第四二五話 最後の戦い(5)
巣湖で爆発をしたC-47輸送機には最後の原爆が積まれていた。やはりルメイは南京ごと高城蒼龍を葬るつもりだったようだ。そして、C-47に搭載するために、原爆の外殻を切り取って2.6トンにしていたことも、重慶で捕縛した協力者の証言で判明した。
「巣湖での爆発は正常な爆発ではなくて、原爆内部に水が浸入したことによって連鎖反応が起こった結果か」
広島型原爆では、二つのウラン235の塊が合体することによって臨界量を超え、連鎖反応が発生する。しかし今回起爆装置は作動せず、水が減速材となって核分裂が発生した。その為、かなり大きな爆発だったが、いわゆる核兵器の爆発に比べれば小さい規模だった。ただし、核物質によって湖は汚染されてしまったのだが。
「楽将軍の家族の行方はわかったのか?」
「いえ、民国政府(中華民国政府)から続報はありませんので、まだ見つかっていないものと思われます。しかし、おそらく・・」
高城蒼龍の問いかけに、宇宙軍の女性士官が返答する。
楽将軍が何故原爆を抱えて飛び立ったのか、その動機は不明だが、将軍の家族が行方不明になっていたことが判明した。これによって、脅迫されていた可能性が浮上したのだ。
「楽将軍はもしかしたら、自力でテロリストを制圧して墜落させるつもりだったのかもな」
ルメイが楽将軍を利用したことは間違いない。何ら確証は無いのだが、高城にはなんとなくそう思えてしまう。だから、楽将軍の家族をなんとしても確保したいのだが、こればかりは民国政府に任せる他なかった。
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「宋夫人。以上、ルメイが画策したテロへの対応になります。なんとか、最悪の状況だけは回避できたと思います」
総統の執務室に移動した高城蒼龍は、今回のテロ事件に対する現状報告を、資料を交えて説明した。
「ありがとう、高城さん。本来なら、我が国だけで解決しなければならなかった問題ですのに、本当に多くの人を巻き込んでしまったわね。申し訳なく思うわ」
「いえ、宋夫人。共産党とルメイの暗躍は世界の全てにとって敵です。犠牲は出てしまいましたが、世界連合主導で、国々が手を取り合って対処できたことを喜びましょう。世界は必ずや良い方向に進んでいきます」
現在、南京と重慶には戒厳令が敷かれている。そして、重慶にあるルメイのアジトもほぼ絞り込めた。早ければ今夜にも突入してルメイを捕縛できるはずだ。
「これで、全てが終わります」
そうは言ってみたものの、世界から戦争や紛争が無くなるまでに、まだまだ困難が待ち受けていることも知っている。
ベオグラードの核テロによって、世界の民族問題が燃え上がってしまったのだ。
パキスタンとインドの国境予定地域では、既に紛争が始まっている。民族の分布を無視して設定されている、中東やアフリカの直線的な国境地域でも、ナタや棍棒による虐殺事件が発生した。ニュースや統計に登ってこないが、今この瞬間にも、世界中で多くの女子供が殺されているのだ。
「高城さん、“これで終わり”というような表情じゃないわね。まだまだ解決しなければならない問題があるのでしょう?まるで、困難が始まったばかりというようなお顔だわ」
高城は、宋慶齢の言葉を聞いて微笑みを向ける。この人には全てお見通しのようだ。
「はい、宋夫人。まだまだ解決しなければならないことが山積しています。おそらく、世界を二分するような大戦争は金輪際発生しないでしょう。しかし、民族の独立を求める紛争は絶え間なく発生します。宗教の対立によっても紛争が起こるでしょう。我々はそれを放置することは出来ません。積極的に介入し、武力によって紛争を押さえつけることもするでしょう。そうなれば、日本やイギリスでテロが発生します。多くの市民が犠牲になるかもしれません。それでも、我々は、安定した世界への歩みを止めてはならないのです。どんな犠牲を払ったとしても・・・」
日本においても、1800年代後半には戊辰戦争や西南戦争という内戦を経験している。しかし、高城が知っている21世紀の日本において内戦の発生など現実的ではない。それは、とにもかくにも人々が豊かになったからだ。豊かであれば、その生活を壊してでも戦争をしようとは思わなくなる。戦争によって得られる何かと、戦争によって壊される今の生活を天秤にかけた場合、豊かで安定した世界であれば人々は今の生活を選ぶだろう。それが合理的な判断というものなのだ。
しかし、紛争が現実に発生していれば、その地域が豊かになることなどあり得ない。だからこそ積極的に世界連合は武力介入し、停戦を実現した後に経済協力や食糧支援によって人々を豊かにする。常任理事国の内、日本・ロシア・イギリスの間ではそのコンセンサスが取れている。世界の安定こそ、先進国が経済活動をしていく上で最も必要なファクターであることに疑いはないのだ。
コンコン
総統執務室のドアがノックされた。
「どうぞ」
宋慶齢の涼やかな声に、失礼しますと頭を下げて秘書官が入室してきた。
「宋総統。重慶において、ルメイを捕縛したと連絡が入りました」




