第285話 賢者は獣に呆れる
二人と別れた私達は移動を再開した。
次に向かった先は城内の中庭だ。
魔王軍の兵士が訓練を実施している。
その様子を眺めていると、頭上から声が降ってきた。
「おやおや、誰かと思えばハーヴェルトさんじゃないですか。お元気そうですねぇ」
陽気な声音だ。
見上げるとそこには、グウェンがいた。
空中に腰かける彼女は、頬杖をついて薄笑いを湛えている。
グロムは剣呑な気配を覗かせると、彼女に苦言を呈した。
「触手の魔王よ、そこから下りろ。無礼であろう」
「固いことを言わないでくださいよぉ。高い所が好きなんですから」
グウェンは批難を軽く流しつつ、しなやかな動きで私達の前に着地した。
彼女とグロムの間で視線がぶつかる。
共に火花でも散りそうな気迫が込められていた。
ただしグウェンは面白がっているようだが。
(仲良くしてほしいのだがな……)
今やグウェンも魔王の一柱である。
通称は触手の魔王で、彼女の管理する世界は非常に特殊な環境にあった。
全人類は、脳だけの状態に加工されて保管されている。
意識は精神世界に飛ばされており、人々はそこが真実の世界であると錯覚していた。
そこで幸福だけを感じながら平和を謳歌しているのだ。
たまに世界の正体に気付く者がいるそうだが、そういった者は現実世界に浮上させられる。
そこで肉体を得て魔王軍に加入するか、記憶を削除されて精神世界に戻るかを選ばされるのである。
今のところは前者を選択する者が大半らしい。
世界の仕組みに気付くような人間は、得てして好奇心が旺盛であった。
大人しく戻るような性格をしていないのだろう。
グウェンの世界の魔王軍は、基本的に戦うことがない。
脳の管理と培養が主な業務であった。
故に科学者や研究者で構成されている。
総じて倫理や常識を置き去りにした発想であった。
しかし精神世界に暮らす人々は、ひたすらに幸福を享受している。
真実を知らなければ、何の問題もない。
誰もが争わず、平和な一生を遂げていた。
既存の手法にこだわらない様は、実にグウェンらしいと言えよう。
私は機嫌の良さそうな彼女に話しかける。
「意外だな。今回も欠席するかと思ったのだが」
「本当はサボっちゃおうと思ったんですがね。たまには顔を出すのも悪くないかなぁと思いまして。それに欠席が続くと、どこかの誰かさんが怒りますし?」
悩ましそうに言うグウェンは、意味深に視線をずらす。
彼女はじっとグロムを見上げていた。
言葉の意味を察したグロムは、忌々しそうに鼻を鳴らしながらも反論する。
「我々は魔王の座を担っている。役職を全うするのは当然であろう」
「さすが序列二位ってやつですねぇ。心底から尊敬しますよ、いや本当に」
肩をすくめたグウェンは棒読みで応じる。
尊敬していないのは明白であった。
「まあ今回は全員参加すると聞いてたので、空気を読んで参上しましたよ。この優等生ぶりを褒めてほしいものです」
胸に手を当てたグウェンは、冗談めかして述べる。




