2 命の数え方
僕らは村の最南端に位置する鶏小屋にやって来た。僕らの管理している木組の小屋の奥には草木が生い茂って、そこには十メートルともなる石の壁がそびえている。ここには他に何も無いから、基本的には僕ら以外の人が立ち入ることもない。
「まずは死の霧の検証だ」そう言って先ほど拾った石ころを握り、振り被った僕にレインは固唾を飲む。
十メートルという壁の高さは下から見上げるとかなりの高所に感じられる。それにこの石は思い切り投げるのではダメだ。山なりに投げて、壁の向こう側にピタリと着地するように投げたいんだ。切り立つ壁に時折吹き上がる強風。厳しい状況で何度も壁に跳ね返されて来た石ころであったが、僕らは繰り返し茂みに入っては石を拾って来て、遂に目論見通りの放物線を描くことが出来た。狙い通りに壁の裏側にピタリと石は落ちた筈だ。
「……で、死の霧の検証にはなった?」
何の異変もないまま壁の向こうに消えていった石ころを見やり、スノウは半分呆れたような目で汗だくの僕を見下ろす。
「もしそこに死の霧がもう来ているなら、石ころなんかには効果がないって事がわかった」
「……」
「なんだいその疑り深い目は、僕の検証の結果は明日、明らかになるんだよ」
「明日……?」
次に僕らは鶏小屋に入っていく。驚いて走り回り出した鶏の羽が舞い散り、スノウは嫌そうな顔をして羽を払い除けている。
「レイン、なにを……?」
「明日になったら元に戻るんだ。少し残酷かもしれないけれど、確かめたい事があるんだ。ほら、スノウも手伝って!」
今度は羽まみれになって小屋の中を走り回る僕たち。やがて一匹の鶏を捕まえると、揉みくちゃになりながら外へと出る。僕の腕の中で暴れ、勇ましく鳴いた鶏を見やり、スノウは首を振った。
「一体何なんだい、もうこんなこと懲り懲りだよ」
鼻をすするスノウに口角を上げながら、僕は鶏の足に小屋から持ち出したロープを括り付けて、そこらの木に結んだ。
「こいつをあの壁の外に放り出そうと思ってね。そうしたら壁の向こうに死の霧が蔓延してるのかわかるだろう?」
「キミって少し残酷なことを考える事があるよなぁ」
スノウの言う通りだけど、この子たちも明日になったら元に戻るんだ。これは呪いの核心に迫る問題だから、確かめない訳にもいかない。けたたましい鶏の声を聞きながら、僕らは壁の近くに埋まった大きな岩に、長細い木の板を持って来てシーソーを作る。岩を隔てて向こう側の板の上に乗せた鶏を落ち着かせ、木に括ったロープを外して手に握る。僕は中間の岩に立ってタイミングを計りながら、スノウに向かって叫んだ。
「いくよスノウ! しっかり見ててくれ」
「ああもう、本気なのかいレイン。鶏が壁に衝突するような、残酷な光景を僕は見たくないよ」
「せーの――っ!」
鶏とは反対側の板の飛び移った僕は、空に高く飛翔していく羽音を聞く。仰ぎ見ると、青空の下をゆっくりと鶏が羽ばたいていくのが見えた。
「やった、成功だ!」
「でも、向こうに投げ込んだってなにも確認できないだろう?」
「その為に紐を括り付けたんだ。一度壁の向こう側にいかせて、このロープで引っ張り戻すんだ」
高い石の塀を遥かに越えて、鶏が外の世界へと飛び出した瞬間だった――
「――――ッ!?」
僕らが見たのは、陽射しに照らされながら朽ち果て、骨になって消滅していった命の光景だった。石の壁から吹き上がった突風が、骨と皮だけになった亡骸を押し戻し、僕らの足元に落とす――
絶句した僕は、もう引っ張り込んで確認するまでも無くなってしまったロープを手から落とした。すると壁を越えた先から浅黒く色を変えたロープが戻って来てボトリと落ちた。
・〈石の壁の外には、既に死の霧が充満している〉
――これか、これが……死の霧。
僕らの命を奪い去らんとする死の脅威は、既にこの壁の向こう側で僕らを待ち望んでいた。
「レイン……鶏の数が合わない」
腰が抜けて、未だ立ち上がる事が叶わない僕に、小屋の前に移動していたスノウは沈んだ目を振り返らせた。
「昨日まで、確かに二十羽いた筈の鶏が、今のを差し引いても……十七羽しかいない」
訳が、わからなかった……。まるで風化したようにボロボロになった鶏の骨が、僕の眼下で崩れていった。




