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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第三章

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第58話 賢者は発明家を疑う

 数日後、私室で報告書を読んでいるとルシアナがやってきた。

 彼女は数枚の書類をちらつかせながら告げる。


「ジョン・ドゥについて調べてきたわ」


「早いな。もう分かったのか」


「大切なことみたいだから、優先して調査してみたの。魔王サマの顔を見たら、それくらい察しが付くわ」


 ルシアナは自信に満ちた表情で述べた。


 それを受けて私は、自身の頬に手を当てる。

 硬い感触だ。

 皮膚も筋肉もなければ、血も通っていない。

 瘴気で変色した黒い骨である。


「……私の顔はただの髑髏だが」


「それでも気持ちは伝わるものよ。はいどうぞ」


 ルシアナは書類を机の上に置いた。

 私はそれらを手に取って読み進めていく。


 数枚の書類は、いずれもジョン・ドゥに関する資料だった。

 一枚目には彼の容姿が描き出されている。


 栗色の短髪に銀縁の眼鏡。

 書類の情報によれば、三十代前半らしい。

 実年齢よりも若く見える。


 特徴のある顔立ちではなく、地味な印象を受けた。

 ただ、極端に容姿が悪いわけでもない。

 どこにでもいるような平凡さである。


 体格は痩せ型で、知的な学者といった風貌をしていた。

 この男が兵器開発を行っているとは思えない。


「魔巧国の所属で、兵器開発に携わる技術者。その経歴に間違いはないみたい。軍内でもそれなりに名が知れているそうよ」


 私の手元を覗き込むルシアナは、資料の各所を指差しながら説明する。

 名が知れているという点は予想していた。

 帝都の魔術工房に派遣されるほどだ。

 それなりの実績がなければ任命されないだろう。


「一年くらい前から急に出世したようね。帝都にも何度か出入りして、技術提供や成果報告の聴取を行っているわ」


「そうか」


 私は経歴について記された部分に注目する。

 概ねルシアナの言った通りのことが書かれていた。

 それがさらに詳細に調べられている。

 この短期間でよく集められたものだと感心するばかりであった。


(……一年前か)


 私はふと考え込む。

 ジョン・ドゥが出世し始めたのは、ちょうど私が魔王になった頃だった。

 見事に時期が重なっている。

 ただの偶然だろうか。


 資料によれば、出世のきっかけは魔導砲の改善提案だったらしい。

 彼の案が帝都の魔術工房に出され、上手く採用されたそうだ。

 それを機にジョン・ドゥは次々と兵器開発の発案を行い、いずれも大きな進歩に貢献しているようだった。


(一年以上前になると、途端に目立った功績がない。むしろ役立たずとして扱われている)


 ジョン・ドゥはここ最近になって唐突に活躍していた。

 資料を読み返しても、明確な要因は見当たらない。

 彼は前触れもなく優秀な技術者になったようである。


 これを聞いて真っ先に連想されるのは、世界による後押しを受けた者達だった。

 私が殺した勇者や聖女が該当する。

 彼らは突如として大きな力を習得していた。

 ジョン・ドゥという技術者も、その類なのではないだろうか。

 出世時期を鑑みても合致している。


 しかし、断定するには気が早すぎる気もした。

 彼がただ天性の閃きを持っていただけかもしれない。

 時期が被っただけで、そういった偶然が起きてもおかしくはなかった。


 勇者や聖女とは異なり、劇的な力に目覚めたわけではない。

 ただ発想力が高まって兵器開発を円滑に進めているだけである。

 世界の意思が干渉したとは断言できなかった。


「どうするの? 魔王サマなら転移で暗殺しに行けると思うけど」


「しばらくは監視に留める。過度の技術革新は望ましくないが、人類には希望も必要だ」


 ルシアナの疑問に、私は迷いなく答える。

 今後、ジョン・ドゥが厄介な存在になる可能性は高い。

 彼によって新たな兵器が生み出されていくだろう。


 戦争が変貌しつつあるのは、帝都での戦いで体験済みだった。

 魔王領の研究所にある新兵器も、大半は鹵獲したものが基盤となっている。

 私達もジョン・ドゥの技術力の恩恵を受けていた。


 彼は前線に立って戦う人間ではない。

 しかし、その影響力は間違いなく英雄に匹敵するだろう。

 世界の意思が関わっているかはともかく、それは純然たる事実であった。


 ルシアナは唇に指を当てると、懐かしそうな目で私を一瞥する。


「人類の希望ねぇ……やっぱり経験則かしら」


「否定はしない」


 私がそう返すと、彼女は意外そうな顔をする。


「あら。謙遜しないのね?」


「事実だからな。かつての魔王軍からもそう見えていたのではないか?」


 私はかつての日々を思い出す。

 当時、人々は確固たる希望――すなわち英雄を求めていた。

 魔王を打ち払う強き存在である。

 あの人が活躍していたからこそ、人々は絶望の中でも生き抜くことができた。


「言われてみたらそうねぇ。アナタと勇者ちゃんは人間達にとって精神的な柱だったわ。魔王軍からすれば、とってもお邪魔虫だったけど」


 ルシアナは苦い顔でぼやいた。

 そこには多少の皮肉が含まれている。


 魔王軍の立場からすると、当時の私達はまさに天敵だったろう。

 私達は彼らの侵攻を何度も妨害し、その果てに頭領である魔王すらも討伐した。


 無論、ルシアナとも死闘を繰り広げた仲である。

 彼女には何度も苦しまされた。

 それだというのに、十数年の時を経て主従関係となっている。

 人生とは、本当に何が起こるか分からない。


「ジョン・ドゥという人間は、個人の武勇ではなく、その知恵と技術で世界を照らし出すだろう。今までとは異なる形で人々の希望となるはずだ」


「時代の変化ねぇ……ちゃんと付いていけるかしら。置いてけぼりになっちゃいそう」


 ルシアナはしみじみと呟いた。

 彼女の気持ちは分かる。

 私には十年もの空白期間が存在していた。

 現代に蘇ってからそれなりに経っているとはいえ、鉄砲や魔導砲といった次世代の兵器には思うところがある。


 だが、その流れを断つことはできない。

 徹底的に侵略を繰り返して文明を崩壊させれば可能ではあるものの、少なくとも私の望む未来ではなかった。

 荒廃して絶望だけが沈殿する世界など見たくない。

 魔王を担う身としては矛盾しているが、偽りなき私の考えである。


 ジョン・ドゥの技術力は、いつか人々の生活を豊かにする。

 今は兵器開発のみに用いられているものの、きっと幅広い用途に使われるはずだ。

 それを密かに望んでいる。


 私の願いは、ひどく歪んでいるだろう。

 滅びの予感を与えながらも、心では繁栄を歓迎している。

 人間に憎しみと絶望を抱きながらも、世界の平和を目指している。

 破綻した天秤の均衡を必死に支えているような感覚だった。


「たたっ、大変ですぞ!」


 世界と己の在り方について考えていると、急に部屋の扉が開かれた。

 叫びながら室内へ転がり込んだのはグロムだ。

 彼は随分と慌てた様子だった。


 幾度も目にした光景である。

 こういった調子で彼が現れる時は、何らかの問題が発生した時だ。

 嫌な予感を覚えつつも、私は努めて冷静に尋ねる。


「どうした」


「せ、聖杖国が……聖杖国が、魔巧国と争いを始めましたっ!」


 グロムは八本の腕を広げながら報告した。

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