鉄血女帝アナスタシア 第一話
第二巻発売を記念して「大日本帝国宇宙軍 鉄血女帝アナスタシア編」の連載を開始しました!
神魔大戦編の21話で1911年に転生したアナスタシアがロシア革命を未然に防ぐまでの物語です。
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イラストはもちろん湖川友謙先生です!
帯のコメントは湖川先生と紫電改三四三などを執筆されております須本壮一先生の御両名から頂きました。
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2002年7月30日
ロシア サンクトペテルブルク
聖イサアク大聖堂
ロシア帝国皇帝アナスタシアの葬儀が厳かに執り行われていた。日本の天皇と共に世界大戦を戦い抜き、この世界に平和をもたらした英雄の一人が天に召されたのだ。その死を悼み、世界中の首脳が聖イサアク大聖堂に集まっていた。
アナスタシア皇帝は101歳まで大病を患うことが無かったが、さすがにここ数年は車椅子での生活になっていた。そしてメイドがいつものようにアナスタシアの居室に入ったところ、ベッドの上で穏やかに息を引き取っていたのだ。老衰だった。
2002年8月8日
大日本帝国宇宙軍 富士研究所
「アナスタシア、準備は整ったよ。最終確認だ。本当に良いんだね?」
高城蒼龍は、防爆ガラス越しにマイクで話しかける。そこには、SFアニメに出てくるような白いスーツを着た老女がカプセルに入っていた。そのカプセルからは様々なチューブやワイヤーが放射状に伸びていて、まるで天使の羽根を思わせるようだ。
「蒼龍、何度も聞かないでくださるかしら?もう気持ちは固まっているのよ。それに、立派な葬儀も上げてもらいましたしね。もし中止をしたら私はどうすれば良いのかしら?」
あの時代を生きた高城蒼龍の友達も、アナスタシアで最後になってしまった。そして今、アナスタシアは自らの意思で旅に出ようとしている。
「解りました、アナスタシア。念のため、最後にもう一度説明をさせてください。このシステムを起動したら、あなたの魂のコピーが作られます。霊力を持っていますが、厳密に同一というわけではありません。コピーを取得する過程で、オリジナルの魂は一度分解されますが、リリエルの描いた魔法陣によって集められて神の下へ送られます。そしてコピーされた魂は開発中の量子コンピューターに取り込まれます。成功すれば、自分のカラダがコンピューターに置き換わったと感じるでしょう。記憶も意識もそのまま引き継がれます。ただし、失敗する可能性もゼロではありません」
現在開発中のスーパー量子コンピューターのコアは、人間の魂を収めるように設計されている。霊子力の研究の過程で、人間の持つ「直感」には霊子力学的根拠のあることが判明した。そしてそれは、量子コンピューターのアルゴリズム補正に役立つことがわかったのだ。
「ええ、大丈夫よ。私はね、勝巳が守ったこの世界の行く末を見届けたいの。それに、どちらにしても私の命はあと1年か2年。それなら少しでも蒼龍の役に立ちたいわ」
カプセルに収まったアナスタシアは優しい笑みを蒼龍に向けた。何もかも覚悟し、何の憂いも無い天使のような笑顔だ。
「それに、オリジナルの魂は神様の下へ行くのでしょう?そうしたら勝巳にも逢えるわ。今から楽しみで仕方が無いのよ」
アナスタシアのその言葉に、高城蒼龍は目を閉じてこの80数年の出来事を思い起こす。ニコラエフスク事件で有馬勝巳がアナスタシアを保護し日本に連れて帰ってきた日のことが、つい昨日のように思い出された。
「解りました、アナスタシア。では、システムを起動します。・・・・・・3・2・1・・」
高城蒼龍はコンソールのエンターキーを叩いてシステムを起動させた。あらかじめプログラムされたとおりに動作をしている。そして、アナスタシアの周りに光の粒子が集まってきた。それはアナスタシアのカラダを光らせ、その光はカプセルに繋がっているチューブに吸い込まれていった。
輝きを失ったアナスタシアの体は、今までと同じようにカプセルに収まっている。しかし、そのバイタルを示すグラフには、生命活動を停止していることが示されていた。
「アナスタシア・・・」
今この瞬間、アナスタシアは肉体的な“死”を受け入れたのだ。魂を吸い出すことですぐに肉体も死ぬわけでは無いのだが、101歳のアナスタシアはその魂によってなんとか生命活動を維持していたのだろう。アナスタシアが望んだこととはいえ、自らが開発したシステムによって生命活動を終わらせたことに、高城蒼龍は複雑な思いを感じていた。
そしてコピーされた魂の再構成が始まる。ディスプレイには完了までの予想時間が表示されていて、処理状況がテキストで表示されていた。そしてカウントがゼロになり、システムの再起動が始まる。
このシステムには絶対の自信があるが、それでも万が一と言うことも否定できない。正常に再起動するまでがなんとももどかしい。
ディスプレイには、再起動に伴って各ノードのマウント状態がテキストで表示されている。オペレーションシステムは完全にオリジナルなのだが、CUIは高城が前世でなじみのあったUNIXの物を踏襲している。
そして再起動が正常に終了した。
「アナスタシア、無事に成功しましたよ。気分はどうですか?」
高城はディスプレイの上にあるWebカメラとマイクに向かって話しかけた。現状、アナスタシアの入っていると思われるスーパー量子コンピューターには、高城の目の前にあるコンソールからしかアクセスできないように制限をかけている。
「蒼龍・・・が目の前に見えるわ・・・・、すごい!本当にコンピューターに入ったのね!」
アナスタシアの返答を聞いて高城蒼龍は胸をなで下ろした。ここまで来れば問題ない。実験は完全に成功だ。
「アナスタシア、成功ですよ。今はこのカメラとマイクからしか世界にアクセスできないよう制限をかけていますが、開発が進めばアクセスできるようにします」
「そうなの?いっぱい出入り口はあるのに制限されてるのね、って、なんで話し方がこんなに棒読みなの?」
「えっと、それは音声合成エンジンに“棒読みちゃん”を使っているので・・・。アナスタシアの若い頃の音声開発にはもう少しだけ待ってください」
「蒼龍、ぜひ開発を急いでね!ゆっくりしてちゃだめよ。声はいまいちだけど、本当に素晴らしいわ!頭もこんなに冴えてるなんてまるで若返ったみたい!」
と、その時だった。目の前にあるコンソールからアラートが次々に表示され始めた。
「なにっ?!」
そのアラートの全てはハッキングを受けているという内容だ。
「ハッキングだと!?どういうことだ!?ここのセキュリティは世界最高なんだぞ!」
システムはそのハッキングに対して自動的に防壁を展開するが瞬時にその防壁は突破されていく。汚染されたと思われるノードを切り離そうとするがそれも失敗した。そして、外部とのアクセス制限が次々に解除されていく。
この状況に高城蒼龍は既視感を覚えた。これは、前世で加速器が暴走したときに酷似している。想定ではあり得ない状況が発生しているのだ。
誰かがこのタイミングを狙ってサイバー攻撃を仕掛けてきたのか?しかしタイミングが良すぎる。まさかテロリストが宇宙軍内に居るのか?まずい。防壁が突破されて外部と接続出来るようになってしまっては、アナスタシア自身が危険にさらされてしまうのだ。
しかし、そのハッキングの経路をたどっていくと意外なところにたどり着いた。
「内部からの攻撃?まさか、アナスタシア!?」
ログを解析すると、その攻撃の全ては内部から、しかも開発中のスーパー量子コンピューター、つまりアナスタシアから発せられていたのだ。
高城蒼龍は目の前のカメラを睨む。睨むのだが言葉が出てこない。
(・ω≦)
目の前のディスプレイに、テヘペロのアスキーアートが表示された。
「アナスタシア、何をしたのか説明してくれないか?」
高城蒼龍はあきれたように肩をすくめる。
「ちょ、ちょっと新しい体の性能を試してみようと思って・・・でもすごいわ!コンピューターの事なんか全然知らなかったんだけど、今なら何でも解るわよ!今、世界中の監視カメラにアクセスしてるの!あ、これ犯罪じゃ無いかしら?情報を所轄の警察に送るわね。あら、やだ、こんなところで、まあ、若いっていいわね」
スーパー量子コンピューターはまだ開発中で、演算能力は完成時の0.001%程度しか無い。それにもかかわらず、アナスタシアの魂を得たコンピューターは信じられない高性能を発揮していた。
「ねぇ蒼龍。私のオリジナルの魂、勝巳の所へ行けたのかしら?リリエルさんに聞いてもらえ無い?」
「魔法陣で神の下へ送ることは出来たから、きっと大丈夫だろうって。天使でも人間の魂一つ一つの行方までは追えないらしい」
「そう、きっと天国で勝巳に逢えてるわよね。ああ!私も永遠の命じゃなくて勝巳に逢いたかった!でも、人類を救うことも勝巳の遺言だし、うーん、もどかしいわ」
1911年6月18日
ロシア サンクトペテルブルク 王宮
コンコン
美しい装飾のされた大きなドアからノック音がする。窓のカーテンは朝日を浴びていて、間接照明のように部屋の中を暖かな光りに包んでいた。
「大公女殿下、お誕生日おめでとうございます。朝食のお時間です。今日は皇帝陛下もご一緒されるそうですよ」
「ん・・・おはよう、エミーリヤ。そっか、今日、私の誕生日なのね。あのね、すごくすごーく長い夢を見たのよ。悲しいことがあって、でも、たくさん友達もできて、大切な人とも出会えて、そして世界を救うの」
「世界を救うのは素晴らしい英雄譚ですね。でも、今は急がないと皇帝陛下が雷帝になられますよ」
◇
「おはようございます。お父様」
「おはようアナスタシア。そして誕生日おめでとう。お前も10歳になったから、教育係兼護衛を付けようと思ってな。ヤンコフスキー男爵の四男のルスランだ。きっと仲良くなれるぞ」
「・・・・・・?」
あれ?ルスランって聞いたことがあるわ。どこでかしら?もしかして夢の中?
「どうした?アナスタシア。そんな変な顔をして?」
「い、いえ、何でもありませんわ、お父様」
朝食を食べ終わってお父様と一緒に謁見の間に移動したのだけれど、このシチュエーション、どうにも既視感があるのよね。侍従のルバノフが入り口の扉を開くと、そこに最敬礼をしているルスランが立っていて・・・
「お初にお目にかかります。大公女殿下。本日より殿下の教育と護衛の任を賜りました、ルスラン・ヤンコフスキーです。何なりとお申し付けください」
軍装をしたルスランはアナスタシアの前に歩み出て片膝をついた。そしてアナスタシアからの言葉を待っている。
「?」
しかし、いつまで待ってもアナスタシアからの言葉が無い。その状況におそるおそるルスランは顔を上げた。
「え?大公女殿下!いかがなされましたか!?」
そこには、無言で大粒の涙を流しながらルスランを見ているアナスタシアがいた。
「大公女殿下!な、何か無礼をいたしましたでしょうか!?申し訳ございません!」
目の前のルスランは本当に慌てていて、何か謝罪とフォローの言葉を続けようとしているけど口がパクパク動くだけでまるで震えているようだ。この状況に父の皇帝のニコライも動揺している。アナスタシアとルスランは初対面のはずだ。それなのに、何故にアナスタシアは泣いているのかと。
「ルスラン、本当にルスランなのね?夢じゃ無いのよね?」
アナスタシアは片膝をついているルスランに近づき、両手できつく抱きしめた。そして、昨夜見た夢の内容がはっきりと記憶によみがえってくる。
あれは夢じゃ無い・・・・
そうだ。あれは夢じゃ無い。私は蒼龍の研究施設で魂のコピーをコンピューターに移して、オリジナルの魂は勝巳の所へ送られたはず・・・なのに?
“あのポンコツ天使!”
◇
私は涙を流しながらルスランをきつく抱きしめた。そしてルスランの両方の頬にチークキスをする。通常、皇族が臣下に対してチークキスをすることなど無いのだけれど、どうにもこの衝動を抑えることが出来ない。頬と頬を当てるだけでは無く、私はルスランの頬に唇を当てて親愛の情をこれでもかというくらいに伝えた。
「だ、大公女殿下!わ、私は臣下であり男です!大公女殿下がそのようなことをされてはなりません!」
ルスランは顔をまっ赤にして私を押し返そうとするけど、本気で力を入れている訳ではなさそう。ああ、なんて可愛いのかしら。
今のルスランは17歳でもうすぐ18歳のはず。深い海のような碧い瞳にちょっとクセのある金髪で、誰が見ても美丈夫に見える。その金髪を肩より少しだけ長く伸ばしていて貴公子然としたその姿はとても凜々しい。
抗議するルスランを無視して私はさらに強く抱きしめた。ルスランの体はとても鍛えられていてはいるのだが、どうしても隠しようのない皮下脂肪の柔らかさが伝わってくる。100歳のロリババアを舐めるなよ。
「ルスラン、あなた、おかしなことを言うのね。あなたが女性だってことは解ってるのよ」
ルスランは私の言葉を聞いて体をこわばらせた。ルスランが女性であるという事実は、現時点でヤンコフスキー家の人間とお父様とお母様しか知らないはずなのだ。
私の斜め後ろでお父様がため息を吐くのが聞こえた。おそらくお母様が内緒で私に伝えたとでも思っているのだろう。この時期の私はとってもおてんばで、お父様やお母様を困らせていたはずだから、ルスランを抱きしめて頬にキスをするくらいは大丈夫よね。
「ルスラン、今日からあなたは私の騎士よ。あなたの命を私とロシア国民に捧げると誓いなさい。いいわね。あ、それと大公女殿下は堅苦しいわ。そうね、姫と呼んでくださるかしら」
私は跪いたままのルスランの両肩をしっかりと掴んで、まっすぐにその瞳を見た。吸い込まれそうなくらいの深いブルーの瞳が私を見返している。様々な想い出をよみがえらせる瞳だ。私を守る為に命を落としたルスラン。もう二度と会うことは出来ないと思っていたのだけれど。
「はい、姫様。私のこの命、皇帝陛下と姫様と、ロシア国民の為に捧げることをお誓いいたします」
“姫様”
懐かしい呼び名だわ。確かルスランが大公女殿下ではなく姫様と呼んでくれるようになるまで1年くらいかかったのよね。
「アナスタシア、ルスランのことを知っていたのか。まあ彼は“光速の貴公子”と呼ばれていて淑女の耳目を集めるくらいだから、お前が彼のファンだったとしてもおかしいことでは無いのかな?ルバノフ。これからのことをアナスタシアとルスランに説明してやってくれ」
お父様が侍従のルバノフに指示を出した。私はルバノフとルスランとともに謁見の間から出て、学習室へ移動する。ここはお姉様や私が家庭教師から勉強を教えてもらっている部屋だ。南向きに窓があり、温かい日差しが入ってきている。壁にはたくさんの本棚があって、様々な書物が並べてあった。
ルバノフから今後のことについて説明を聞いた後、私はルスランと二人になった。
「姫様、先ほど涙をお流しになったのは何故でしょう?失礼なことをしてしまいましたでしょうか?」
ルスランが不安そうに私を見つめてくる。その瞳はちょっと涙で潤んでいた。ルバノフから今後について説明を受けていたときは普通に接してくれていたけど、二人きりになるとやっぱり気になっちゃうよね。ああ、もう一度ハグしたい。
「私ね、実は・・・・」
ルスランなら全てを話しても安全よね。だって私に忠誠を捧げてくれているのだもの・・・でも、その忠誠ってこれから数年間の生活の中で培われたのかしら?そうすると今全てを明かしてしまうのは危険?
「私ね、夢で何度もあなたのことを見たの。光速の貴公子って呼ばれるルスランに憧れていたのね。だから突然あなたに会えて本当に感激したのよ」
この当時のロシアでは、神秘主義が本当に信じられていた。だから皇帝の血を引く私が夢で見ていたと言えば、そういうこともあるのかと受けいれられるはずだ。案の定、ルスランは少し照れたように笑顔を作って“光栄にございます”と頭を下げた。
明日以降のスケジュールを確認して今日はルスランを下がらせる。護衛と言っても王宮の建物の中では必要無い。離宮に移動したときや、奉仕活動で街に出たときの為の護衛だ。
とりあえず一人になれたから、これからのことを考えましょう。そういえば、蒼龍は転生したときに「天使の智恵」というスキルをもらったと言っていたわ。ということは、私にもそんなスキルがあるのかしら?
そんな事を思い出して、私は自分の記憶を呼び起こしてみる。蒼龍はどんな些細な記憶でも今目の前で見ているように思い出すことが出来ると言っていた。転生のスキルなら私にも出来るはず。
「・・・・・・・・・」
だめだ・・・全然思い出せない。
もちろん印象に残っていることや大事なことは思い出せるのだけれど、目の前で見ているように鮮明には思い出せない。やっぱり天使と魂が融合するとかそういうことがないと無理なのね。じゃあ、
「ステータス・オープン!」
何も起こらない。そりゃそうよね。
一人になって落ち着くと、これからニコラエフスクで勝巳に保護されるまでの事を思い出してきた。そして私は青ざめる。
「まずい!まずいわよ!このままだとロシア革命が起こってお父様やお姉様達が殺されてしまうわ!どうしよう?落ち着け、私!まだ時間はあるのよ。そうだ!勝巳と蒼龍に連絡を取って助けてもらえばいいのよ!」
勝巳・・・
私がコンピューターに取り込まれる20年前に勝巳は天国に召されていた。勝巳に逢えなくなって20年も一人で生きてきたのだ。本当に寂しかった。何度自分から勝巳の元へ行こうとしたことか。しかし、今この時代なら生きている勝巳に逢える。しかもまだ10歳!
やばい!どうしましょ?10歳の勝巳なんて、想像しただけでよだれが出そう。じゃない!だめよ!10歳の男の子に手を着けたら間違いなく犯罪よ!あ、でも私も10歳だから良いのかしら?違う違う!そんな事を考えている場合じゃ無いわ!
私はなんとか自分を落ち着かせてペンと紙を取り出した。そして高城蒼龍宛てに手紙を書く。本当は勝巳にも書きたいのだけれど、何も事情を知らない勝巳に突然“あなたの妻よ”なんて送ったらドン引きされちゃうわね。




