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9.まずは体験

 別棟の授業は本館と違い歴史や国語などの授業は一切なく、あるのは製織所の手伝いがバージョンアップしたみたいな技能訓練が多い、いわば職業能力開発校のようなものだった。


 「別棟の授業はこんなもんかな、何か問題があるか」


 ツワトたちに別棟のルールなどを解説したこの男は生徒代表である先輩、先輩の身長は平均より低く体格もいいともいえない、そんな先輩の問いかけにシハトは手を挙げた。


 「何だい?」


 「どうしてデツィちゃんは僕たちと別々なの?」


 「ああそれか、それは男が運搬作業などの力仕事に就くのがほとんどのように、女が裁縫など繊細な仕事に就くのもとんどだ。例え例外があっても長く続ける人はほぼいないよ」


 「それでなんでデツィちゃんが別々なの?」


 「つまり将来仕事に就いた時、男は男と、女は女といっしょに仕事するのが普通だから、授業も同じ状況なんだ」


 「それはいっしょにいられないってこと?」


 「いや、お前がその友達と同じ授業を取ればいっしょに授業を受けることができるが、しかしさっき言ったように他の同性はほぼいない。そしてお前の兄ちゃんはそのような授業を選びそうもないから、その友達が例外じゃない限りお前はその友達か兄かどっちしか選べない」


 「うっ、お兄ちゃん……」


 「なんだ?」


 「いっしょにデツィちゃんと同じ授業にしよう」


 「断る、俺はトレーニングになりそうな授業をうけるから、デツィと同じ授業にしたいなら一人でそうすればいい」


 「お兄ちゃんもいっしょがいいよ」


 「でも多分お前ら2人が同じ授業を選ぼうとしてもいっしょになることはないだろう」

 駄々をこねはじめたシハトを見かねたのか、先輩は淡々と2人に言った。


 「ええ!? なんで?」


 「実は俺ら生徒代表は将来先生や守備隊といった役人になるんだ。そして代表になるためにまずは代表候補になる必要がある、さらに代表候補は役人の推薦やいろいろ審察とかが必要なんだが、そのデツィという娘はどういうわけか歴史のビニア先生が昨日推薦したばかりなのに、今日代表候補で決まったと聞いた」


 「それでどうしていっしょにいられないの?」


 「代表生もその候補も授業を選ぶ権利はなく全部決まっているからだ。敷地内井戸から水を汲んだり、掃除をしたりする共同作業以外は多分会うこともないだろう」


 「じゃ午後……」


 「別館の授業は午後まであるぞ、本館の半日授業と違うんだ」


 「うぇ……」


 「ん? 上?」


 「うえええええぇ!」


 期待がことごとく否定されたシハトは変なことを口走ったかと思いきや泣き叫びだした。


 「シハト、急にどうした」

 ツワトの質問に答えず、シハトはただ泣いている

 「大丈夫だ、俺はお前たちの事情をある程度聞いている。お前たちのように現場を目撃したやつは最初の何日は不安になるとこうなるのが普通だ。だから大丈夫、むしろお前()は異常だ」


 「そうか、泣く理由はわかったが、今はどうすればいい?」


 先輩の解説に納得したツワトは解決法を求めると先輩は「俺はお前らの友達を呼んでくるからお前は傍にいて慰めてやれ」と言い残して行った。


 先輩の言う通りに慰めようとしたが、ツワトは今の今まで頭にトレーニングのことしかなかったから人の慰め方など知るわけもなく途方に暮れていたら、ふと今朝お母さんがシハトを抱きしめて慰めているのを思い出した。

 それを真似しようとシハトを抱きしめたが、何を言えばいいのかわからないツワトはシハトに何も言えなかった。

 しかしそれでもかなり効果があったようで、デツィが先輩に連れられて来た頃はもう大分落ち着いた。




 シハトが起こしたハプニングがあったものの、ツワトたちは先輩の解説した通りにまず一週間すべての授業を一通り体験して、翌日にそのすべてに関する小テストを受ける。

 それから、得意の科目から一番やりたいのを選んでもらった書類に記入し提出すれば、基本生涯変わることはなくずっとその仕事で生きていくことになる。


 ツワトたち今日まず体験するのは料理の授業だ。将来政府要人のお抱えの料理人などを夢見る人たちは専門講師の指導の下で、毎日生徒たちの昼食を拵えている。

 しかし全員ではなく半分の生徒(A)がそれにあたって、もう半分の生徒(B)は先生に新しい事を教わって午後の授業の前半ですぐ実践して昼食を作っていた生徒(A)に教える。そして後半は先生が全員にまとめもう一度教える。

 翌日は交代して今度は昨日昼食を作った生徒(A)が教わる、教わった生徒(B)が昼食を作るという独特な授業スタイルだった。


 先生曰く、「生徒たちにちゃんと理解できたかを確認するためである同時に、後で教えないといけない責任を背負わせることで、授業に集中させる狙いもあった」らしい。


 もちろん最初はこの授業スタイルに反対する声が多かったが、効果が普通の授業より高いことが証明されて徐々に受け入れられた。すべての授業まではいけないが、今ではこれを支持する先生ならみんなこのスタイルで授業するようになった。


 「あれを入れて混ぜたあとは……あれ? あとはどうするだっけ? お兄ちゃん」


 「俺に聞くな、ただの体験だから別に覚える必要はない」

 端から授業を受ける気のないツワトは両手に鉄製のミートハンマーを2つずつダンベル代わりに筋トレしながらシハトの質問に答えた。


 その光景を見ていた料理の初老の先生はため息をついた。

 結界がまだ今の鉱山のところまで広がっていない頃、鉄といった今よく見かける金属は採掘不可能や技術などの問題で貴重品になっていた。

 その時代で料理の先生が弟子だった頃、師匠は簡単に鉄製の調理具を触らせてくれなかった。ましてやツワトのように傍から見ると玩んでいるしか見えない真似など、許されるはずもなかった。


(昔そんなことしようものなら、ただじゃすまないのになーー本当時代は変わった)


 「そんなことより次は何の授業の体験?」


 「新編入の2人ちょっとこっちに来てください」


 料理の先生の助手である小柄の女性に呼ばれて一通り感想など聞かれたあと、次に体験する授業の内容や行う場所を告げられたツワトたちはそのまま向かった。

 それを見送った助手は別棟を出て敷地内の井戸の近くにある小屋に入った。


 中には箒やバケツなど掃除用具の他、鉛筆や教科書しまいには岩塩や胡椒も置いてあった。助手は床にも置いてある多種多様なものを踏まないように避けながら進んだ先にあるタンスの前に来た。

 タンスは深さ、幅、奥行きが全部同じの引き出しが3✕3の形で配置してある。助手は右下の引き出しを開けて中に何もないと思いきやそのまま引き出しを引き抜いた。

 そして空いたスペースの下部分を水平に設置された引き戸や押入れのようにずらして開けたらそこには下に向かう梯子があった。

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