第四二二話 最後の戦い(2)
世界各国の諜報機関が全力で調査をした結果、重慶から飛び立った3機のB29には2発の原爆しか積まれていなかったことが判明した。そして、最後の一発は重慶近辺のどこかに隠しているだろう事も判明する。
宇宙軍の分析では、ルメイの目的が高城蒼龍の殺害か、もしくは中国大陸において共産党の残党と民族主義団体を焚きつけての内戦再開にあると判断した。
そして、ルメイの目的を同時に実現させてやるために、高城蒼龍は南京を訪問したのだ。もちろん、高城の南京訪問は極秘扱いとなっていた。しかし、アメリカ国内で一見平穏に暮らしている様に見える例の孤児院出身者の中に、怪しい動きをする者がある事を察知した宇宙軍では、その者達が接触をしていた政府関係者の一部に宇宙軍の高官が南京を訪問するとあえて漏洩したのだ。その情報はもくろみ通り、重慶に居るであろう人間に伝わった。
「予定通りです、宋夫人。長江の貨物船襲撃が開始されました。次は、この南京に潜伏している共産党残党と民族主義過激派が蜂起するはずです。残念ながら全てのアジトの特定はできていませんが、必ずこの南京をお守りします」
「頼もしいわ、高城さん。そして、万が一の時は、この方々が守ってくださるのね」
高城蒼龍と宋慶齢は、深夜にもかかわらず総統執務室で作戦の推移を見守っていた。作戦の進行状況は、リアルタイムで高城蒼龍の携帯端末に送られてきている。
部屋の片隅には、高城と宋慶齢の護衛として数人の屈強な男達が控えていた。
――――
貨物船は上空からドローンによって監視されており、甲板に人が居ないことは確認済みだ。船橋には操舵手がいるが、今日は新月のため明かりがほとんど無い。この状況での侵入作戦は、斉藤達にとっては児戯に等しかった。
船に侵入した斉藤は、船橋を目指す。全長は50メートルほどしか無い小型船だ。船橋への入り口もすぐに確認できた。足音を立てないように船橋に上がり、操舵手をナイフで無力化する。声を出す時間など与えない。
「隊長。乗組員はアメリカ人の可能性があると聞いていましたが、どうみても中国人ですね」
「ああ、確かにな。しかし、目標の貨物船であることに間違いは無い。とにかく船倉を制圧する」
斉藤達は手際よく次々に制圧していった。気づいたテロリスト達からある程度の反撃があったが、予想されたほどでは無かった。あまりの抵抗の無さを訝しむが、船員達は拳銃で武装していたのでテロリストの仲間であることは間違いないだろう。
「船倉の制圧を完了した。お荷物を確認する」
船倉には、ブリーフィングで説明のあった爆弾を、丁度収めることのできるくらいの大きな木箱が置いてあった。おそらくこれが例のお荷物だろう。
斉藤はナイフを取り出して木箱の板を削る。そして直径2センチくらいの穴を開けて中を確認した。
「何も無い。念のため他に荷物が無いか確認しろ!」
懐中電灯で木箱の中を照らして確認したところ、中には何も入っていなかったのだ。部下に命じて船倉を探したが、原爆の入るほどの荷物は発見できなかった。
「こちらレーシー隊ライコフ。こっちはハズレだ。そっちはどうだ?」
もう一隻を襲撃したライコフから通信がはいる。あちらにも何も無かったということだ。
「こっちもハズレだ。船倉を探したが何も無い。どういうことだ?」
――――
丁度その頃、南京市街では銃撃戦が始まっていた。
「くそっ!何処にこれだけ隠れていたんだ!」
陸軍第一空挺団副長の永倉は、防塁から自動小銃を撃ち続けている。敵はろくに訓練もされていないようで、飛び出してきてはばたばたと斃されていった。しかし、後から後から出てくるのだ。
総統府の直衛は中華民国正規軍が担当しているが、その外側は日本軍とロシア軍が世界連合軍として警備をしていた。
ルメイの協力者が潜伏していることは突き止めていて、ある程度の人数も予測をしていたのだが、攻め寄せてくる人数はそれを遥かに上回っている。
ルメイの協力者達は、共産党の残党を密かに集めていた。ヨーロッパや日本に比べて遥かにインフラが整っていないため、地下に潜伏する余地が多くあったのだ。
――――
総統府
総統執務室の近くで大きな爆発が発生した。それに続いて銃撃戦の音が聞こえてくる。外の廊下では男達の怒声が響いていた。
バンッ
総統執務室のドアが蹴破られて、数名の男達が突入してきた。彼らは、中華民国総統親衛隊の制服を着ている。
「総統閣下。申し訳ありませんが逮捕させていただきます。高城中将もご一緒に来ていただきたい」
拳銃を構えて宋慶齢にそう伝えたのは、親衛隊副官の紗安だ。
「紗少佐。裏切っていたのですね」
宋慶齢は嘆息を吐くが、その優美で上品な笑顔を絶やすことは無かった。どこかしら、このことを予測していたようにも思える。
「総統閣下。裏切ったわけではありませんよ。漢民族5000年の歴史に汚点を残さないため・・・ぐふおっ!」
紗少佐は顔面に激しい衝撃を受けて、後ろに吹き飛んでしまった。鼻血が舞い散っている。そして、何が起こったかすぐに理解できなかった反乱兵も、次の瞬間に正拳突きと回し蹴りによって無力化された。
反乱兵の紗少佐を無力化したのは、宇宙軍ルルイエ機関の比嘉中佐とその部下達だ。全員、沖縄武術「手」の達人で、常に高城蒼龍の身辺を警護していた。
「大丈夫でありますか!?宋総統!」
廊下に居た反乱兵達を制圧した親衛隊が執務室に突入してきた。そして、部屋の状況を見て高城や比嘉達に小銃を向けた。
「止めなさい!この方達が反乱兵を制圧してくれたのです」
それを聞いた親衛隊は、表情をこわばらせる。隊員の中から反乱兵を出してしまい、さらにその制圧までも日本軍にしてもらったのではメンツが丸つぶれだ。
「はっ!申し訳ありませんでした!」
「この者達を連れて行って、背後関係を吐かせなさい。膿は全て出し切ります」
何人もの親衛隊が入ってきて、倒れている男達を粗雑に担ぎ出した。床には激しい血痕が残されている。
と、その時、高城の携帯端末に着信音が鳴った。
「なんだと!?どちらにも原爆が無かったというのか!?」




