第288話 賢者は青空に誓う
最終話です。
前日の深夜に287話を投稿しておりますので、そちらを未読の方はご注意ください。
過激な逃走劇の末、グロムはケニーとラナを捕獲した。
そこにドルダも呼び出して説教を行う。
長引きそうなので、私は一人で散策を続行することにした。
グロムも私に離れてほしそうな気配を見せていたので問題ないだろう。
なぜか説教風景を見られたくないらしい。
私は当てもなく廊下を歩いて進む。
すれ違う配下が足を止めて礼をしてきた。
それに応じながら、私は階段を上がっていく。
気が付くと私室のバルコニーに辿り着いていた。
照り付ける日光が温かい。
私はそこからの景色を望む。
豊かな街並みが地平線の果てまで広がっていた。
魔王軍が築き上げた五百年の成果である。
(長かったような、短かったような……不思議な感覚だ)
私がアンデッドの大群で殲滅したあの日から、この地で大きな争いは起こっていない。
発展の一途を辿り続けていた。
振り返ると感慨深いものがある。
私の歩んできた道は、決して褒められたものではない。
世界最悪の魔王であり、分断された世界を構築した張本人だった。
今や人類の大半が、その仕組みすら知らない。
私は、世界の前提を永久に変えてしまったのである。
それはこの上ない罪だと思う。
私は罪を背負って生きていくと決めた。
悪名を被る覚悟は、未だに揺らいでいない。
今後も必要とあれば、さらなる外道となっていくつもりであった。
私は明るい都市を眺めながら独白する。
「――魔王になった私は、このような時代を作りました。あなたが見たら、どう思うでしょうか」
あの人なら部分的に肯定し、その上で立ち向かってくるだろう。
全肯定も全否定もきっと行わない。
どちらかに片寄れる考え方ではないためだ。
私と彼女は、互いに最大の理解者であり、同時に相容れない思想の持ち主である。
共に平和を求めているも、掲げる理想や人類への期待感に差が生じていた。
(もしあの時、彼女が勝利していたら、どのような未来が訪れていたのだろう)
空想に過ぎないが、今でも想像することがある。
魔王も勇者もいない世界は、混乱から立ち直って真の平和を目指すのか。
その前に各地で戦争が始まるはずだ。
人類は魔王軍の利権を奪い合う。
戦いの中で、新たな英雄や魔王が生まれるかもしれない。
そうなれば歴史は繰り返すことになる。
彼女は、争いの結果として世界が滅ぶことを許容していた。
良くも悪くも、世界がありのままに育まれることを望んだのだ。
五百年間、私は平和について考えてきた。
世界を分断するという暴挙を働いて、その可能性を現在も模索している。
様々な経験をしたことで、私の考えも多少は柔軟になった。
あの人の主張にまるきり共感できるわけではないが、一応は理解しているつもりだ。
少なくとも当時よりは論理的に受け止められている。
平和に対する最適解は、まだ見つかっていない。
私は今後も探し続けるつもりだった。
それこそが私の償い或いは宿命と言えよう。
世界の意思は、魔王という悪を拒んだ。
ところがその強制力に打ち勝った私は、こうして意地汚く君臨している。
ならばすべきことを粛々と遂行するのみだ。
そこに私情や疑問は不要であった。
一つの構造と化して、調停を担うしかあるまい。
私は照り輝く太陽を仰ぐ。
片手をかざすと、掴むようにゆっくりと指を閉じた。
「――私は永遠に世界を脅かし、そして護りましょう。あなたを超える平和を追求します」
かつて賢者だった私は誓う。
聞く者のいないその言葉は、青空へと消えていった。
これにて本作は完結となります。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
新作の投稿も始めておりますので、よろしければそちらもチェックしていただけると幸いです。
もし『面白かった』『続きが気になる』と思っていただけましたら、下記の評価ボタンを押して応援してもらえますと嬉しいです。




