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第八十五話 ユーリアの故郷(2)

「どう?落ち着いた?」


 ユーリアの目は泣きはらし、赤く充血していた。顔の毛細血管からも内出血し、頬が赤く染まっている。


「ありがとう、カズミ。私、現実を理解していなかった。飢餓と言っても、お腹をすかして困っているくらいだろうって思ってた。脱ソ機関に助けてもらって出国したときも、少なかったけど食料はあったの。本当の飢餓がどんな事なのか知らなかった・・・」


「わたしも、こんなにまでひどいとは思わなかったわ。でも、ここで立ち止まっちゃだめよ。彼らを救えるのは私たちだけなんだから」


「そうね。頑張りましょう。もしかしたら、生きている人がいるかも知れないわ。一緒に探しましょう」


 二人は他の家のドアを開けて確認する。しかし、どの家も同じような状態だった。安馬野はフイルムが続く限り撮影をした。子供の白骨には共通した特徴があった。頭蓋骨がないのだ。おそらく、頭だけは埋葬したのだろう。死んだ我が子の顔だけは、埋葬してやりたかったのだと思った。


 ユーリアも、歯を食いしばって8mmを回して撮影する。ここは、まさに地獄だった。


 ほとんどの家の調査を終えようとしていたときだった。


「カズミ、あそこを見て!白骨じゃないわ。生存者かも!」


 ユーリアが牛小屋を指さして駆けだした。スカートをはいているように見える。もしかしたら友人のスサンナかも知れないと思った。


 二人は牛小屋にたどり着く。そこには、15歳くらいの少女と10歳くらいの少年が横たわっていた。頬は痩せこけていて、肌はかさかさだった。そして、少年の鼻からはハエの幼虫がこぼれだしていた。


 二人は息をのむ。少年は既に死んで数日が経っている。二人の足下には桶があり、その中には、まだきれいな水が入っていた。


 安馬野は少女の首筋にそっと手を当てる。


「生きているわ」


 こんな地獄でも、生きている人がいた。何としても、この少女を助けるのだ。


 安馬野は水筒を開け、自身の指先を水に濡らして少女の唇を湿らせる。


 すると、少女はゆっくりと目を開けた。


「ねえ、大丈夫?しゃべれる?」


 安馬野は持っていた水筒を少女の口に寄せる。少しずつ唇をぬらし、少女はのどを潤した。


「ああ・・天使様ですか・・・・救いに来ていただけたのですか・・・?」


 少女は、意識が混濁していた。そして、安馬野とユーリアを見て天使だと思った。神様が救いの御使いをさしのべてくれたのだ。


 少女は一言しゃべった後に、また目をつむってしまった。


「ユーリア、彼女を飛行機まで運ぶわよ」


 安馬野が少女を背負う。そして、荷物をユーリアが持ち水上機のおいてある池まで急いだ。


 ――――


「セルゲエンコヴァ少佐。調査に入った村で、生存者を一人発見しました。他の村人は全員死亡です。少女を連れて帰るので、救援の水上機を回して下さい」


 水上機の無線機で艦隊に連絡をする。あらかじめ航空プランを提出してあるので、高矢曹長なら間違えずに来てくれるだろう。彼女は最高のバディだ。


「カズミ。この子を後席に乗せて連れて帰ってあげて。私はここで高矢曹長の機を待つわ」


「バカなことを言わないで。一人は危険よ。仲間を一人で危険にさらすわけにはいかないわ」


「でも・・・」


「気持ちはわかるけど、もし、高矢曹長が来たときに、あなたに万が一のことが起きていたら、彼女は責任を感じるわ。わがままを言わないで。おねがい」


 ――――


 少女を木陰に寝かせた。そして、ハンカチをぬらして口に当てる。しばらくすると、彼女は目を開けた。


「よかった。意識が戻って。あなたはあの村の人?」


「・・・・・いえ、別の・・村から来ました・・・」


「そう。もうすぐ迎えの飛行機が来るから、そうしたら、お医者様に見てもらいましょう。あなたは助かったのよ」


「ああ、天使様・・ありがとうございます。でも、でも、私はもう救われないのです・・・」


 少女の視線の焦点は合っていない。意識の混濁が感じられる。


「天使様。私は大罪を犯してしまいました。わたしは、生き残るために、妹を食べたのです・・・・」


 その言葉を聞いた瞬間、安馬野とユーリアは心臓がギュッと何かに掴まれたような、そう、この世にあらざる物の何かに掴まれたような気がした。息が詰まる。村の家では人骨が散乱していた。人によって解体され、肉をそぎ落としたものだ。この少女の村でも、同じように死んだ人間を食べたのだろう。


「もう、ずいぶん長い間、食べ物がありませんでした。村の男の人たちは、墓を掘り返して、死んだ人を食べました。近くの家では、おじいさんが孫を殺して食べて・・・そして、食べられた子供のお父さんが、そのおじいさんを殺して食べました」


「もういいのよ。あなたは救われたの。もう、忘れて。大丈夫なのよ」


 ユーリアは、少女の口から出てくる言葉を、現実を聞きたくなかった。自分の故郷で、こんな悲惨なことが起きていたなんて。


 しかし、少女の独白は続く。それは、神にすべてをさらし、懺悔し、許しを請おうとしているようだった。


「妹が死んだ日の夜、お父様とお母様がお肉を持ってきました。私はそれが何か、すぐに判りました。でも、私たちは妹を食べるしかなかったのです。何日かは、それを食べました。でも、お母様が伏せってしまい・・・しばらくして死んだのです。そうしたら、村の男達が押しかけてきて、お母様は死んだのだからみんなの物だと・・・みんなで分けようと言ってきたんです・・。お父様はどうすることもできず、私たちを連れて逃げました。行く宛てなどありません。途中、動物の糞があれば食べました。納屋の壁に埋め込まれている牛や馬の糞があれば、それを削って食べました・・・・」


 二人は言葉が出ない。この世の中に、こんな悲惨な事があるのだろうか?本当に現実に起こったことなのか?


「何日目かの野宿で、お父様が死にました。朝、冷たくなっていたのです。そして、弟と二人でこの村までたどり着きました。井戸の水が使えたので、弟と二人で水を飲めましたが、すぐに弟は動かなくなってしまいました・・・・うう・・・ううう・・・・」


 少女は泣き始めた。しかし、脱水症状で涙も出ない。


 生きるために、牛や馬の糞を食べる。そして、肉親である妹までも・・・・


 しばらくすると、一機の水上機が見えた。



※資料をもとに、実際に起こったと思われる内容に近づけて描いています。

第八十五話を読んで頂いてありがとうございます。

ホロドモールの資料を読んでいて、本当にスターリンに対して怒りがこみ上げてきました。


完結に向けて頑張って執筆していきますので、「面白い!」「続きを読みたい!」と思って頂けたら、ブックマークや評価をして頂けるとうれしいです!


おもしろくない!と思ったら「★☆☆☆☆」でも結構です!改善していきます!


また、ご感想を頂けると、執筆の参考になります!


「テンポが遅い」「意味がよくわからない」「二番煎じ」とかの批判も大歓迎です!

歴史に詳しくない方でも、楽しんでいただけているのかちょっと不安です。その辺りの感想もいただけるとうれしいです!


モチベーションががあがると、寝る間も惜しんで執筆してしまいます。


これからも、よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言]  民族浄化にしては不徹底だし、計画経済の本質的な欠陥でしょう。毛沢東も大躍進で同じような事をやらかしてますが、実務経験もない素人が計画を立てるんですから当然の如く失敗します。  目的である…
[一言] >ホロドモールの資料を読んでいて、本当にスターリンに対して怒りがこみ上げてきました。 共産圏なんて、スターリンに限らずどれも似たりよったり。どこぞの国の公安の監視対象になってる党もそうだけ…
[良い点] 現代のウクライナ戦争の歴史的背景を、うまく創作に落とし込んでいる。 [一言] 救出された少女は、この世界線のアンネ・フランクになりそう。 同時に世間の好奇の目に晒されることになり、その後の…
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