第233話 賢者は捨てた可能性を拾う
各地の救世主が蜂起する中、私は旧魔族領にある巨大施設にいた。
ここは魔王軍のために建設した場所だ。
膨れ上がった戦力を抱え込めるだけの規模を誇る。
敷地内には、様々な環境を想定した訓練場があった。
飽和したアンデッドや兵器類も保管している。
この地に駐在する戦力だけでも、大陸一つを陥落させられるだろう。
私はそんな施設の廊下を歩いていた。
隣にいるのはヘンリーだ。
打ち合わせを終えた私達は、施設内を移動している。
休憩ついでに雑談をしているのだった。
お互いに多忙の身だが、こういった時間は大切である。
頭の後ろで手を組むヘンリーは、困った顔で愚痴る。
「最近は訓練より実戦の頻度の方が高くてな。俺は大満足だが、休暇を欲しがる連中がいるんだ」
「許可しよう。交代で休ませてくれ。戦力が不足した場合は、私が何とかする」
「大将は話が早くて助かるぜ」
ヘンリーは嬉しそうに言う。
許可をするのは当然だろう。
兵士達は人間だ。
戦いが連続すれば心身を疲弊する。
不死者の私でさえ、こうして休む時間を設けているのだ。
彼らを酷使するような真似をするつもりはなかった。
「そういえば、簡易型の銃はどうだ」
「ほぼ完璧だな。特に防衛線で重宝している。魔術に比べると威力は控えめだが、それでも十分さ。鎧くらいはぶち抜けるし、訓練も必要ない。最近はスケルトンとグールにも持たせている」
ヘンリーは満足そうに述べる。
簡易型の銃とは、研究所が新たに開発した兵器である。
従来の銃の廉価版だった。
全体的な性能は劣るが、大量生産が容易なのだ。
性能が下がったと言っても、許容範囲と言えよう。
魔術や弓矢、旧式の鉄砲を相手とする場合、まだまだ圧倒的な優位を持っている。
さらにヘンリーは運用方法も工夫しているらしい。
銃の利点を上手く活かしているようだ。
それから私達は暫し無言で歩き続けた。
何か確認すべきことはあるかと頭を巡らせていると、ヘンリーが私に尋ねる。
「なあ、大将。このまま全世界で戦争を続けるのかい」
「しばらくは継続させるつもりだ。時期を見て沈静化に持ち込むつもりだが……今の戦争が不満か?」
「不満と言うほどじゃないが、どうにも釈然としなくてなぁ。明確な敵が欲しいんだ」
ヘンリーは無精髭の生えた顎を撫でる。
私はヘンリーの発言に引っかかりを覚えた。
「敵なら世界の国々がいるだろう」
「あんな連中はどうでもいい。俺が狙いたいのは、もっと根本的な原因になっている奴さ」
ヘンリーは意味深に言う。
その真意を探るまでもない。
彼の言いたいことは、すぐに分かった。
「――世界の意思か」
「その通り! これまで何度も戦ってきた相手だ。そろそろ仕留めたいと思わねぇか?」
「あれは一種の法則だ。形を持つ存在ではない」
特定の生物や物体ならば、私が即座に処理できる。
どれだけ強大だろうと破壊できる自信があった。
しかし、世界の意思はそうではない。
人々の望みが具現化したものだ。
様々な現象として発生するそれらに対し、事前に干渉できるわけがなかった。
私の見解を聞いたヘンリーは難しい顔をする。
彼は悔しげに唸りながら呟いた。
「うーん、大将なら何とかできると思ったんだが……」
「私は全知全能ではない。常人より手札が多いだけだ」
大抵のことは魔術を使って解決できるが、不可能なことも少なくない。
そもそも本当に何でもできるなら、私は魔王になどなっていないだろう。
「もし何か秘策を閃いたら、すぐに教えてくれよ。一緒に世界の意思をぶっ潰そうぜ」
「分かった。実現する方法を考えておこう」
乗り気なヘンリーに頷いていると、向こうから一人の兵士がやってきた。
彼は私達に敬礼し、ヘンリーに話しかける。
「ブラーキン様! そろそろ打ち合わせのお時間です」
「おお、そういやそうだったな」
髪を掻くヘンリーは思い出したように言う。
彼は兵士を連れて廊下の先へと向かっていった。
途中、こちらを振り向いて一言告げる。
「さっきの話、忘れないでくれよ?」
「無論だ」
「よし、言質は取ったからな!」
拳を握ったヘンリーは、意気揚々と立ち去った。
その場に残された私は足を止める。
床を見つめながらふと考え込んだ。
思い出すのは、先ほどの会話内容だった。
(世界の意思を殺す、か……)
その正体を知ってからは考えもしなかったことである。
不可能だと結論を出していた。
当然の判断だろう。
しかし、ヘンリーは違った。
彼のように柔軟な思考を持つべきだろうか。
無意識のうちに、常識に囚われていたのかもしれない。
「――ふむ」
やがて私は歩き出した。
すれ違う配下の敬礼に応じつつ、ひたすら廊下を進んでいく。
脳裏では、様々な事象とその可能性を模索していた。




