第四一六話 バルカン半島動乱(1)
ベオグラードでの核爆発と時を同じくして、ユーゴスラビア北部地域で“クロアチア独立国”が建国を宣言した。
このクロアチア独立国はクロアチアのファシズム団体で、第二次欧州大戦が勃発した際、ナチスの支援で結成された。ユーゴスラビアからの独立を目指して大戦中も各地でテロを行っていたが、ナチスが滅んだことによってその勢力を失い、最近では活動も把握できないほどに弱体化していると思われていた。しかし、実際にはより地下に潜って活動をしていたのだ。
この宣言に対して、セルビア人を中心としたユーゴスラビア軍はすぐさま鎮圧に乗り出した。ユーゴ軍の装備は第一次世界大戦時とほとんど変わりは無く、非常に貧弱なものであったため、ナチスの支援によって自動小銃などの武器を隠し持っていたクロアチア独立国軍に苦戦をする。しかし、数に勝るユーゴ軍はクロアチア独立国軍を押し返し、そして、虐殺が始まった。
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宇宙軍本部
「くそったれ!ルメイの仕業か!」
高城蒼龍は、おそらく人生で初めて悔しさに激昂し、報告書を握りしめた拳を机にたたきつけていた。
多くの人命が失われた第二次欧州大戦と日米戦争が終わり、中国内戦も片が付いたというのに欧州の火薬庫で火が上がったのだ。ルメイの行方は相変わらずわからないままだったが、例の孤児院出身者達の動向を洗うことによって、怪しい場所を特定しようとしていた。そして、孤児院出身者の何人かがギリシャとマケドニアに潜入している事まで突き止めていたのだ。
「あともう少しで、ルメイを追い詰めて本当の平和が訪れるはずだったのに!」
高城の怒りの半分以上は自分自身に向けられた物だった。日本は島国で周りの国も安定している。ルメイがどんなに悪辣な策謀を巡らせても日本を攻撃することは出来ない。自分と日本人にさえ実害がなければ、全力を出すような事も無いと、心のどこかで思っていたのだ。その油断がベオグラード消失とユーゴスラビア内戦の勃発へ繋がってしまった。
「ギリシャを出発した汽車はユーゴスラビアに入ったところで、炭水車が交換されているね。おそらく、この炭水車に核爆弾を隠していたのではないかな」
宇宙軍森川少将も、下唇を噛んでいる。皆一様に悔しいのだ。
※炭水車 蒸気機関車の後ろに連結されていて、機関車に石炭と水を供給する車両
KGBとルルイエ機関からの報告では、アレクサンドラを乗せた列車が国境を越えた時に炭水車の車輪が故障し、その為たまたま近くの駅にあった同型の炭水車と交換されたということだった。そして、その列車がベオグラード駅に到着したと同時に爆発したのだ。
「結婚式に参列予定の各国要人がベオグラード入りする前で良かった。要人暗殺よりは、民族問題に火をつけて内戦と虐殺を起こしたかったんだろうな。ルメイは」
ペータル2世とアレクサンドラとの結婚式には、イギリスからはジョージ6世が、ロシアからはアナスタシア皇帝夫妻が、そして日本からは秩父宮ご夫妻が参列予定だったのだ。結婚式前にはあらゆる物が厳重に調査をされる。その過程で発見されることを危惧して、結婚式の5日前に爆発させたのかもしれない。
「クロアチア独立国は核テロへの関与は認めているのか?」
「いや、今のところ何のアクションも無いな。ただ、クロアチア独立国の建国宣言が核爆発と同じ日だ。準備をしていなかったって事は無いだろう」
「いずれにしても、ルメイの身柄と残りの核爆弾の確保が最優先だ」
ルメイはおそらく地下に潜伏しているため、見つけ出すのは困難だと思われた。しかし、例の孤児院出身者は人数も多く追跡が不可能では無い。その為、世界連合主導で、加盟国の駅や繁華街などに監視カメラが設置されることになった。
電源さえ供給していれば、自動的に撮影し衛星経由で日本の宇宙軍に動画データが送信される。そして画像解析ソフトによって、例の孤児達やルメイが映っていればアラートを出すことが出来るのだ。
ベオグラード喪失を受けて、世界はその安全を担保するために21世紀以上の管理社会へと舵を切ることになる。
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イギリス ロンドン
世界連合緊急安全保障理事会
ユーゴスラビアからの要請で、緊急安全保障理事会が招集されていた。そして、世界連合主導で内戦に介入し、クロアチア独立国を撃退して欲しいと訴える。
しかし世界連合の調査では、クロアチア地域に侵攻したユーゴスラビア軍は、多くの村落で虐殺を実行しておりその犠牲者は30万人にも及んでいるということだった。ユーゴスラビアのセルビア人達は、ベオグラードの核爆発で同胞が多数殺された恨みをクロアチア人に向けていたのだ。
そしてユーゴスラビアに対して、以下の要求が理事会によって議決された。
・すぐに虐殺を中止しクロアチアとの州境まで軍を引くこと。
・その後に世界連合平和維持軍がクロアチアとユーゴスラビア州境にDMZ(非武装地帯)を設定して進駐する。
「世界連合憲章では、武力による国境線の書き換えは認めないと記載があるではないですか!クロアチアとユーゴスラビアとの間にDMZを作ることは、新たな国境線をつくることと同義だ!出来たばかりの憲章をもう破るつもりか!わが祖国を分断するというのか!」
安全保障理事会の席上、ユーゴスラビアの大使は大声を上げていた。世界連合憲章では、武力による国境などの現状変更は認めないとはっきりと書いてあった。しかし、これは対外戦争を前提としたものであって、内戦への考慮は実のところ不十分であったと言わざるを得なかったのだ。
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