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3 それでもみんな、ここで生きている


 雨脚が強くなってきた中、僕ら三人は村外れにある掘立て小屋で額を突き合わせていた。ソワソワした様子のティーダは、擦りむいた右の膝頭に視線をやりながら僕に尋ねる。


「今何時? 本当にミルクを届けないでいいのかなぁ?」


 スノウの懐中時計は十六時を示していた。頭を抱えるその様相から、ティーダは今更になって自分の決断の後悔をしているらしい。


「ううー、お母さんに怒られちゃうよ、どうしよう。今からでも間に合うと思うんだけれど」

「僕らだって卵を半分も届けてないんだ。怒られる時は一緒だよ」


 ティーダの反応はわからないでもない。繰り返しを確信してる僕だって少しドキドキしているんだ。

 だけど僕には確めたい事があった。それは――そう行動する筈であった僕らがそうしなかったら、村のみんなの行動にどのような変化が表れるか、という事だ。ミルクと卵がないんじゃディナーは台無しだ。夜会を中止するまではないでも、普段とは違うイベントが起きる事は明白だった。僕らはとにかく、同じことを繰り返し続けるこのループから外れなければいけないんだ。その為には、こういった些細な変化を繰り返していかなければならないのではないだろうか。

 押し黙っていたスノウが、降りしきる雨を仰いでから僕に話し掛けてきた。雨粒の乗った肩を払い、伏せた長いまつ毛が、見るともなく僕の足元に注がれる。


「そもそも、今夜の夜会には行くのかい?」


 ……その問いに悩み抜いた僕だったが、脳裏にはお母さんの涙が浮かび上がった。僕らが家に帰って夜会に出向かなきゃ、お母さんはきっと不安になる。気丈に振る舞ってはいるけれど、内心は死の霧に怯えているんだ。お母さんを悲しませるような事はしたくない。……するとそこで、僕の心情を汲み取ってスノウは言う。 


「でも、明日になったらみんな忘れるんだよ? 僕らが夜会に来なかった事も、お母さんのその不安も」


 足元に出来た水溜りを靴のつま先でつつきながら、暗がりに灰の瞳が光っていた。


「そうしたら、この村の謎を解く時間がグッと増す。僕らが今すべきことは、一秒でも早く、お母さんと村のみんなを、この呪いから解放することだろう?」


 僕が応えに(ひん)したその時――裏通りの方角から、木材をまとめてひっくり返すかの様な物音が起きて飛び上がる。

 目を剥いた僕らは一も二もなく掘立て小屋を飛び出すと、物音のした路地の方へと走った。

 空の酒樽の転がった雑多な裏通り。とうもろこしを握ったその手を強烈な巻き毛の女に捻り上げられていたのは、僕らと同い年の少女だった。黒のボロきれを着た少女の姿はみずぼらしく、傷の幾つかが肌に刻まれているのがわかる。漆黒の長髪は真っ直ぐで艶めいているけれど、泥が付いて汚れていた。そして何より彼女を象徴するのは、僅かに尖ったその耳だった。


「どうしてなんだい()()、どうしてこんな事……なんとか言いなよ!」

「……っ!」


 状況から推測するに、よりによってリズは村で一番手の早いイリータのとうもろこしを盗んだらしい。抵抗を続けるリズにイリータが手を振り上げたのを見て、僕は声を上げていた――


「やめてイリータ!」

「ん……レインじゃないかい。どうしたんだこんな村の外れで」


 イリータはリズから手を離した。立ち所に変化した柔和な表情が僕らに向き始める。やがて罰が悪くなったらしい彼女は、地に伏せている少女を捨て置いて立ち去っていった。

 リズは最後まで何も言わなかった。夕暮れに染まり始めた空の下で、少女は青い宝石のような瞳を上げた。


「なんで……?」


 彼女はそう言って、僕を穴が開くほどに凝視し続けていた。ただでさえ大きな目をさらに見開いて、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を続けている。そんなに僕らの行動が意外だったのだろうか? 未だ僕を見つめているリズにたじろいでいると、ティーダが僕の肩を押した。


「行こう、彼女を守れたんだからそれでいいじゃないか」


 何だか後ろ髪を引かれる思いで、僕はとうもろこしを大事そうに抱えた少女から離れていった。


「助けてくれなくても、イリータは手を上げなかったのに」


 ……そんなリズの声が微かに聞こえたけれど、僕はその意味がわからないままティーダに押されてその場を立ち去る。


   *


「で、夜会はどうするの? もうお母さんを迎えに行く時間だ」


 裏通りを過ぎ去りながら、スノウは空の向こうの雲間に見えるオレンジを眺めながら言った。

 村の中心へと続く大通りに出ると、夜会に出向く村人たちが目に入った。彼女たちの足取りはそれぞれで、微細に動く視線や声の抑揚はもう、そこで息をして考えている生者と相違なかった。


 ――みんな、とっても幸せそうだ。


 彼女たちのそれぞれが同じ演劇を繰り返し続けるマリオネットだなんて、やっぱり僕には思えない。今日の夜会を楽しみにしているであろう彼女たちに対して、ミルクと卵を運搬しなかった事への懺悔の念を覚えながら、僕は大きく息を吸い込んで振り返る。


「明日全部忘れるんだとしても、今日という一日を、みんな生きているんだ」


 ――何も知らずに、だけれど精一杯に。明日が来ると信じて……


 雨粒に濡らされた僕らは、夕日に揺れて、長さを変える自分たちの影に視線を落とす。影が二つしかないように見えた。でもそんな筈はない。確かめようと、もう一度視線を落とす頃には、雲が流れ込んで影は見えなくなっていた。地面を濡らす水溜りの反射が、僕にくだらない錯覚を覚えさせたみたいだ。

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