表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

166/452

第百六一話 ラーゲリ(1)

 シベリア鉄道の拠点確保と同時に、ロシア空挺部隊によるラーゲリ(強制収容所)解放作戦も開始された。


1939年9月22日


 マガダン州セヴォストラク北東矯正労働ラーゲリ


 ラーゲリへは家族で収容されている囚人も多い。


 冬を前にして、ヴコールは死んだように曇天の空を見上げていた。忌々しい冬が来る。1年前の冬、ヴコールの妻ノンナと3才になる娘のマリーヤが死んだ。いや、党によって殺されたのだ。


 1月6日の夕べ、彼らの一家は神に祈りを捧げていた。彼らは敬虔なロシア正教徒であり、ロシア正教が定めるクリスマス(1月6日夕~7日)に祈りを捧げずにはいられなかった。しかし、それはスターリンの教義に反することであった。スターリンは宗教を認めない。なぜならば、神は誰も救ってくれないことを彼は知っている。どんなに神に祈っても、救いを求めても、彼がサインをすれば簡単に処刑台に送られる。悪人も善人も、男も女も、老人も子供も、彼の前では皆平等に無力なのだ。そう、ソ連において神とは、スターリンそのものなのである。


 翌日の早朝、ヴコール一家は収容棟から連れ出され、労働者としての矯正教育が実施されることになった。密告されたのだ。密告したのは同じ棟に収容されているイグナートだ。イグナートはもともとロシア正教の修道士だった。しかし、彼の所属していた教会が反革命的な説法をしていると密告された。


 密告したのはその村の村長だ。その村は、党から課せられた小麦生産のノルマを達成できなかった。そして、党からの指導を受けていたのだが、このままでは自分がラーゲリ送りにされると危機感を感じた村長が、ノルマを達成できなかったのは、教会が反革命的だったからと、責任をなすりつけたのだ。そして司祭は処刑され、イグナートはこのラーゲリに収容された。彼は悟ったのだ。この世に神は存在しないと。


 ヴコール一家を待ち受けていた”教育”は過酷なものだった。教育が終わるまでの2週間、彼らの食事は朝食の一食だけに制限された。就寝時の布団も取り上げられ、彼らは冷たい床の上に身を寄せ合い寒さを凌いでいた。


「マリーヤ、ごめんね。お腹、すいたね。お母さんたちのせいで、こんなことになって」


「ママ、大丈夫だよ。私にはパパとママがそばにいてくれるから。きっと神様が助けに来てくれるよ」


 マリーヤの頬は痩け、腕や足は枯れ木のようにやせ細っていた。それでも、マリーヤは常に父と母が寄り添ってくれることに幸せを感じていた。


 しかし、1月のシベリアは、そんな彼らの家族愛を嘲笑っていた。小さな娘には、この寒さは耐えられないかもしれない。だから、夫と妻の間に挟んで、暖めていた。しかし、やはり小さな体では、シベリアの寒さを耐えることは出来なかった。


 5日目の朝、マリーヤは目を覚まさなかった。


「うわああぁぁぁぁーーー!!マリーヤ!お願い!目を開けて!お願い!マリーヤ!!」


 母のノンナは絶叫した。我が子が目を覚まさない。もう、冷たく、固くなっている。それでも、少しでも暖めようと、自身の服の前を開け、我が子を抱きかかえて服を覆い被せている。


「うるさいぞっ!」


 何の騒ぎかと看守が部屋に入ってくる。


「マリーヤが、マリーヤが目を覚まさないの!お医者様を、お願い、お医者様を・・・」


 母親は看守にすがるように訴えかける。


「なんだ、もう死んでるじゃ無いか。裸にしていつもの場所に埋めてこい。脱がした服は守衛所に後でもってこいよ。服は人民のものだからな。取り込もうとか考えるな」


 愛おしい我が子を裸にして、凍った冷たい土に埋めろという。ノンナにとってはとうてい受け入れられるものでは無かった。


「うわああぁぁぁーー」


 ノンナは看守に突進しそのまま押し倒した。馬乗りになり、看守の顔を殴りつける。やせ細った女がすることだ。看守は驚きこそしたものの、たいしたダメージは受けていない。


「やめろ!ノンナ!そんな事をしたら・・」


 バンッ


 何かが弾けるような音とともにノンナの手が止まる。ノンナはそのままゆっくりと仰向けになり倒れ込んだ。


 バンッバンッバンッ


 乾いた銃声が室内に反響する。周りに居た看守が倒れているノンナに向けて小銃を発射した。


「ああ、ノンナ、ノンナ・・・・・」


 ヴコールは膝から崩れ落ち、妻だったモノの近くで弱々しく呼び続ける。


 至近距離から小銃弾を浴びたノンナの顔は、もう既に元の形をとどめていない。喉からは、“グゴゴゴォ”といびきのような呼吸の音とともに、大量の血液があふれ出している。そして、しばらくして呼吸と血液の流れも止まった。


 跳弾した弾が他の人間に当たらなかったのは幸運だっただろうか。


「くそっ、このあばずれめ。党からの慈悲で教育を受けさせてやっているのに。おい、お前、そこのガキと反動主義者の死体を裏庭に埋めてこい。服は洗濯してから持って来いよ。それと、床もちゃんと掃除しておけ!」


 ノンナに殴られた看守は、崩れ落ちて妻の名前を呼び続けているヴコールに命令した。その周りでは、別の看守がヴコールを見ながらニヤニヤと笑っていた。



ラーゲリ(2)に続く



第百六一話を読んで頂いてありがとうございます。

ラーゲリに関するひどい話はたくさんありますね。


完結に向けて頑張って執筆していきますので、「面白い!六「続きを読みたい!」と思って頂けたら、ブックマークや評価をして頂けるとうれしいです!


また、ご感想を頂けると、執筆の参考になります!


「テンポが遅い」「意味がよくわからない」「二番煎じ」とかの批判も大歓迎です!

歴史に詳しくない方でも、楽しんでいただけているのかちょっと不安です。その辺りの感想もいただけるとうれしいです!


モチベーションががあがると、寝る間も惜しんで執筆してしまいます。


これからも、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 野蛮な人間世界では、戦わないと奪われるだけ、、、、、、 日本人に、その覚悟はあるのか? 結局、第二次世界大戦は、第一次世界大戦の大量の戦死を嫌ったフランス、イギリスが戦争を嫌い、ドイツと戦…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ