小屋に入ってドアを閉めるまで一歩動かなかった。




 ツワトが風呂から上がって一家で夕食を摂ったあと、シハトはリュックを背負って出かけようとした。


 「太陽はもう沈んだ、こんな時間でどこへ行く?」


 「お兄ちゃん! その、あの、本!」


 「本?」


 「そう、本! デツィちゃんは学生代表の権限でしか読むことのできない本をこっそり読ませてくれるって、約束したの。だからこんな時間でこっそり出かけることになったの! このことは誰にも言わないで」


 「そう、誰にも言わないけど、外は暗いから気をつけろよ」


 ツワトはシハトの不自然な反応に疑問に思うことなく、鵜呑みと言っていいほどあっさり納得した。


 「じ、じゃデツィちゃんが待っているから行くね」

 シハトはそそくさと玄関を出て行ったが、すぐ近くにあるデツィの家にまっすぐ行かず、周りを見回して忍び足で家の裏に回った。




 翌朝、先に畑に行ったお父さんを除いてツワト一家はいつも通り一家団欒で朝食を摂っている…はずだったが、食卓に着いているのはツワトとお母さん2人だけ、シハトの姿はない。


 「もう! シハト(あの子)は一体なにをやっているのよ。何も言わずに一晩中どこへ行っていたなんて、しかもデツィちゃんにおんぶされて帰ってきたとかまるで誰かみたい」


 「母さん、最後の部分何で俺を見つめながら言った」


 「さあ、どうしてだろう」

 お母さんは不機嫌そうにそっぽを向いた。

 話題の中心であるシハトはどれほどお母さんに心配をかけたかは知るはずもなく、今もツワトとの共同部屋のベッドで心地よさそうな寝息を立てている。それを思ったお母さんはため息をついた。


 「どうした? 何で突然ため息を?」


 「なんでもないわ、さっさと食べて訓練所に行きなさい。あっ、支度する時シハトを起こさないでよ」


 ツワトは「わかった」と言いつつも支度する時、普段と変わらない動きで普通に物音を立てた。



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