第242話 賢者は策を閃く
「本来、このような事態は起こり得ません。力の膨張が深刻化する前に、何らかの形で世界の意思が発動するからです。そうならないのは、ある種の不具合でしょう」
「……私が何度も運命を覆したのが原因だろうな」
「おそらくそうですね。あなたの抵抗で蓄積し続けた歪みが、ついに爆発してしまったようです」
大精霊の推測はきっと間違っていない。
世界の意思とは、原則的に逆らえないものだ。
標的に定められた場合、防御機構のような上位存在さえも抹殺される。
唯一、死者の谷の恩恵を受ける私だけが例外だった。
思えば私が魔王になった後、様々な騒動が起きた。
そのたびに力技で解決してきたが、水面下では不具合が積み重なっていたのだろう。
今回、ついにそれが表面上に現れたらしい。
「虚像の救世主は、魔王軍を破壊し続けるでしょう。いずれあなたを狙いに来るはずです」
「そうだろうな」
私は大精霊の言葉を認める。
概ね同じ意見であった。
猛威を振るう虚像の救世主だが、今は辺境で虐殺を起こすだけに留まっている。
これは人々の意識が最寄りの魔王軍に向いているためだろう。
誰もが身近な問題を排除したいと考えていた。
だから私を直接狙うのではなく、すぐそばの危険から順に当たっている。
しかし、これから人々の期待を背負うほど、被害は増大するはずだ。
虚像の救世主の活躍と強さが知れ渡れば、さらなる願いが上積みされる。
すなわち私の殺害だ。
現在はそこまで望まれていないのだろう。
今代魔王の威光がそれだけ大きいということだ。
虚像の救世主が私に拮抗し得る存在だと思われ始めた段階で、きっとこちらに牙を剥く。
その段階まで至った時、果たして私は抵抗できるのか。
正直、分からないところがある。
為す術もなく殺されてしまうかもしれない。
可能性としては十分にありえるだろう。
そういった予想を描く一方で、私は冷静だった。
何も動じることはない。
大精霊と話す前から察していたことだ。
私の姿を目にした大精霊は、こちらの意志を確認する。
「形を持たない正義と戦うつもりですか?」
「無論だ。大人しく倒されるほど、私は物分かりがよくない」
ここで死を受け入れるのなら、そもそも死者の谷でアンデッドになっていない。
私は往生際が悪いのだ。
それも人並み外れた執念を宿している。
「相手は物理的な殺害が絶対に不可能です。今までの英雄とは根本から異なります」
「知っている。それでも諦めるつもりはない」
「……何か策があるようですね」
「閃いたばかりだがな。今のままだと不確定要素が多いが、おそらく成功するだろう」
大精霊との会話中に考案した作戦がある。
勝算はそれなりだろう。
事前準備といくつかの検証を挟むも、試す価値は大いにあった。
思考をまとめた私は、大精霊に向けて頭を下げる。
「貴重な情報だった。礼を言う」
「私は認識した事実を述べただけです。この先はあなたの努力次第で運命が変わります」
「ああ、その通りだ。必ず乗り越えてみせよう」
私がそう述べると、大精霊は無言で姿を消した。
彼女も陰で行動するのだろう。
防御機構の役目を果たすはずだ。
多忙の身でありながら、こうして助力してくれることに感謝しなくてはならない。




