第四一九話 平和維持軍(1)
宇宙軍本部
「カラチの原爆は本物だったか。残るはあと一つ」
イギリスからの報告によって、間違いなくアメリカで製造された原爆であることが確認できた。アジトへの突入によって、テロリストを一人だけ生きて確保したそうだ。高城蒼龍は、一人だけ生かされた経緯は知らないが、いずれにしても“かわいそうに”と思ってしまう。
孤児として生まれて、たまたま悪魔達が浸透している孤児院に入ったばっかりにこんなことに巻き込まれてしまったのだ。別の孤児院であったなら、もし、悪魔の手先達の存在にもっと早く気づいていれば、彼らも違った人生を送ったはずなのだ。
“洗脳か・・・”
多くの孤児たちが洗脳されてしまい、現在はルメイと共にテロリストとして活動している。しかし、例えば21世紀でも北の将軍様の治める国に生まれて育ったなら、それは洗脳と何ら変わらないのではないだろうか?やはり、全ての人々があらゆる情報にアクセスできるようになり、自由な自己決定を安全に行うことの出来る世界にしなければならないと、高城は認識を新たにする。
ルメイにも妻と子供が一人いるのだが、MI-6やモサドもその家族を人質に取ることは断念したらしい。そこまですると、さすがに非合法活動の証拠をもみ消すことは出来ないだろう。それに、自暴自棄になったルメイがすぐに核爆弾を爆発させるかもしれない。それが世界の何処であれ、大きな被害が出るのは間違いないのだ。
「例の孤児院出身者で現在行方不明なのは118人だ。ほとんどが一度アメリカ政府か軍に就職して、5年から10年で退職している。中には在職中のまま行方不明になっている連中もいるな。動向が把握できているのは925人で、内840人はアメリカで普通に暮らしている。85人の動向は手元の資料の通りだ」
テレビ会議システムの向こうで、ロシアの有馬公爵が報告書を読んでいる。ロシアKGBも、その威信をかけてルメイの動向を追っているのだ。
アメリカ以外の地域で活動している85人については、現状動向を追うことが出来ている。もし原爆に関与しているようなら、カラチのように尻尾を掴むことが出来るだろう。しかし、動向のつかめていない孤児院出身者が118人もいるのはやはり不気味だ。
「118人か。まあ、顔写真は入手できているから、その内どこかで網にかかるとは思うが・・・」
南米とアフリカを除く世界中のほとんどの駅に監視カメラを設置した。録画された映像は衛星経由で宇宙軍に送信され、リアルタイムで顔の識別がされる。大型商業施設や病院、街角の交差点にも急速に設置がすすんでいる。世界連合の加盟国には、道路に信号機を設置する場合、この監視カメラを取り付けることが強く求められていた。
また世界中の通信に関しても、アナログ・デジタルを問わずあらゆる通信内容は傍受され、宇宙軍の高性能AIによって音声解読・文書解読が実施されている。その結果は、もちろん常任理事国で共有されている。
一つ間違えばディストピアにもなりかねないのだが、通信の秘密よりも世界はテロリズムから身を守ることを選択したのだ。もちろん、市民の人権意識が21世紀ほどでは無かったこともあり、高城が恐れていたほどの反発も無かった。
「しかし、これだけ傍受しているのに引っかからないものなのか。相当警戒しているな」
「手紙や伝書鳩を使っているのかもな。そうだとしたらさすがにそこまでは検閲出来ないよ」
――――
ユーゴスラビア内戦は、既に泥沼の様相を呈していた。戦地での民間人虐殺は後を絶たず、難民も増え続けている。世界連合からの圧力で、ユーゴスラビア内戦の当事国や組織に対して武器の禁輸措置がとられているため、弾薬は尽きかけている。しかし、相手方民族への憎悪は留まるところを知らず、銃剣やサーベルでの殺し合いも始まった。遠距離での戦闘より、相手の顔が見える近距離戦闘の方がより憎悪が増すのだ。20世紀後半に発生したユーゴスラビア紛争でも民族間の虐殺が横行し、数万人が犠牲になったとされる。
世界連合ではこの事態を受けて緊急総会が開かれた。そして、連合平和維持軍を組織してユーゴスラビア内戦に介入することが賛成多数によって可決される。
世界連合決議第97号:ユーゴスラビア内戦に対する平和維持軍の派遣の決議
世界連合決議第98号:世界連合による全戦争行為への武力介入を可能とする決議
世界連合決議第98号は、戦争行為自体を違法としたパリ不戦条約の精神を拡大し、内戦を含めてあらゆる戦闘行為を防止するために、世界連合は安全保障理事会の決議を経て武力介入できるとするものだ。この内容は世界連合憲章にも追記され、加盟国は遵守する義務を負うこととされた。また、非加盟国に対しても武力介入できると明記された。
この決議を受けて最も張り切ったのはフランスだった。第二次欧州大戦でほぼ存在感が空気だったのだが、この平和維持軍で世界平和のためのイニシアチブを取れると意気込んでいた。
ただ、日本製の装備が普及しているイギリス軍に比べると、フランス軍の武器は遥かに貧弱で、装甲車両等の配備も遅れている。一部に自動小銃を装備している部隊もあるが、兵士に与えられている小銃の多くは旧式のMAS36だ。弾丸の口径も7.5mmと、イギリス軍や日本軍との互換性が一切無い。さらに旧式のルベル小銃やベルティエ小銃を装備している部隊もあった。これは弾丸口径が8mmなので、前線での補給の混乱が予想された。
その懸念がイギリスから伝えられたのだが、フランスは「問題ない」と返答する。
そして、フランス軍110万人、イギリス軍40万人、日本軍3万人、ロシア軍20万人、イタリア軍1万人、その他5万人の連合平和維持軍が組織されユーゴスラビアになだれ込んだ。




