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第六十三話 ブラックサーズデイ(3)

 ウォール街大暴落によって、銀行預金の流出が起こり、また、保有株の含み損もあってアメリカ中の銀行は資金不足に陥っていた。その資金を補うためと、不良債権処理の為に“貸しはがし”を進めたのだ。


 さらに、連邦準備制度理事会(FRB)は公定歩合の引き下げに消極的であった。正貨ドルの防衛という意味合いがあったのだが、これは当然貸出金利の高止まりを意味することであって、資金繰りの悪化した企業にとっては死刑宣告に等しかった。


 貸しはがしの被害は、農村部で特に激しかった。


 ブラックサーズデイ前までは、それまで有り余っていた資本が、シカゴの先物市場にも流れ込んでおり、小麦や大豆といった農産物の先物価格が過熱していた。小麦や大豆価格の上昇は、農家の収入を増やし、設備投資へのモチベーションを上げ、そして、農業設備の導入や大規模化といった事業に、金融機関は積極的に融資をしていたのだ。


 しかし、ブラックサーズデイのあおりで、先物市場も崩壊する。たった数ヶ月で、穀物価格は60%も下げたのだ。この価格では、農家は事業を継続できない。


 金融機関は無情にも、農家から融資の引き上げを行った。


 そんな中、リチャード・アライアンス・バンク(RAB)は、金融機関から貸しはがしにあっている企業や農家に対して、積極的に融資を実行した。また、銀行が持っている不良債権も積極的に買い入れる。そして、経営危機に陥った地方銀行を、次々と買収していったのだ。


 しかも、融資の金利は1%~4%と、当時では信じられない低利での貸し出しだ。これは、しばらくはデフレーション(デフレ)が続くことを見越した利率である。


 デフレとは、物価が下がっていく経済現象のことだ。例えば、物価指数が100ポイントだったとして、半年後に80ポイントになったとする。これは、デフレが20%進行したと表現される。逆を言えば、1ドルで100の商品を買えていたものが、半年後には、1ドルで125の商品を買えるようになる。つまり、商品価格が下がると言うことは、通貨の価値が上昇するということだ(国内限定)。こうなると、現金を使わずに持っているだけで価値が上昇するため、さらに消費が抑制されてしまう。しかしこの状態は、金融機関は貸出金利を低く抑えても、実質の利益を確保できると言うことでもある。


 RABは、こうして低利での融資を積極的に進めていった。


 また、本来はFRB(連邦準備制度理事会)がするべき仕事であるはずの、金融機関へのドルの供給も積極的に行った。金融機関が持っているアメリカ国債を買い入れたのだ。貸しはがしをしている金融機関も、貸出残高が減少すれば、当然利益も減少する。金融機関に資金が潤沢にあれば、貸しはがしをする必要は無いのだ。


 さらに、RABは安心して預金の預け入れが出来るように、RABの預金に付帯する預金オプションとして“ロマノフ・ワランティ”と呼ばれる保証を売り出した。これは、預金額の0.5%を保険料として支払えば、万が一RABが破綻した際には、ロシア政府が全額保証するというものだ。


 当時は、“ロマノフ家は世界の富の3分の一を持っている”とか、“スイス銀行やイングランド銀行に莫大な金額の預金がある”といった都市伝説が信じられていた。ロマノフ家の保証があると言うことは、大きな安心材料となって、RABに預金が集まり始める。


 ブラックサーズデイから始まるウォール街大暴落によって、リチャード・インベストメントは130億ドルもの資金を得ることに成功していた。これは、アメリカ連邦予算の4年分以上の金額だ。日本円にすると約276億円になり、日本の国家予算の約18年分の金額になる。


 リチャード・インベストメントは、その金額の多くをロシア銀行に預け入れた。そして、ロシア銀行はその潤沢な資金をリチャード・アライアンス・バンクに融資していたのだ。


 さらに、市場でのアメリカ国債の買い入れも積極的に進めていき、その発行額の32%をRABが保有することになった。


 こうして、リチャード・インベストメントグループによるアメリカ経済の支配が進んでいく。


 ――――


「盛大なマッチポンプね。大暴落を引き起こして経済危機を作って、そこで搾り取ったお金で、搾り取られた人を救うなんて、悪魔でも思いつかないわよ」


 リリエルが半目で俺を見ている。


「大暴落は俺たちが何もしなくてもいつか起こるよ。ブラックサーズデイは世界恐慌の引き金にはなったけど、主要な原因じゃ無い。世界恐慌の本当の原因は、ブラックサーズデイの後の、不良債権処理の失敗と、貸しはがし、貸し渋りによる企業の倒産、そして、アメリカの「スムート・ホーリー関税法」の施行だよ。特に「スムート・ホーリー関税法」によって、世界貿易は半分以下にまで落ち込んだからね。そして世界はブロック経済へと進み、ナチスの台頭を許してしまい世界大戦へと」


 ※スムート・ホーリー関税法とは、アメリカが輸入品に対して40%もの関税をかける法律。この法律の施行によって、世界貿易は大打撃を受け、世界恐慌が始まることになる


「これで、世界大戦は防げそう?」


「スムート・ホーリー関税法の成立を阻止するために、ワシントンにかなりの数のロビイストを送り込んでる。それに、上院下院議員たちにも“実弾(現金)”をそうとう撃ち込んだからね。なんとか法律を廃案にしたいな。でも、リチャードを使って、アメリカ経済の落ち込みを最小限に押さえたとしても、失業率はやっぱり10%を大きく越えると思うんだよね。史実の20%以上よりはかなりましだけど。いずれにしても、アメリカはある程度自国産業の防衛に出ると思う。そのしわ寄せを、フランスやドイツはまともに受けると思うから、そうすると、やっぱりナチスは台頭してくると思う。経済的に困ったフランスは、ドイツから賠償金を無理矢理にでも回収しようとするからね。そもそも、1923年のルール占領で、ドイツ人のフランス人に対する感情は最悪を振り切ってるし」


「そっかぁ・・・。戦争って、なかなか防げないのね」


「諦めるのはまだ早いよ。ブラックサーズデイの影響は、少し遅れて日本でも昭和恐慌として現れるから、それを防がなきゃいけない。とりあえず、金解禁は阻止できたけど、史実では、米や絹の価格が暴落して農村が疲弊した所に凶作が発生して、自殺や娘の身売りが多発したんだよね。これが2.26事件の遠因にもなってる。この世界線では潤沢に資金があるから、農村にてこ入れをして、なんとか軍部の暴走を押さえたいね」


 ――――


「リチャードはヒーロー気取りか?積極融資に使っている資金も、元はといえば我々から吸い上げた資金だろう?すさまじいマッチポンプだな」


「しかし、リチャードが融資や不良債権の引き受けをしなかったら、アメリカ経済はもっと激しく落ち込んでいたはずだ」


「それは、連邦政府やFRBが無能なだけだろう。フーヴァー(大統領)とヤング(FRB議長)があそこまで無能だとは、我々も思わなかったよ」


「大暴落で儲けた資金は、一度、ロシアに送金されている。タックスヘイブンを使った租税回避策だな。その資金が”リチャード・アライアンス・バンク“に流れている訳だ。そして、ロシア政府の保証となれば、リチャードは間違いなくロシアと繋がっている」


「これは、ロシアの経済侵略かもしれんな」


 ――――


 そしてちょうどその頃、ロシアの海運会社が発注していた330m級貨物船2隻が、アメリカから日本に向けて出港した。さらに3隻、同型船が建造される。



第六十三話を読んで頂いてありがとうございます。

経済で世界征服?


完結に向けて頑張って執筆していきますので、「面白い!」「続きを読みたい!」と思って頂けたら、ブックマークや評価をして頂けるとうれしいです!


おもしろくない!と思ったら「★☆☆☆☆」でも結構です!改善していきます!


また、ご感想を頂けると、執筆の参考になります!


「テンポが遅い」「意味がよくわからない」「二番煎じ」とかの批判も大歓迎です!

歴史に詳しくない方でも、楽しんでいただけているのかちょっと不安です。その辺りの感想もいただけるとうれしいです!


モチベーションががあがると、寝る間も惜しんで執筆してしまいます。


これからも、よろしくお願いします!

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スムート・ホーリー関税法… なんだか、現実世界のトランプ関税を思わせますね。
[良い点] まさしく、戦争は経済活動の1部として現れますね
[一言] 面白い
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