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15.ジェンです

 守備隊が魔物を掃討した日から何ヶ月が経った。


 ツワトはやはりというべきか、当然のように守備隊員の訓練生になった。

 毎日体罰と変わらないと言われている訓練メニューをこなすだけでなく、自ら様々の鍛錬を追加でやっている。そのドMのような根性を買われたか、魔物を効率よく討伐することに評価がある年配の教官の弟子になった。

 その教官は義務で持たなければならない生徒と違って、すべての技術を託す弟子を取ることはなかったので、一時的に話題になった。しかし、その話題は執念と言ってもいいほど鍛錬に没頭しているシハトの話題の一つにすぎなかったため、本人は気にも留めなかった。


 そんな厳しい鍛錬を毎日続けると当然体に擦り傷などの怪我も増えていく。それを見たシハトは何とかしてあげたいと思い始め、傷の処置や薬作りに関わる仕事、所謂薬師や医師になろうと決心した。


 ジェンは自分の好奇心のままに色んな職の勉強を同時に受けようと足掻いたが、当然制度を破ることはできず、結局色んな情報が詰まった本を管理する仕事、つまり司書になろうと決めた。


 そして、デツィというと家族と会う暇もあんまりなく、ずっと代表生の授業でいろいろ忙しくやっている。ツワトたちとたまにばったり会った事があっても、挨拶を交わすとすぐに用事があると言ってどこかに走っていった。


 仲がよかった四人はそれぞれの目標に向かって進んだが、同時お互いが疎遠になりつつあった。

 それをもっとも実感することができるのはツワトとシハトが一緒に居る時間の変化ほかないだろう。


 学習所に入る前ではシハトはツワトがどこに行っても付いていった。医療系の職業に就こうと決めてから、毎日睡眠や食事などの生理的な欲求を満たす時間以外のほとんどは勉強に費やした。その努力が実って成績は段々よくなり、やがてその界隈の最高学府に入ることができたが、そこは全寮制であった。それで兄弟一緒にいる時間がほぼなくなった。


 このまま疎遠になっていくとも思える四人を再び集結させる事件が起こった。




 ドッカーーン

 都市にある唯一の図書館の静寂はその突如の爆発音とともに消し飛ばされた。代わりに満ちたのはそれに驚いた人が立てた声や音、程なくして守備隊が駆けつけて図書館を封鎖した。館内に居る職員はもちろん来館者も出ることは禁じられた。


 守備隊員は職員から大まかの事情を訊いて、轟音の発生現場と思われる場所に案内してもらった。


 「何だ、これは!」


 そこは職員以外入ることのできない対外開放していない階層、本棚や机の配置は他の階と何の変わりはないが、明らかに違うところがあった、それは穴の空いた机とその周囲に散らばっている木くずだ。更に机の穴の周囲部分に煤や焦げた跡があったせいで、その違いはより強調された。


 如何にも爆発の跡としか考えられない光景を見た守備隊員は信じられないとばかりに眼を見張った。


 「一体どうやったらこうなるのだ? 誰かその瞬間を見た目撃者はいないのか?」


 「ここは関係者以外立入禁止となっておりますので、他の人はいません。居るとしたらこの階を担当者ですが、今どこにいるかは……」


 「わからないのか!?」


 「申し訳ございません!」

 職員は守備隊員に気圧されて縮こまった。

 「し、しかしこうなった原因に心当たりがあります」


 「じゃ早く言え!」


 「この階ではいつも訳がわからない事をする人が居るんです、恐らくこの事件もあの人の仕業かと思います」


 「ほう、そいつは誰だ?」


 「この階の担当職員です」


 「結局さっきと同じ奴じゃないか!!」

 職員は襟を掴まれて怒鳴られた。


 「申し訳ありません! 申し訳ありません!」


 「謝るのはいいから、早くそいつの名前と特徴を教えろ!」


 「は、はいいいいぃ、お教えしますからああぁ! 揺らさないでえぇ、くださいいい!!」

 隊員に掴まれたまま前後往復に揺らされる職員は何とか胃の中身を出す前に担当の名前を声に出した。

 「ジェンんん、ですうう。っう! げろげろげろげろ」




 調査は正式の隊員が担当するが、他の雑務をするのは実技と称して人手として駆り出された訓練生たちだ。ツワトに割り振られた仕事は出入り口の内一つの封鎖とその警備である。

 ツワトは同期の訓練生と一緒に出入り口を閉めて用意したローパーティションで規制線を引いた。そしてその両側に立って誰か入って来ないように警備している同時に、誰も建物から出ないように見張っている。


 「なあ、ツワト」

 ツワトの同期は気怠そうに背を壁に凭れて空を見上げながら話しかけた。


 「何だ?」

 適当に警備している同期と違ってツワトは目を乾燥させるつもりじゃないかと疑うほど、あんまり瞬きすることなく周囲に目を光らせている。


 「事件が起きればみんな現場に近寄らないだろう?」


 「そうだが、それはどうした?」


 「それって誰も来ないといことだろう? そして中にいるやつもきっとじっとしてくれて中から出ないのだろう?」


 「だからどうした?」


 「だからさ~ こんな無駄に労力を使うことよりどこかで寛いでこようぜと言っているんだ」

 ツワトの肩に腕を乗せて靠れた。


 「つまり時間を有意義に使えといいのか」


 「そういうこと! さあ、行こうぜ!」

 同期はツワトの肩を抱いて前へ進もうとしたが、その前にツワトに手を振り解かれた。


 「どうした?」


 「俺はここで見張りの訓練を続けるほうが有意義だと思っているからここに残る、お前が行きたいなら1人で行け」


 「ちぇっ、いつも通りつれないな~ わかった、1人で行くよ。もし先輩とかが来たら適当に誤魔化してくれ」


 「俺にとってそれは無駄な労力だからしない」


 「なっ、この野郎! ……まあ、どうせ誰も来ないだろうし別にいいか」

 ガチャっ、ギイイイ。

 同期はツワトを誘うことも頼み事をすることも諦めて1人でどこかにサボりに行こうとした時、誰かがドアノブを回して扉をゆっくり押し開いている。

 それを察知した2人はすぐさま音を立てずに扉の両側の壁まで移動し、ハンドサインで意思疎通して門から出てくるのであろう人物を不意打ちしようと待ち構えた。


 やがて扉は人の頭が通れるほどの幅まで開かれると動きが止まって、代わりにその誰かが外の様子を窺おうと頭を出した。

 「わっ!」

 頭が外に出るやいなやそれを引っ込む間も与えずにツワトの同期がその頭に腕を絡めて大根かカブを抜くように全身を引っ張り出した。

 「痛い!」

 そしてツワトはすぐさま相手の両手を掴んでその背中に押し当てると流れるような動きで相手を前のめりにしてそのまま地面に取り押さえた。


 「お前は誰だ! どうしてここをこそこそと通ろうとする!」

 ツワトは威圧を込めた声で尋問した。


 「え?」

 しかし状況を飲み込めなかったのか、相手は返事の代わりに疑問に満ちた声を漏らした。


 「聞こえないのか! 誰だと聞いているんだ!」


 「この声……もしかしてツワトさん?」

 自分の背後にいるツワトの顔を確認しようと首を回したが、首と眼を限界まで回してもそれを叶うことはできなかった。


 「俺を知っているのか!? 本当にお前は誰!」


 「私ですよ! ジェンです!」

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