第百三七話 ノモンハン事件(3)
1939年8月22日
宇宙軍本部
「偵察衛星からの写真です」
「これは・・・」
高城大佐の前には、偵察衛星から撮影した白黒の赤外線写真が並べられていた。ヨーロッパ中部の平原を撮影した、何枚もの大きな写真だ。
そして、白次中佐がそれぞれの写真の説明をしていく。
「はい、ヴロツワフ近郊の平原にドイツ軍の機甲師団が集結しています。また、物資の搬入も相当な量にのぼっているようです。さらに、北部の国境付近にも集結の兆しがあります」
ボロツワフはポーランド国境に近いドイツの街だ。写真には、ものすごい数の戦車やトラックが写っている。
通常の訓練や演習ではあり得ない量だ。この近郊に大軍が集結している事の意味は誰にでもわかった。
8月21日にドイツ外務省は「一・二週間以内にポーランドは己の愚かさを後悔するだろう」との声明を発表していた。この声明はポーランドへの侵略宣言と受け止められていたが、英仏はギリギリまで戦争回避の努力をしている。
この声明に対して日本政府は、「ポーランドに侵攻するようなことがあれば、日本はドイツに対して重大な決断を下す」と警告をした。また、国連安全保障会議の開催を要求し、日英仏による“国連軍”結成の決議を採択する根回しをしていた。
イギリスは、アメリカへも同調するように協力を要請していたが、アメリカは中国国内で蒋介石軍とともに、共産主義勢力との内戦を戦っているので余力も無く、ヨーロッパの戦争には関与しないという立場を明確にしていた。
「それとこちらもご覧下さい。ポーランドとソ連の国境付近です」
「こっちも大軍だな」
ポーランド国境に近いソ連領内にも、戦車を中心とした大軍が集結しつつあった。
史実では、9月1日にドイツ軍が、9月17日にはソ連がポーランドに侵攻を開始している。しかし、この物量を見ると、ソ連の侵攻はもっと早く実行されるかも知れない。
ドイツとソ連によるポーランド侵攻は、歴史の授業とウィキペディアの記述程度の事しか知らなかったが、いざ、同じ時代を生きると、国の両側をドイツとソ連の大軍に囲まれたポーランド人の恐怖はいかばかりの物だろうと思う。数日後には、間違いなく多くのポーランド人が虐殺され、国がこの地上から消えてしまうのだ。
その侵攻が始まるまで、何も出来ない国際社会はなんと無力なのだろうと高城蒼龍は思った。
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「陛下。ノモンハンではソ連軍が航空優勢を取りつつあります。また、T-34の試作車両と思われる戦車の投入もあり、このままでは戦線の維持が困難な状況です。まず、制空権を奪取するために、十一試戦闘機を投入したいと考えます」
「そうか、ついにそこまで来てしまったか」
十一試戦闘機を投入するということは、ただ単に戦局が苦しいというだけでは無い。もう、ソ連との全面対決を避ける手段はないということだ。世界は、ついに大戦へと突入してしまう。
「はい、陛下。ポーランドの国境付近にはドイツとソ連の大軍が集結しつつあります。なんとか外交的圧力で戦争を回避しようとしてきましたが、結果を出すことが出来ませんでした。事ここに至っては、もはや独ソのポーランド侵攻を防ぐことは出来ません。そして、その前哨戦たるノモンハンの戦線が崩壊するようなことがあってはならないので、十一試戦闘機投入のご裁可を頂きたく存じます」
十一試戦闘機にはレーダー連動照準器やターボプロップエンジンが搭載されている。万が一にもソ連に鹵獲されてはならない兵器だ。
しかし、第二次世界大戦が不可避であるなら投入せざるを得ない。
「確実にソ連軍を抑えるのであれば、ジェット機の方が良いのでは無いか?」
「はい、アスファルト舗装の滑走路整備を急ピッチで行っておりますが、作戦行動が出来るようになるまで、あと二週間かかります。現状ではノモンハンの戦線を二週間維持するのは困難です」
チチハル市の北方50km付近には、大日本帝国陸軍の大部隊が集結しつつあった。国境から距離があるのは、ソ連に気取られないためだ。
そして、航空支援を得るために、2,000m滑走路の整備をしている。
ソ連と開戦が避けられない状況になった場合は、ここから鉄道によって国境まで移動し、ソ連支配地域への侵攻を開始する。そして計画通り、シベリア鉄道に沿ってモスクワを目指すことになる。
「ノモンハンへは宇宙軍第二十三航空隊を派遣いたします。宇宙軍の中でも、最も練度が高く信頼できる部隊です」
陸軍航空隊はソ連侵攻のための準備をしていて動かせない。また、海からでは遠すぎて、艦載機による支援も出来ない。現時点で即応できるのは宇宙軍部隊しかなかった。
「わかった。くれぐれも無理はしないようにな」
高城蒼龍は、黙って天皇に向かい最敬礼をした。
“無理はしないように”とのお言葉をもらったが、これからの戦争で損害を出さずに勝利することはあり得ない。宇宙軍の兵士ももちろん投入していくことになるし、戦死者も出すことになるだろう。
宇宙軍の兵士の多くは、親から捨てられ宇宙軍に来た者達だ。みな子供の頃宇宙軍幼年学校へ入学し、高城蒼龍自らが育てた。全員自分の子供と言っても過言では無い。その子らを、これから戦地に送らなければならないのだ。
軍の幹部となれば当然に経験することだと覚悟はしていたが、やはり、戦地になど送りたくは無い。その為に、ギリギリまで戦争回避の努力をしてきたが、この歴史の大きなうねりを止めることは出来なかった。
ヨーロッパの戦争なのだから、日本は不干渉を貫けば良いのではとも思ったが、国連常任理事国として世界の平和を守るという責任もある。さらに、ヒトラーとスターリンが核兵器を持ってしまっては、人類絶滅のシナリオも現実味を帯びてくる。やはり、ここで悪魔達の計画を止めなければならない。
第百三七話を読んで頂いてありがとうございます。
とうとう宇宙軍の出撃ですね!
完結に向けて頑張って執筆していきますので、「面白い!」「続きを読みたい!」と思って頂けたら、ブックマークや評価をして頂けるとうれしいです!
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「テンポが遅い」「意味がよくわからない」「二番煎じ」とかの批判も大歓迎です!
歴史に詳しくない方でも、楽しんでいただけているのかちょっと不安です。その辺りの感想もいただけるとうれしいです!
モチベーションががあがると、寝る間も惜しんで執筆してしまいます。
これからも、よろしくお願いします!




