第四一四話 新たな世界(2)
「・・・・天使?」
「はい、“変な”天使です。陛下」
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「すると2039年にアルマゲドンが起こって天使の軍団と悪魔の軍団が戦い、悪魔達に地球が乗っ取られる可能性があると言うことなのか?」
「はい、陛下。リリエルの言葉を信じるならですが。ただ、ルメイに悪魔が憑依していたことは確認しました。私自身、2032年からタイムスリップをした事も間違いありません。おそらく、2039年には天使と悪魔の大戦がこの地球で勃発すると思われます」
リリエルが「変とは何よーー」と騒いでいるがガン無視だ。今は大事な話をしている。
「前回のアルマゲドンは12000年前にあったそうです。文明を持つ前の人類の支配権を巡って天使と悪魔が戦い、天使が勝つことによって今の世界があります。そして、人々の悲しみや憎しみを糧に悪魔達は力を付けてアルマゲドンに挑んでくるでしょう」
「そうか。高城の正夢の世界、いや、経験した世界では、第一次大戦からの半世紀で2億人もの人が死んだというのだろう?この世界ではおそらく不幸な死者は5000万人を下回っている。それなら問題なく天使が勝つのではないのか?」
「はい、陛下。5000万人というのも根拠のある数字ではありません。いずれにしてもこの地上で天使と悪魔の力が顕現し、現代兵器、核兵器ですら対抗できないほどの物理的衝突があるとのことです。天使が勝つにしても、人類文明にはかなりのダメージがあると予測されます」
「なるほど。では天使が勝つにしても悪魔が勝つにしても、人類の危機であることに間違いはないということか。天使が勝てばその後人類の復興は望めるが、悪魔が勝ってしまえば人類は復興も望めず、戦いに明け暮れてしまうということだな。しかし高城。君のことだからアルマゲドンへの対策も考えているのだろう?」
天皇はそう言ってニヤッと笑みを向けた。
「陛下には隠し事は出来ませんね。その通りです。まだ理論を構築している途中ですが、天使も悪魔も何かしらの法則によって存在し、神の権能を行使することは間違いありません。そのエネルギーの源を私は“霊子”と呼称していますが、これはおそらくニュートラリーノというマヨラナ粒子の一つではないかと推測しています。そうであれば、超対称性理論の帰結によって人類でも利用できるはずです。私は霊子力の謎を解き明かし、2039年までに悪魔を殺すことの出来る“武器”を作成しようと思っています」
高城の力説を黙って聞いていた天皇だが、聞いたことの無い理論や粒子の名前が出てくるとさすがに理解が追いつかない。
「つまり、天使と悪魔の戦いに、人間が参戦しようということだね?」
「はい、陛下。ご賢察の通りです。悪魔がどこから現れるのかわかりませんが、地上に影響を及ぼす前に全て撃退してご覧にいれます、と言っても、何世代か後の話ですが」
「ははは、頼もしいな。高城ならきっと実現できるだろう。我々の孫やひ孫の世代か。しかし、悪魔を殺すことが出来るのであれば、同じ技術を使って天使や神も殺すことが出来るのではないのか?それは人類が神の力を手に入れることにはならないのだろうか?」
天皇は少し不安げな表情をして問いかけた。もし本当に神が存在するとして、その神を殺す技術を手に入れるのだ。それを神が許すのだろうか?
「はい、陛下。人類の科学が進歩を続ければ、いつかは必ず神の領域に到達します。そして、100年後には神に失業してもらう予定です。失業手当くらい出しても良いですがね」
「はは。失業手当をもらう神の姿は面白そうだな。しかしあと百年足らずでその領域まで科学は進歩するのか?」
※今世では、1930年頃から失業手当や社会保険制度の運用が始まっている。
「はい、欧州大戦も日米戦争も終わりました。もはや、私の持っている技術を秘匿する必要はありません。この日のために書き溜めた論文や技術資料があります。国防関連や一部技術については公開できませんが、それ以外の技術を一気に公開しましょう。そして、あと15年(西暦1958年)で私のいた2032年程度にまで科学力を進歩させるのです。そうすれば、私の寿命が尽きる前に悪魔を殺す“目処”が立つかもしれません」
「寿命が尽きる前にか・・。その研究を引き継ぐ体制を作っておく必要があるな。しかし、高城。君は150歳くらいまで生きるんじゃないか?私たちは43歳だが、どう見ても君は30代前半に見えるよ」
天皇と高城は国家百年の計を語り合った。霊子力の解明を行うための財団を造り、国家の枠を越えて研究を続ける。来たるべきアルマゲドンに備えて。
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1943年7月1日
グローバルネットワークが一般に開放されるときが来た。低軌道の通信衛星も2000基を超えており、世界中のどこからでも高速ネットワークにアクセスできるようになっている。この日までは各国の政府機関だけが利用できていたのだが、ついに世界中の誰でも自由に利用できる日が来たのだ。
各国の大学にはパーソナルコンピューターが設置されている。もちろん、アメリカの大学にも設置した。敗戦の混乱にあっても、世界の知性の数十パーセントはアメリカに存在しているのだ。彼らにも、人類の進歩を手伝ってもらう必要がある。
民間の会社や研究機関でもパソコンを立ち上げて今か今かと待っていた。政府補助の出ない民間企業や個人で、どうしてもグローバルネットワークにアクセスしたい人たちは年収の2年分もするパソコンを購入して待ち構えていた。
1943年7月1日正午(グリニッジ時間)
事前にいくつかのサービスが世界中に告知されていた。その中で特に注目を集めていたのが「日本未来科学振興財団」のサイトだ。このサイトにおいて、様々な科学技術の資料が無償提供される予定になっている。
世界中の人たちが待ちわびた時刻が、ついに目前に迫った。世界中のパソコンフリークは愛機の電源を入れてその瞬間を待っている。人間の「知」への欲求は何にも勝る欲求だ。その知的欲求を満たすために、時計の針を睨みながらエンターキーの上に指を置いている。秒針がカチッカチッと真上に向かって進む。心臓が高鳴るのがわかる。そして、その細い針の先端が真上を向いた瞬間、世界中のフリークがエンターキーを叩いた。ついにグローバルネットワークによって、あらゆる情報にアクセスできる時代が到来したのだ。
人々はパソコンの画面に新たな世界を見た!
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