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10.監視と排除

 守備隊は警察のようなものだ。喧嘩の仲裁から犯人の逮捕までそういった誰もが知っている表の一面の他、民衆の中に紛れ込んで身辺の人すべてを監視する秘密警察の一面もあった。


 見聞きしたすべてを漏れなく記録して報告するのはもちろん、場合によって変装して異なる人物として調査相手に接触することもある見張り兼調査員の職位は守備隊にあった。

 そしてその職位に目指して日々変装術や話術などの技術を磨いているのは別棟の男の生徒代表である先輩。女の生徒代表であるシアサナもまた守備隊の裏職に目指しているが、この先輩と違う部署を目指している。


 小屋の秘密通路に沿って別棟の下に存在する守備隊の裏駐屯地に入った人物はさっき料理の授業で先生の助手を務めていた女性、なのだが……


 「げっ、シアサナ」


 声は男の声でツワトたちに解説していた先輩のものだった。ツワトたちに質問した時は女声だったが、それは訓練して得た声、つまり先輩はいわゆる両声類。


 「何です? 人を見るなり」


 「いや、何というか。部署故なのか、俺個人の問題なのかわからないけど、俺はお前たち部署の人間がどうしても苦手なんだ」


 「どういうことです?」


 「あれだ、その俺が長期に渡って接触してきたやつに多少の親近感を覚えたのに、お前たちは顔色一つ変えずに始末しただけでなく全然なんとも思わないところ」


 「そうですか」


 「ほら、そういうところだ。何だそういうことかって顔、俺は苦手なんだ」


 女装先輩の部署は自分を群衆の中に溶け込んで監視するのに対し、シアサナの部署はただリストに載っている人物を次から次へ始末していく場合がほとんどだ。それ故に相手に感情移入する傾向がある女装先輩の部署の人にとって、シアサナたちの冷血な対応は気分のいいものではなかった。


 「それはすみません。しかしそれならうちの部署の人とは新人以外会わないほうがいいかもしれません」


 「それは何で?」


 「何故なら、うちはそういう心構えが基本なんですから」

 口を微か開きながら瞠目している先輩を微笑みながら続いて言った。

 「なんでも、過去に目標を始末した都度に何かしらの反応がある人がある日、任務失敗どころか目標に知らせて逃そうとしたそうです。それ以来、そういう兆しがある人は転属されることになったんです」


 シアサナの屈託のない笑顔を見て先輩は未知な何かと会話しているような理解できない気分になった。


 「それを聞いて俺はお前の提案通りに会わないようにしたいが、仕事で会わないといけない時もあるんだ」

 しかし話術を鍛えているだけあったか、なんとか会話を続けた。


 「そうですか。ところで仕事といえば相変わらずすごい変装術ですね、全然男には見えません」


 「感心して褒めているのはわかっているが、俺は全然嬉しくない」


 「どうしてですか? その女性の魅力を醸し出した化粧のテクニックを教えていただきたいぐらいなのに?」


 先輩は空気を少しでも多く貯めようと大きく深呼吸して、「教えない!!」とまるで鼓膜でも破ろうとした大声で叫んだ。


 シアサナは高く評価して教えを乞ったつもりだが、それが小柄で中性的な顔立ちの先輩のコンプレックスを触れることになったとは思わなかった。


 「そんな大声で言わなくとも聞こえますよ」


 しかし当のシアサナは相手を怒らせた自覚はなく、ただ何で突然音量を上げた? と疑問に思っただけ。


 自分の感情に気づいてないような返事に先輩は恐ろしい推測が脳裏をよぎった。

 (まさかコイツの部署のやつはみんな人を殺しすぎて、他人がどうなっても気にしないほどおかしくなったじゃないよな)


 ここまで考えると先輩は怒りが霧散して代わりに恐怖が心を占めていく。


 「あっ! 私これから今日入った新人を指導するのでした。急がなければ」

 先輩の顔が青くなったのをみてシアサナは思い出したかのよう言った。

 「あっ! 俺も早くしないと」

 それにつられて先輩も自分の任務を思い出して慌てて走り出した。




 ツワトたちが次に参加する授業も職業の体験だが、この授業は学校が指定したもの。

 場所は城外の畑よりも都市から離れ、教会の鐘が源泉である浄化の水でできた川の近くにある施設。中に入ると木の香りに包まれて呼吸する度に心も体もリラックスしていくような心地いい気分になる。


 だがしかし、ここでの作業は気分のいいものではなかった。


 長くこの仕事に就いていると思われる者は聞こえてくる泣き声を無視して、手練に「それ」を洗浄してタオルで拭いたあと綺麗な布で包んで箱に入れる。


 授業の内容もその作業の手伝いで学生が作業員の指示に従うことだが、学生全員どう着手すればいいかわからずに立ち尽くしたり、怖がって近寄ろうとしなかったりする。

 しかしそれも無理もないのだろう。話を聞く限りでは果物か何かの包装作業のような単純なものだと思えるが、「それ」が人間の死体さえでなければの話だ。


 この施設は火葬場、川の近くに設置した理由は遺体の洗浄のためもあるけど、一番の理由は遺灰を流すためだった。

 まだ都市の外に出られない時代は限りのある空間を節約ために火葬しかできないのは仕方ないのだが、土地に余裕がある今も火葬が主流である。

 なぜなら、人々は火も水のように浄化作用があると思っている上、遺体に腐敗があれば死者の魂も穢さてしまうと信じているからだ。


 それ故に大衆は火葬場に速やかに遺体を燃やし、流すことを求めている。

 しかしこの仕事の内容が内容だけにやりたい人は当然ほとんどいなく、今回のように殺人鬼が現れた場合は人手不足で作業員が長時間労働になることも多々あった。

 そのせいで精神異常になってクビされた人も多かった。

 政府はルールを破ったやつはどうなるかという警告の一方、この授業で人員補充の求人もしている。


 さっきまで女装していた先輩もツワトたちを監視するために今度はちょっと太った学生に変装し、授業に参加している。

 もちもんツワトたちはそれに気づかないが、こんな授業内容のせいでそれどころじゃなかった。


 「お兄ちゃん……この人どこかで会った気がする……」


 「ん?」


 遺体を見てパニックになっていたシハトを何とか宥めて作業に取り掛かろうとしたところに、シハトの疑問でツワトは手を止めて確認した。


 「あっ、シクバイ先生だ」


 「誰?」

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