表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/5

第一話 春の飛び降り自殺者

(*´ー`*)1話3,000〜4,000字。いつもよりちょっと長め。

 開け放った窓から、薄いピンクの花びらが入る。

 丁寧なお辞儀をするように、ふわりと浮き上がってから床に落ちた。

 晴れた空は青く乾いていて、好天の風に吹かれてどこかで桜が散っているらしい。


 あまりの心地よさに、飛び降り自殺の季節だなと思った。


 俺が住んでいる古びた五階建てのアパートの屋上から、飛び降りればさぞ気持ち良かろう。


 一瞬の浮遊感と時の止まる感じ。

 そして、地面に叩きつけられる衝撃音。


 ふとそんなことを夢想して、窓の外に視線を向ける。


 窓枠の上から下に向かって通過する黒い影。


 それは上下黒のスウェットで、無精髭を伸ばした男。

 見開いた目が、下に落ちる刹那、俺を見ていた。


 永遠にも思える空白の数秒。

 そして、重い衝撃音。


 ぺたぺたと、裸足でゆっくりと窓際に寄って下をのぞきこむと、おかしな方向にねじ曲がった手足と、体から放射状に伸びる赤い血がなかなか派手に広がって見えた。


 死体が横たわった駐車場近くにある戸建て住宅の庭からは、子どものはしゃぐ甲高い声が響いている。

 のどかな春の一日だ。


「……あ、手紙書かなきゃ」


 窓から離れると、俺はフルーツトマトを送ってくれた田舎の恩師にお礼状を書くため、テーブルに便箋を広げる。


「えーと、拝啓……。

 時候のあいさつを何か入れるんだよな。

 うーんと、飛び降り自殺の季節となりましたが……如何お過ごしでしょうか……って、違う違う。だめだめ」


 思わずさっき見た光景をそのまま書こうとしていた。

 ぐしゃぐしゃっと、真新しい便箋を丸めて捨てる。


「拝啓、えーと……」

「無視するなよぉー!!」

「うるさい」

「かまえよ!なんで飛び降り自殺したんですかって、訊けよぉ〜!!」


 これ見よがしにため息をはいて、不自然な形になった侵入者の顔を見上げた。


「はいはい。死にたくなったんですよね。わかりました」

「自己完結するなよ!!もっと、こう、どうしてですか…とか、何か辛いことがあったんですか…とか、なんかあるだろ?!」


 血まみれのはずなのに、黒のスウェットを着ているせいか、まったく分からない。

 変な方向にねじ曲がった手足で、俺に向けて大袈裟なジェスチャーを繰り返す男の頭部は一部が平らに変形している。

 それでも天然パーマのもじゃもじゃ部分は残っていて、いまいち切迫感が無い。


「頭から落ちたのに、なんで手足まで曲がってるんですかー?」

「あ、気づいた?気づいてくれた?

 そうそう、この前さぁ町田が観てたホラー映画を参考にしてみたんだけど、どう?

 怖い?」

「元気そうな自殺者にしか見えない」

「なんっでだよ!!もっと自殺者を優しく扱えよ!」


 拳を握りしめて、力強くフローリングの床に全身の力をこめて叩きつける。

 でも腕曲がってるじゃん。そんなことすると。


 ぺきらっ。


「あ」


 ほら、変な方向にさらに曲がった。


 土下座というよりも、蜘蛛のようなポーズになった元人間の自殺者・佐野が、血まみれになった顔で俺を見上げた。


「……町田さま、起き上がれないので、どうか起こしてください」


 俺は面倒くせえとはっきりと書いた顔のまま、佐野の頭を蹴り上げるフリをした。


 ごきっ。


 さっきよりも重い音が部屋に響いた。

 佐野はそのまま仰向けになって床に倒れると、


「もっと、優しくしてよ……!」


 と、潤んだ瞳で嘆いた。


「触れない相手にパントマイムもどきのことをしてるだけ、充分優しいと思う」


 そう断言した後、俺は手紙を書く作業に戻った。



 ***


 飛び降り自殺の霊である佐野と初めて遭遇したのは、一年前。


 留年確定して、同じ学年が始まる日の前日のことだった。

 色々あって、もうこんな人間は生きていない方がいいと自分の中で結論を出した俺は、死のうとしていた。


 おあつらえのように、住んでいる五階の部屋から落ちれば、そこには縁石が並んだだけの舗装された駐車場。

 このまま頭から落ちれば死ねる。


 安易にそう判断して、窓から身を乗り出そうとした時。


 俺の部屋より上の屋上から、見知らぬ男が飛び降り自殺をした。


「え」


 一瞬の思考停止。

 鈍い衝撃音。


 そして階下から聞こえた悲鳴。


 下を見ると、買い物袋をぶら下げた通りすがりの主婦が腰を抜かしていた。


 見下ろした先には、体を少し折り曲げた姿勢で横たわるスウェット姿の男。


「え……」


 窓を通り過ぎる刹那、飛び降りた男と目があった。

 充血で濁った目が、脳裡に焼き付いて離れない。


 俺は自殺しようとしたことに、いまさらながら恐怖を感じた。

 あの男は、もう一人の俺だ。

 そう思ったけれど、改めて飛び降りる勇気は、もうどこにもなかった。


 その後、救急車とパトカーのサイレンが鳴り響く窓の下から、俺は身動きすることができなくなった。

 ただ膝を抱えて、下から聞こえる喧騒を聞くともなしに聞いているだけだった。


 そして日が暮れて、真っ暗になった頃。


 ようやく膝に力を入れて立ち上がることができた。夜風に吹かれながら、静かになった駐車場を見下したが、そこには何も無かった。


 俺は白昼夢でも見ていたのだろうか。

 痺れたままの足を動かして、部屋の電灯のスイッチを入れる。


 何かを感じて、ふと、視線を上げると。


「……やぁ」


 血まみれ頭のスウェット姿の男が、俺の目の前に立っていた。


「うわぁぁ?!」


 悲鳴をあげて、尻もちをつく。

 天井の明かりが逆光になって、男の顔が真っ黒に見えた。


 施錠した部屋には誰も入れないはずだ。それに窓にはずっと俺が座りこんでいた。

 それに。


 その姿には見覚えがある。

 さっき屋上から飛び降りた男と同じ服装で、同じ体型で、同じように頭から血を流している。


 だが俺は、この男の名前を知らない。


 だから呼びかけることができなかった。


 黙ったまま、自分の姿を見上げる俺に対して何を思ったのか、男は両手を頭の上に上げた。

 何もしないぞという意思表示のつもりだったと後から聞いて知ったが、その時の俺には襲いかかる動作にしか見えなかった。


「うわあぁぁ!!」


 焦った俺は、手の届く範囲にある物を手当たり次第に投げた。

 しかし、それらはすべて男の後ろの壁や本棚にぶつかり、床に落ちた。


 俺はぞっとした。


「やべぇ……。さっきの飛び降り自殺した奴の幻覚がここまでリアルに見えるなんて」

「そっちかよ!!」


 己の脳内エラーに本気で恐慌をきたし始めていた俺に、見知らぬ飛び降り自殺者は、ためらいなくツッコミを入れてきた。


「は?」

「は?って、逆ギレがよ!!普通なら死んだ人間が目の前にいて、『怖いっ!』ってなるだろ?!」

「いや、俺、幽霊見たの、今が初めてだし」

「あー、初めての時って、妙にリアクションとれねーよなー。わかるー。

 ……って、違うしっ!」


 よく見たら、コイツの頭、くるんくるんの天然パーマだ。

 騒ぐたびにゆさゆさと髪が揺れる。

 それが珍妙に見えた。

 一気にツボにはまった。


「あははは!お、おまえ、それ天然パーマか?すげえな!!

 カツラみたいだと思ったら、地毛なんだろ?うねうねしてるのが不規則だもん!」


 床に座ったまま、指を差して大爆笑していると、スウェット男がびょんびょんと飛び跳ねた。


「天パを笑うなー!おまえらみたいな真っ直ぐサラサラヘアーの奴らに、俺らの苦しみがわかるか!

 髪を洗ったらくるんくるん、乾いていてもくるんくるん。

 挙げ句の果てに、美容院にいけば、『せっかくのウェーブヘアーがもったいない』って、天パ活かした髪型にされるし!」

「いい美容師じゃん」

「俺はストレートヘアーに生まれたかった……!」


 泣きながら床にしゃがみ込むと、スウェット男はアルマジロのように丸くなった。


「え、まさか、おまえの自殺の理由って」

「天パが原因じゃないけど!!

 深く考えたら、遠い原因として無きにしも非ずだけど!!とりあえず違うから!」

「え、じゃあ、なんで死んだの?」

「……それは思い出せない」

「え、なんなのおまえ。ドン引きなんだけど」


 その後、すっかり拗ねてしまった自殺男は、丸まったダンゴムシのように横たわったまま動かなくなった。


 なんだか怖くも何ともなくなってしまったので、足蹴にして玄関から外に出そうとしたら、泣き出してしまった。


「なんでだよ……ぐすっ。おまえだって死のうとしてたじゃん。

 同じ自殺願望持ちなのに、こんな仕打ち……ひどい」

「あ、やっぱり、目が合ってたんだ。

 なんか目の前で別の人が自殺すると、逆に死ぬ気が失せるっていうか。

 あるじゃん。焦ってる時に、自分よりも慌てている人間を見ると落ち着くっていうやつ」

「……あるけど、ここまでひどい扱いしなくても」


 ゴロゴロと転がりながら玄関先から戻ってくる姿は、生きている人間と遜色ないように見えた。そう思って、よく見てみると顔をおおっていた頭部からの出血がなくなっていた。


「なあ、おまえの頭から出てた血が見えなくなったんだけど」

「え?またまたぁ〜。消えるわけないじゃーん。

 ……って、あれぇ?へこみも消えてる。

 でも俺、死んでるけど」


 ぺたぺたと自分の頭と顔を触りながら、スウェット男が不思議そうに言った。


「元に戻ったのなら、家に帰れよ。遺品整理とか、親とか家族の誰かが来てるんじゃないのか?」


 最期に目が合っただけの人間の家に住みつかないで欲しい。そう思って軽く追い払う仕草をしたが、男は急に沈んだ顔になった。


「……大丈夫。全部ゴミ袋に分別して置いてきたから。金と遺書は、屋上にまとめて置いてきたし」


 そしてそれ以上は何も言わなくなった。

 俺もなんて声をかければいいのか分からず、的外れにも「何か飲むか?」と言ってしまった。


 するとスウェット男は、

「なんだよ、それ」

 と笑うと、すうっと消えてしまった。


「……成仏したのかな」


 一歩たりとも部屋から出ていないのに、長くて疲れた一日だった。

 そして、気がついたら布団の中で熟睡していた。

 朝日の眩しさに目を覚ました後、不思議なことになんの心の抵抗もなく、大学へと向かっていた。


 あの自殺男は、きっと俺を生かすために部屋に現れたのだ。


 彼の分も生きることがこれからの俺の生きる意味になるのかもしれない。



 *



 そう思ったあの時の自分をぶん殴ってやりたい。


 なぜなら、七日後の夜に窓から飛び降り自殺するスウェット姿の男と、再び目が合ったからだ。

次話、18:00投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] この一話の時点で、ものっすごく転がされました! 出たしの桜の花びらの描写における、春らしい柔らかな優美さ、儚さ、温かさ、そういった視覚と温度と匂いみたいなものが伝わってきて、そこから繫る…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ