鉄血女帝アナスタシア 第五話
大日本帝国宇宙軍 第二巻 絶賛発売中!
イラストはもちろん湖川友謙先生です!
帯のコメントは湖川先生と紫電改三四三などを執筆されております須本壮一先生の御両名から頂きました。
ご購入頂けると嬉しいです!
「申し訳ありません、姫様。しかし、そのような事をよくご存じですね。それでもやはり日本は遠すぎます。何とぞご再考を」
お父様の執務室へ行く廊下でも、なんとか私を翻意させようとルスランが必死で説得してくる。この時代、日本はサルがちょっとだけ進化した国で未開で野蛮な国家というのがヨーロッパでの一般的な認識だった。露日戦争も日本では日本の勝利という認識なんだけど、ロシア国内ではバルチック艦隊が大損害を受けたけど陸ではロシアが圧倒的に優勢で、実質引き分けだと思ってる人が多数だ。実際賠償金も払ってないしね。直接戦争に参加していない兵士や民衆はみんなそう思ってる。
お父様の執務室の前では侍従のルバノフが私を待っていた。そして私とルスランを確認してからドアをノックする。室内からの返事を待ってからゆっくりとドアを開けてくれた。
「お父様、急な拝謁を許可して頂き誠にありがとうございます」
実の親子とは言えロシア皇帝に拝謁を願い出て許可されたのだ。そのことに最大限の感謝を表して完璧なカーテシーを決めて見せた。どうよ!
「アナスタシア、そんなに堅苦しくしなくても良いぞ。いつものように駆けよって抱きついてくれた方が嬉しいな」
あれ?10歳のころの私ってそんなに礼儀がなってなかったかしら?ちょっと恥ずかしいわね。
「お父様、実はお父様にお願いしたいことがあります」
私の左後ろでルスランが青ざめているのがひしひしと伝わってくるわ。それでもダメよ。これだけは必ず押し通してみせる。
「私を日本の学習院に留学させてください。日本の皇族や貴族の通う学校です。何とぞお許しをお願いいたします」
そう言って私はお父様の目をまっすぐに見据えた。これが実現できなければロシア革命が起こってお父様もルスランもルバノフも死んでしまう。正に決死の覚悟というヤツだ。伝われ!お父様に私の覚悟が伝わって!
「・・・・・・・・日本へ留学だと?そんな事が許されるとでも思っているのか?」
お父様はたっぷり時間を掛けて私の言った言葉を理解したようだ。私の言葉がおそらく予想の斜め上すぎたのね。そしてお父様の表情はとたんに不機嫌となって私を睨んできた。
「私があの国で殺されかけたことを知らないのか?今でもその傷が痛むことがある。あんな野蛮な猿の国に何故行きたがるのだ?10歳になってからのお前は少しおかしくなったのでは無いのか?」
そう言ってお父様は私の斜め後ろに控えるルスランを睨んだ。10歳になってから変わったことと言えばルスランが護衛兼教育係として赴任したことくらいなのだから、お父様がルスランを疑うのは無理も無いわね。
「お父様。お父様はその日本で現地妻を所望されて駐在武官を困らせましたよね?さらに長崎では右腕に竜のタトゥーまでされて上機嫌であったと聞きました。一人の凶人に斬りかかられたとはいえ、それで日本全てを野蛮な猿と言うのは思慮深いお父様とは思えません。いささか短慮に過ぎます」
ガタッ
お父様は顔をまっ赤にして椅子から立ち上がった。憤怒の形相というのが正にぴったりだろう。
「アナスタシア!お、お前は何故そんな事を知っているんだ!!それに皇帝の私に向かって短慮だと!!」
お父様の怒りにルバノフもルスランも顔から汗をだらだらと流している。顔色は蒼白を通り越して石膏像のように真っ白だ。心臓が止まってるんじゃ無いの?これ以上お父様を怒らせたら本当にどうなるか解らないけど、勝巳のことを“猿”呼ばわりしたことはもう許せないわ。革命を待つまでも無くこの手で血祭りにあげてやろうかしら。
「お父様、そういうところが短慮だと申し上げております。10歳になってから私に大きな変化が起こりました。それは、おじいさまのアレクサンドル三世陛下が毎晩私の夢に出てきて語るのです。お父様が小さかった頃、女のようになよなよしていて心配したとか、法学の勉強は熱心では無く授業中に鼻くそをほじって注意されたとか、お母様との結婚に反対してバレリーナの女を愛人にあてがってしまったことは間違いだったとか、時に笑い、時に泣きながら私に語りかけます。それは正におじいさまの告解だと思えるのです」
私はお父様の目をまっすぐに見据えて力強く堂々と語って見せた。
お父様はただ震えながら呆然と私の前に立っている。先ほどまで怒りに満ちていた眼は、今は驚きのあまり落ち着きが無く私に視線を合わせることが出来ていない。たかだか四十すぎの若造がこの私に太刀打ちできると思うなよ。




