第四二一話 最後の戦い(1)
1944年11月13日
クーデターによって中華民国を支配していた汪兆銘が死亡した。病名は史実通り多発性骨髄腫であった。
汪兆銘の後継として陳公博が総統になったが、クーデター一派の求心力は急激に衰えてしまう。そして、世界連合や日本からの強い圧力によって、逮捕していた蒋介石を釈放し総選挙が実施されることになった。
1945年1月19日
中華民国の総選挙によって、宋慶齢率いる孫文党が第一党となり宋慶齢が総統となった。そして東アジア経済連合に加盟し、日本やロシアの支援によって近代化を急速に推し進めることとなる。
中華民国首都 南京
「この度は総統へのご就任、おめでとうございます」
高城蒼龍は宋慶齢の総統就任を祝うため、極秘に南京を訪問していた。
「ありがとう、高城さん。これも全てあなたと日本のおかげだわ。汪兆銘クーデターの時、あなたが守ってくださらなかったら、今頃私もどうなっていたかわかりませんもの。あなたは、私と中国にとって最大の恩人なのよ」
汪兆銘がクーデターを起こしたとき、すぐにKGBとルルイエ機関を動員して宋慶齢の身柄の安全を確保したのだ。高城にとって、この極東の安定を実現させるためにはどうしても必要な人物だった。
「ありがとうございます。私も中国の安定こそ日本の、世界の安全に繋がると信じております。私の行動は日本の国益のためですので、そんなに感謝されるとむずがゆいものがあります」
宋慶齢は優美な手つきで、高城のもって来た紅茶に口を付ける。その深い紅茶の香りを吸い込み、うっとりとした表情を見せた。もう50歳代前半になるが、どこか蠱惑的な魅力のある女性だった。
「これは、どちらの紅茶かしら?悠久の時の流れを感じるようでもあり、それでいて若々しく新しい力強さが感じられるわ」
高城蒼龍もティーカップに口を付け、その味を堪能する。
「宋夫人は相変わらず詩人ですね。これは、茶葉をブレンドしています。洞庭山で栽培された碧螺春と、京都産の玉露を発酵させて作った紅茶です。人によっては邪道と言われるかもしれませんが、なかなか良い味に仕上がったのでお持ちしました」
「良い味だわ。中国と日本の茶葉を使っているのね。中日の友好の証と言ったところかしら?」
「はい。私はこのブレンドティーを中国と日本の、宋夫人と私の永遠の友情の証として世に出したいと思っております。よろしければ、宋夫人にこのお茶に名前を付けていただきたく存じます」
「あら、そんなに畏まらなくてもよくってよ。私たちは“ともだち”ですから。そうねぇ、いい名前・・・・“江雲渭樹”はどうかしら?」
「“江雲渭樹”ですか。杜甫の詠った詩ですね。とても良いと思います。私も日本に居るときは“江雲渭樹”を味わって宋夫人に思いを馳せましょう」
※江雲渭樹 杜甫が友人の李白を思って詠った詩を元にした慣用句
「ふふ。こんなおばさんを口説いても何も出ないわよ。でも、あなたは不思議な人だわ。初めて会ってから10年以上になるかしら?高城さんはその時と全然変わっていない。やる気にあふれた男の人は年をとらないのかしらね」
「宋夫人もお若いままですよ。それに、これから中華民国を成長させてもらわなければ成りません。歳をとっている暇などありませんよ」
宋慶齢は目を細めて高城を見た。やはり、あの人(孫文)と同じ匂いがする。人々を平和で豊かな世界に導きたいと、心の底から思っている。宋慶齢には、孫文の生まれ変わりとしか思えなかった。
「その通りね。まだまだ年をとっている暇はないわ。それに、まずは片付けなければならない大仕事が控えているのですからね」
高城蒼龍は背筋を伸ばして宋慶齢をまっすぐに見つめる。
「はい、宋夫人。本当に申し訳なく思っております。しかし、ここで決着を付けなければ、今後の人類史に汚点を残してしまうことになるでしょう。ご協力に感謝します」
「いいのよ、高城さん。それに、連中の秘密兵器はまだ中国にあるんでしょ?あなたの命が狙われているのかもしれないけど、重慶や南京を標的にする可能性もあるわ。何時何処で暴発するかわからない物を放置しておくことはできない。そうでしょ?」
高城蒼龍は宋慶齢に深々と頭を下げた。
――――
1945年2月14日深夜2時 長江
重慶の港を出発し、長江を下っている2隻の貨物船があった。長江は正に大河であり、内陸の重慶まで1万トンクラスの船舶が航行できる。その水運を利用して、数多の船が行き来している。
「こちらヴォジャノーイ隊の斉藤だ。目標の船を確認した。時間合わせ、5・4・3・2・1・今」
「こちらレーシー隊ライコフ。時間、合わせた。予定通り0220(2時20分)に目標デルタを襲撃する」
目標の船は300トンクラスの貨物船2隻だ。このどちらかに“お荷物”が積まれている事に間違いは無い。しかし、どちらがビンゴなのかわからないため、同時襲撃することになった。
日本陸軍第一空挺団の斉藤達20名と、イワン・ライコフ率いるスペツナズ20名が、電動水中スクーターにつかまって長江をすすむ。
そして貨物船に近づき、マグネットを吸着させて取り付いた。水面から甲板まで4メートルほどある。甲板の手すりに細めのロープを投げて絡ませ、まずは一人の隊員が乗り込んだ。そして、背嚢から縄梯子を出して水面に垂らす。
隊員達は素早く縄梯子を登って装備を取り出し装着した。全員が登ってきたことを確認し、インカムを使って小声で命令する。
「突入開始」
第四二一話を読んで頂いてありがとうございます。
土日祝は休載です。
完結に向けて頑張って執筆していきますので、「面白い!」「続きを読みたい!」と思って頂けたら、ブックマークや評価をして頂けるとうれしいです!
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