第三十六話 栄光のマン島(1)
パーーーーーーン、パパーーーーーーン
甲高い2ストエンジンの音をこだまさせながら、一台のバイクが最終コーナーを抜けて帰ってくる。
2ストロークV型2気筒350ccエンジン、その排気量から115馬力を絞り出すモンスターマシンだ。
フレームは50mmの高張力鋼パイプをメインフレームに、一部20mmパイプでトラス構造に組み上げた、ダブルクレードルタイプを採用している。リアサスは浮動型リンク機構を取り入れたモノサスだ。
FRPで製作されたフルカウルは2025年ごろの1,000ccスーパースポーツを彷彿とさせるスタイルに仕上がっている。
ピットに帰ってきたマシンは停止板にフロントタイヤを軽くぶつけて停止する。ピットクルーたちはマシンに駆け寄りリアサスアームにスタンドを差し込む。そして、ライダーが下車したことを確認してスタンドアップした。
「リアショックはもう少し固めがいいわね。リアの滑り出しが速い気がする。フロントはいい感じだわ。エンジンは9000回転くらいまで下がるとちょっとかぶり気味かもね。回転の上昇にもたつきがあるの。メインジェットの番数を一つ落としてみて。あと、ブレーキパッドはもうちょっと低温寄りの方がいいかもね。あ、それとグリップを3mm下げてもらえる?」
それを宇宙軍兵学校技術士官課程の生徒が書き留めて、すぐにセッティングを見直す。
ライダーの安馬野和美はチェアに座ってライダー専用に調整された電解補水液を飲みながら、ラップタイムのリザルトをチェックする。
「どうだ?安馬野。マシンの仕上がりは?」
高城蒼龍は、レイバンのサングラスをかけ、松葉杖をつきながら近づき、安馬野に話しかけた。
「いい感じに仕上がってるわね。上も良く回るようになってきたわ。タイヤも、今度の新型タイプは良くトラクションがかかってる。これなら、十分に戦えるわ」
安馬野はなぜか偉そうだった。
――――――
宇宙軍幼年学校と兵学校では将来のパイロットを養成するために、早いうちからミニバイクとゴーカートを授業に取り入れていた。小さい頃からバイクや車の操縦を経験させて、その中から才能のありそうな生徒をパイロット養成課程に進ませるのだ。
また、職業婦人としてバスの運転手などの育成も進めている。
そんな中でも、この安馬野和美の才能は際立っていた。
分厚い革で出来たライダースーツの膝と肘に付けたバンクセンサーは、路面との接触で表面がすり切れてしまっている。彼女のライディングは、まさに鬼気迫る物があった。
――――――
1924年 イギリス マン島
日本チームは、ここマン島で開かれる「マン島TT 500ccシニアクラスレース」に参加するために、イギリスを訪れていた。
※2ストロークエンジンは、排気量が0.7倍制限なので、350ccが上限となる。
高城は多忙のため帯同は見送ったが、高城がいなくても十分に戦えるだけの実力を身に付けている。
「富士号」と名付けられた3台のマシンが馬車の荷台から下ろされ、そしてピットまで押されていく。今回は2台エントリーで、1台は予備だ。日本チームはライダー二人とメカニック他、総勢45名と大所帯になっている。
他の参加チームの面々は驚きを持って日本チームを見つめていた。
「なんだ、あのマシンは?」
「排気管が途中で風船のように膨らんでいる。あんな設計で排気効率が良いわけない」
「すごいカウルだな。あんなに装備してたら重くなりすぎるんじゃないか?」
「おい、タイヤの太さを見てみろ。俺たちの3倍はあるぞ。それに、ホイールのスポークが変だ。一体鋳造なのか?」
「あれは、ブレーキなのか?円盤を挟み込むような構造になってるな」
当時のマン島レースは一部未舗装区間が残されていたので、タイヤはレインタイヤのように溝がある。
車検が終わり、バイクがピットに帰ってきた。そして、エンジンをかけて、最終調整をする。
パーーーーン!パーーーーーーン!
自分たちの知っているエンジン音とは明らかに違う、甲高い爆音を響かせる。
「な、なんだ?!あの音は?2ストにしても、甲高すぎる。本当にガソリンエンジンなのか?」
そして二人のライダーが革のライダースーツを着てテントから出てくる。ファーストライダーの安馬野和美とセカンドライダーの高矢紀子だ。ライダースーツは体に密着するように調整されていて、誰が見てもその二人は女性の体型であることがすぐに解った。
「ごくっ」
それを見ていた白人の男達は、みな生唾を飲み込んだ。
「ハーイ、ゲイシャガール!君たちが乗るのかい?危険なライダーを女にさせて、日本の男どもはみんなチキンなんだね!」
背の高い細身のイギリス人の男が英語で話しかけてきた。
安馬野はマン島TT参加が決まってから、英語を話せるように寝る間を惜しんで勉強していた。
「こんにちは、かわいらしいpeckerさん。私たちのチームには、男だから女だからって差別することは無いの。彼らはメカのプロフェッショナルよ。モヤシのようなあなたのcock(雄鶏)とは違うの。今すぐお家に帰って、ママのおっぱいでも吸ってた方がいいわね。このマザーファック野郎」
(訳)「こんにちは、かわいらしいチ○ポさん。私たちのチームには、男だから女だからって差別することは無いの。彼らはメカのプロフェッショナルよ。モヤシのようなあなたのチン○とは違うの。今すぐお家に帰って、ママのおっぱいでも吸ってた方がいいわね。このマザーファック野郎」
安馬野は、なぜかスラングだけは高城からたたき込まれていたのだ。
「こ、こ、このくそ女ぁぁぁぁぁぁぁ!」
「やめろ!ジョンソン!こんなところで騒ぎを起こすな!」
チームメイトが制止する。
「あら、あなた、Johnsonって言うの?あーはっはっは・・。日本にはね、名は体を表すって言葉があるの。ほんと、あなたは名前の通りね。細い細いJohnsonさん」
※Johnsonはスラングでチン○の意味。
「レースでは覚えてろよ!絶対お前ら殺してやる!」
「あら、威勢だけはいいのね。そうね、特別サービスで私のおしりだけ見せてあげるから、それで右手を恋人にでもしてなさい」
安馬野のスラングと嫌みは、超一流だった。
第三十六話を読んで頂いてありがとうございます。
さあ、栄光のトロフィーの行方は?
完結に向けて頑張って執筆していきますので、「面白い!」「続きを読みたい!」と思って頂けたら、ブックマークや評価をして頂けるとうれしいです!
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モチベーションががあがると、寝る間も惜しんで執筆してしまいます。
これからも、よろしくお願いします!




