第四一八話 カラチ特殊作戦
インダス川が形成する広大な三角州の西側。そこに位置するインド西部地域最大の都市、カラチ。砂塵の吹く石造りのこの町に緑は少ない。現在はインドからの独立準備中で、このカラチが新しいイスラムの国「パキスタン」の首都となる予定だ。
多くの人と人種の行き交う町カラチ。人々は砂埃で汚れたサルワール・カミーズを着て行き交っていた。サルワール・カミーズを着ている人たちの多くは行商人だろうか。カラチのバザールで商品を売るために、背中に大きなかごを背負って果物や雑貨を満載している。
※サルワール・カミーズ インド・パキスタン地域の民族衣装
1944年11月22日15時前
もうすぐ礼拝の時間がくる。今まではモスクの関係者からアザーンが呼びかけられて、それを聞いた人々がアザーンを叫んで町中に礼拝時間を知らせていた。
※アザーン 礼拝時間を知らせるかけ声
しかし、ここ数ヶ月でその状況に変化が現れた。人々は、アザーンが聞こえる前から礼拝の準備をするようになった。日本製の腕時計が急激に普及したためだ。それまで腕時計と言えば高級品で、それは富と名声の象徴であった。ここパキスタンで腕時計をしている者と言えば、イギリス人かイギリスへの協力者だけと相場が決まっていたのだが、日本製の“チープウォッチ”と呼ばれる安価な腕時計が発売され、瞬く間に普及することによって誰もが腕時計を着けるようになっている。特に、F91Wシリーズはなぜか“ビンラディンモデル”と呼ばれてイスラム世界に急速に浸透した。
15時を前にして、人々が腕時計を確認し始める。そして町のあちらこちらにある礼拝所に集まり始めた。カラチの下町にある雑多な地域も静かになり人通りがほとんど無くなる。
しかし、背中に商品を満載した行商人達の一部が、ある建物の近くに集まり始めていた。そして、腕のビンラディンモデルで時間を確認する。
15:00
建物の入り口で爆発が起こった。その爆発は建物を破壊するほどでは無かったが、いくつかの窓枠は吹き飛び煙が吹き出ている。
その建物の周りに集まっていた行商人達は、背負っていた商品や果物の中から銃器を取り出し建物に突入した。
「タイチ大佐!B1入り口からの突入に成功!一階西側を制圧!」
「よし!こっちも5階を制圧した!これから4階の制圧に向かう!」
タイチ・ジェイド・ゴーシ大佐の率いるイギリス陸軍特殊部隊SASは、地上と隣の建物を使ってターゲットのアジトへ突入した。近接戦闘なので全員9mmサブマシンガンで武装し、その銃口の下には40mm対人グレネードを装着している。
今回の作戦は、この建物の3階に設置してあるという“お荷物”の受け取りだ。特殊な信管が取り付けられているため通常の衝撃では爆発しないらしいが、万が一に備えて空爆による処理では無く特殊部隊での突入作戦となった。もし、この作戦が失敗した場合、この地域に対して空爆が実施される事になっている。つまり、彼らは作戦を成功させるしか生きて帰ることが出来ないのだ。
タイチの父親は日本人なのだが、イギリスで現地女性と結婚してイギリスの市民権を得ていた。生まれたタイチはイギリス国籍を選択した。しかし、タイチが生まれてすぐの1919年にインフルエンザで死亡してしまう。そこそこの財産を残してくれたので、タイチは無事成長することが出来、第二次欧州戦争にもイギリス軍空挺部隊として従軍した。そして現在ではイギリス陸軍特殊空挺部隊SASの指揮官に任じられている。
5階の制圧に成功したタイチ達は、4階の階段を守っている敵に対して対人グレネードを発射した。たいした威力は無いのだが、狭い石造りの建物の中では破片が跳弾し、周りの敵を無力化してくれる。そして4階に降りて各部屋を制圧していった。
赤い扉の部屋に手榴弾を投げ入れて爆発させた。そして、制圧が出来ていることを確認する。そこには、何人かの子供と女が倒れていた。部屋の隅では子供を抱きかかえた女が悲鳴を上げながらうずくまっている。
タイチはその状況を確認して9mmサブマシンガンの引き金を引いた。悲鳴を上げていた女は沈黙し、部屋の中で動くモノは全て無くなった。
比較的大きなこの建物の中には、かなりの人数が潜伏している。男達はアメリカ人ということだが、そいつらの世話をしている現地の女や子供もいるらしい。しかし、今回の作戦では“動くモノは全て処理”が厳命されていた。イヤな仕事だと思いながらもタイチ大佐はその作戦を部下に命令し、自分自身も当然それを遂行する。
「4階の制圧完了!3階に突入する!」
屋上から突入したタイチ達A班と地上から突入したB班は、ほぼ同時に3階に突入した。そして激しい銃撃戦の末、“お荷物”の設置してある部屋の確保に成功する。
建物の制圧が完了したことを伝えると、しばらくして爆発物処理班が到着した。あらかじめこのタイプの原爆についての知識はたたき込まれている。
弾頭に装着されている小型の八木型アンテナを丁寧に切断する。広島型原爆にはレーダー距離計連動信管が装備されているので、万が一にもレーダー波を拾わないようにするためだ。そして、手順に従って弾頭部分のカバーを外し、持参した液体窒素をかけて極低温に凍らせた。これで内蔵バッテリーも電力を出すことは出来ず、おそらく爆発はしないはずだ。
爆発処理班は信じられないほどの手際で爆弾を分解していった。爆弾尾部のコルダイト火薬を抜き取り、原爆の無力化作業はあっという間に完了する。
「“お荷物”を無事受け取りました。中身はレアチーズケーキです。3人でおいしくいただきました」
タイチ大佐は符丁を使って本物の原爆を確保し無力化したことを伝えた。
今回の作戦では、テロリストに協力者を作ることに成功していた。テロリスト達はほとんどが孤児らしいが、それでもその内の何人かは結婚もして子供を作っている。それを突き止めたMI-6は、その内の一人に協力を依頼した。そいつの妻と子供の薬指を送ってやったら快く協力を承諾してくれたのだ。もちろん女物の指には本人だとわかるように指輪をはめて丁寧に送った。
協力者には、建物の見取り図と人員の配置を報告させていた。作戦開始を15時にしたのは、その時間は礼拝で周りから人がいなくなるためだ。
そしてその協力者は、突入の際の爆発で吹き飛ばされ、窓から外に転落して重傷を負いながらもSASに予定通り確保されていた。そしてこれから尋問が始まる。協力者も必死だろう。協力する限りは妻も子供も生かしておいてやると伝えているのだ。だが、MI-6が非合法活動をしている証拠を残すことなどあり得なかった。
第四一八話を読んで頂いてありがとうございます。
11月26日は臨時休載します。
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