2 大人たちは誰も信じない
夜会に向けて楽しそうにしている村のみんなを横目に、僕らは酒場へと卵を送り届けた。
「やっと来たね、奥に運んで頂戴」
グルタに言われた通りにした僕らは、帰りに彼女に投げ渡されたリンゴを受け取った所で瞳を上げた。すると僕らが話し出す前に、彼女は肩をすくめて大仰に言い出した。
「なんだいなんだい、暗い顔しちゃってさ。戦争が終わったんだ。今夜にはご馳走にありつけるパーティがあるんだよ? 食欲が満たせるんだ、こんなに喜ばしいこと、他になにがあるってんだい」
「ねぇグルタ、僕らの話しを聞いて欲しいんだ」
そこまで言うとグルタは眉を八の字にして、あからさまに面倒くさそうな仕草を披露した。額には何重にもなったシワが刻まれて、ダブついた顎を上げている。
「アンタねぇ! さっきパンを届けに来たエリサから聞いたよ、妙ちくりんな遊びに私を巻き込むんじゃないよ。私は夜会の調理担当なんだよ、忙しいんだ」
相変わらずのぶっきらぼうな口振りに肩を落とした僕は、溜息を吐いて酒場を後にしていく。
空っぽのカゴを持ってトボトボ大通りを歩いた。魔女の呪いのことなどつゆ知らないみんなは、朗らかに笑い合って未来を信じて疑っていない。
「僕らが大人だったら、みんなに話しを聞いてもらえたのかなぁ」
そう僕が言うと「このままだったら、僕らはいつまでも子どものままさ」と返って来た。スノウの言う通りだ。無いものをねだったって仕方が無いんだ。今ある状況で、この呪いに立ち向かわないと何も変わらない。
するとそこでスノウの視線が遠くへと投じられた。向こうに小さいミルクタンクの影が見える。そこで僕は閃く。大人はダメでも、僕らと同じ子どもならこの話しを信じてくれるのでは無いかと。
程なくすると、ヤギのミルクを頭に抱えたティーダが僕らの前に現れる。走り去って行こうとする彼を遮るように、僕は道を塞いだ。
「待ってティーダ!」
「うわっ、レイン危な――っ」
バランスを崩したティーダと衝突して、ミルクまみれになって倒れ込んだ。やってしまった、と言うのを口にしないでもわかる表情で、右膝を擦りむいたティーダが体を起こす。
「いてて、なんてことするんだよレイン! ミルクが無かったら夜会が台無しじゃないか。あぁ〜ママに怒られる」
頭からミルクを被った僕は、狼狽するティーダの肩を掴んで必死に訴える事を先決した。
「どうか僕らの話しを信じて欲しいんだティーダ」
「え……え? 何?」
目を丸くしたティーダに僕は事のあらましを伝える。過ぎゆく村人がミルク塗れの僕らを変な目で見るけど、そんな事関係ない。……やがて事態の説明を終えた僕はティーダの反応を窺う様にした。
「それ……本当なのかレイン!」
これまでにない反応が嬉しくて、僕とレインは視線を交わして薄く微笑み合った。だがティーダは言う。
「キミたちが、こんな嘘を言う訳がないとは思うけれど、でも……とてもじゃないけれど、まだ信じられないよ」
そう言われ、僕はティーダに証拠を見せると言った。彼に伝えたのは、向こうに見えるあの大木のところに、やがて見たこともない仮面の男が現れて村の女たちに取り囲まれるという事。それと彼の話す無茶苦茶な話しの内容だった。
僕らは三人井戸のヘリに腰掛けて仮面の商人を待った。程なくポツリと雨が垂れて来ると、衆目に晒されたまま、身振り手振りで一人葛藤している、手足の長細い仮面の男が歩いて来た。
「本当に来た!」
興奮混じりのティーダの様子に、僕らは静かに頷いてみせる。そうして怪しい男の様子を眺めると、なにやら火が付いたみたいにモゴモゴ喋り続けているのに気付く。
「妙だ、誠に妙だ。理解ができない。夢を見ている? そうか、私は夢を見ているに違いない。でなければ、あの石の壁の向こうに、このようにして、牧歌的に暮らす人々の光景など見える訳がなかろう。そうか、であれば今私の目撃している景色は全て夢想に過ぎず、そこに生きているように見える人間の数々も、実態のない幻影であると思われる……」
ぶつくさぶつくさと喋っていた仮面の男は、やがて村人に囲まれ、大木に背を預ける形で追いやられる。そして僕らが予言した通りの事を語って、「妙だ、誠に妙だ」と繰り返していた。程なく出来た人だかりで仮面の男が見えなくなると、ティーダは色を失いながら僕らに振り返った。
「……すごい、本当だ! 未来のことがわかるって事は、キミたちの言っている事は全部本当の事だったんだな、信じられないよ!」
僕らの事を信じてくれた様子のティーダ。良かった、この繰り返しの謎に挑む者が一人増えただけでも随分と心強い。
周囲から見たら、今晩の夜会の準備を堂々とサボっているだけにしか見えない僕らは、バツが悪いのでその場を後にしようとした。けれどそこでスノウが僕の背中を掴んだ。細い視線に振り返ると彼は耳元で囁いた。
「あの商人はいつここに来たのかな?」
……確かに言われてみれば変だと思った。その疑問を口にしながら、僕は難しい顔で腕を組んだ。
「……村の誰もがあの商人に見覚えが無いと言うし、僕らのメモにもあの商人の記載は無かった。あんな奇怪な男が現れたら必ずメモに残す筈なのに……なら彼はいつこの村に現れたんだろう?」
「誰も見たことがないんだから今日だろう?」
そうティーダが言ったので僕は説明する。あの男は昨日もここで、“今日”ここに来たと言っていたんだという事を。合点がいったのかそうでもないのか、一度空へと視線を投げたティーダは色黒の肌を擦りながら口を開いていく。
「仮面の商人の言う“今日”と、僕らの“今日”がズレているってこと……かな?」
「“今日”が……ズレている?」
小首を傾げたティーダと一緒に考える。間違いなくあの仮面の商人は、終戦の知らせを受けた日――つまり村人の言う“昨日”までは、この村に存在しなかった。まるで煙の様に現れた見たいじゃないか……彼はいつ、どのタイミングで湧いて出たのだろうか。それと彼は死の霧は無いなんて呟いているけれど、僕らのメモには既に死の霧は石の壁の外に充満していると書かれている。彼の口にするあまりにチンプンカンプンな話しの内容も相まって、ひたすらに怪しさが増していくばかりだ。そもそもからして、今日ここに来たというのも、彼のデタラメの一つなのかも知れない……なんて考えていたら、だんだんと思考が煮詰まってきた。
「あらあらレイン、こんなところでどうしたのかしら?」
「あ……フェリスっ」
突然背後から声を掛けられて慌てふためいていると、フェリスの視線はティーダにも向いて、彼を跳び上がらせる。
「ティーダも居るわ、どうしたの、夜会の準備は?」
「あわっ、違うんだこれは……あわわ、お母さんに言わないでぇ」
通り掛かったフェリスに目を丸くされ、僕らは一目散にその場を後にした。




