第246話 賢者は方針を打ち明ける
その日の夜、私は王城の一室に赴いた。
室内の中央に大きな円卓のある部屋である。
囲うように並べられた椅子には、見慣れた者達が座っていた。
腕組みをして座るのはグロムだ。
眼窩に炎を灯す彼は、他の幹部を観察している。
どこか値踏みするような視線だった。
グロムなりの序列でも決めているのかもしれない。
ルシアナは手鏡を見ながら化粧をしていた。
涼しい表情で手を動かしている。
隣で威圧感を放つグロムなどお構いなしだった。
ヘンリーは酒を飲んでいた。
彼の足下には、既に空瓶が転がっている。
会議前の態度としては大問題だが、それを咎める者はいない。
ローガンは目を閉じて動かない。
眠っているように見えるが、きっと意識を研ぎ澄ませているだけだ。
彼は静かな男である。
あの状態が落ち着くのだろう。
ドルダは生肉を齧っていた。
たまに呻き声を洩らしている。
ヘンリーと同様、食事を楽しんでいた。
ユゥラは姿勢正しく座っていた。
まるで置物のように静止している。
優等生という表現が似合う姿であった。
ディエラは円卓に突っ伏して退屈そうな顔をしていた。
時折、羨ましそうにヘンリーの酒を眺めている。
晩酌をしたい気持ちは分かるが、もう少し辛抱してほしい。
個性豊かな円卓の端には、大精霊が座っていた。
彼女も私が呼んだのだ。
大精霊はこの会議に参加する義務はない。
半ば断られる前提で誘ったところ、食い気味に承諾を得られたのだった。
彼女は会議の重大性を理解しているのだろう。
防御機構として話の行方を見守るつもりなのだと思われる。
端々の言動には注意しなければならない。
それにしても、こうして幹部達が集まるのは珍しい。
今まで見たことがない光景であった。
私は頼もしい面々を眺めてから話を切り出す。
「今宵はよく集まってくれた。感謝する」
「いいのよー。大事な用件なんでしょ?」
ルシアナは手を振りながら応じる。
他の者も不服そうな気配はなかった。
その代表格とばかりに、グロムが勢いよく立ち上がる。
「何をおっしゃいますやら! 魔王様がお呼びとあれば、世界の裏側にいようと駆け付けますぞ!」
「どのみち王都で酒を調達する予定だった。ちょうどよかったさ」
ヘンリーはグラスに酒を注ぎながら微笑む。
彼の場合、酒の調達が本命の用事の気がする。
わざわざ確認しないが、おそらく間違っていないだろう。
一方、ローガンは酒気に眉を寄せながら言う。
「この時期の会議ということは、魔王軍を襲撃する者に関係するのだな」
「そうだ。大精霊の助力を得て正体が判明した」
私の答えを皮切りに、場に緊張感が走る。
やはり誰もが懸念していたのだ。
それを察した私は、大精霊から伝えられた内容を皆に説明する。
「放っておけば、虚像の救世主は魔王軍を壊滅させるだろう。早急に対処しなければならない」
「対策ハ……アルノ、ダナ?」
ドルダが狼頭を掻きながら尋ねてきた。
ぎこちない喋り方だが、理性は確立しているようだ。
「無論だ。この会議で実行の承認を得ようと思っている」
「承認? 誰も反対するとは思えないけれど」
「個体名ルシアナの意見に追従――どういった内容であれ、マスターの提案に背くつもりはありません」
ルシアナとユゥラがそれぞれ発言する。
彼女達の指摘は当然のものだった。
私は粛々と回答する。
「虚像の救世主を滅するだけなら独断で実行してもいい。しかし、私の打開策はそうではない」
「何か別の狙いも含んでいるのですね」
ここで大精霊が言葉を挟んだ。
私は頷いて、拳を掲げた。
皆の視線がそこに集中する。
「此度の策で、私は三つの悩みを解決しようと思っている」
私は人差し指を立てる。
適切な間を置いて続きを述べた。
「一つ目は、虚像の救世主の消滅」
続けて中指を立てる。
何名かが、固唾を呑むような動作を見せた。
「二つ目は、世界の意思の殺害」
さらに薬指を立てる。
その途端、張り詰めた静寂が訪れた。
私は躊躇いなく宣言する。
「そして三つ目は――先代勇者の蘇生だ」




