第百○三話 第一回ワールドカップ(2)
中杉はゴール近くまで駆け上がり、シュート体勢に入る。ブラジルDFは中杉とゴールの間に入り、シュートコースを消す。しかし、中杉の狙いは、まさにそこだった。
ブラジルDFを中杉に引き寄せ、逆サイドが空いたことを確認し、シュートと見せかけてサイドチェンジのパスを大きく蹴る。
そこには、MF沢田が駆け上がってきていた。その視線はまっすぐにブラジルゴールを見ている。
「しまった!」
ゴール前に戻っていたブラジルMFたちが、沢田とゴールの間に全力で入る。ブラジル人選手の身体能力は非常に高い。2人が沢田の前に入ることができ、これでシュートコースをかなり消すことが出来た。
沢田は鋭い視線をゴールに向けたまま、無理なシュートを放つかに見えた。しかし、人間の視界は180度以上ある。沢田はその視界の一番隅っこに、1人のFWが走り込んできたことを確認した。沢田は視線を動かさず、中央にクロスを入れる。完全なノールックでのクロスだ。
そして、そこにはFW比嘉 虎次郎がいた。
比嘉は沖縄県出身だ。沖縄出身と言うだけで、本土の人間からはいつも下に見られていた。どんなに努力をしても、認められない。方言をバカにされる。しかし、比嘉はそれでも努力を惜しまなかった。
比嘉の家は手(てい※沖縄武術のこと)の使い手だった。幼少のころより手の鍛錬に打ち込んだ。そして、その右足から繰り出される蹴りは、まさに殺人技のレベルにまで達していた。
その類い希な身体能力を見いだされ、大岬にスカウトされたのだ。
宇宙軍に来てからは、まず体作りから始まった。成長盛りだった比嘉は、宇宙軍での5年で二回りも大きくなった。今や身長は193センチ、体重95kgの巨躯を誇る。しかも、そんな巨体にもかかわらず、100m走は11秒台で動きも俊敏だ。まさに、人類の進化における一つの到達点と言っても過言ではない。
比嘉はその右足の能力を徹底的に磨いた。サッカーを始めたのが遅かったせいもあり、ドリブルもそれほどうまくできない。守備をすれば、必ず相手を吹き飛ばしてしまいファウルをもらう。左足で蹴ることは苦手で、特にシュートに関しては右足でしか蹴ることは出来ない。それでも、毎日何百本ものシュート練習をした。また、グランドの脇に生えている木を、ひたすら右足で蹴り続けた。比嘉の右足の皮膚は、その鍛錬によってゾウの皮膚のように分厚く硬くなっている。そして、いつしかそのキックに耐えられなくなった直径20センチほどの木は倒れた。ここに、その右足(殺人兵器)が完成したのだ。
沢田の出したクロスは、完全なタイミングで比嘉の目の前に出された。何百回も、何千回も練習をしてきた形とタイミングだ。沢田との連携なら、目をつむっていても出来る。そう思えるくらい沢田との息はぴったりだった。
「さすが沢田だ!お前は俺の最高の相棒だぜ!くらえ!タイガーショッットーーーー!」
手由来の、一撃で人を確実に殺すことができる右足から繰り出されるスーパーシュートだ。比嘉の右足に蓄えられた殺人的運動エネルギーは、そのままボールに移り虎の牙を剥く。そしてボールはすさまじい唸りを上げてブラジルゴールに突き刺さった。
ピーーー!
ゴールのホイッスルが鳴った。
ブラジルのGKディアゴは、まったく反応することが出来なかった。いや、反応できなかったことは幸いだったかも知れない。こんな速度のシュートは今まで見たことがなかった。もし、あのシュートを手で止めていたら、無事で済んでいただろうか?ディアゴは心拍数が跳ね上がったことを認識した。想像するだけで恐ろしい。やつらは、物語の中だけに存在するはずの“忍者”なのか?
「虎次郎さん!」
沢田が比嘉に駆け寄り抱きつく。そしてチームメイトのみんなが虎次郎に駆け寄ってハイタッチをした。
ブラジルチームは全員立ち尽くした。ボールを奪ってからの一連の流れは、まさにサッカー芸術の最高峰だった。これは、サッカーにおける一つの”解”ではないかと思わせるようなプレーだ。
ボールを奪う。パスを出す。ワンタッチでパスを繋ぐ。オーバーラップしたDFが駆け上がり、ブラジルDFを引きつけて隙を作る。そこからのサイドチェンジ。そしてシュートをすると思わせて、ゴール前にクロス。最後はDFの居なくなったゴールに正面からスーパーシュート。
ブラジル選手は思う。これは、何度も俺たちがやってきたプレーだ。チーム全員が連携し、相手の陣形を崩してからのシュート。
しかし、それが完璧に決まるのは、自分たちと相手チームとの実力差が大きいときだ。ブラジルチームは、格下のチームとの試合では、練習を兼ねてこういった連係プレーを多用する。そうだ、格下のチームとの試合だ。
「お、おれたちが“格下”なのか・・・?」
ゴールが決まった後、一瞬静まりかえったスタジアムは、一拍を置いてすさまじい歓声に包まれた。観客はブラジルの圧勝を疑っていなかった。ワールドカップの初戦だが、ブラジルにとってはほとんど消化試合。実力の半分も出せばひねり潰せる相手だと、だれもが思っていた。
しかし、キックオフから2分。日本はブラジルに対してスーパーゴールを決めて見せた。観客は大番狂わせやジャイアントキリングが大好きだ。スタジアムは大いに盛り上がる。
「お前ら!何やってる!油断しすぎだ!相手は忍術を使う忍者だと思え!」
ブラジルのコーチングエリアから監督の怒声が飛ぶ。
その怒声に、ブラジルチームは戦意を取り戻す。ただ1人、目の前でシュートを見ていたゴールキーパーを除いて。
第百○三話を読んで頂いてありがとうございます。
強豪ブラジルに勝てるんでしょうか?
完結に向けて頑張って執筆していきますので、「面白い!」「続きを読みたい!」と思って頂けたら、ブックマークや評価をして頂けるとうれしいです!
また、ご感想を頂けると、執筆の参考になります!
「テンポが遅い」「意味がよくわからない」「二番煎じ」とかの批判も大歓迎です!
歴史に詳しくない方でも、楽しんでいただけているのかちょっと不安です。その辺りの感想もいただけるとうれしいです!
モチベーションががあがると、寝る間も惜しんで執筆してしまいます。
これからも、よろしくお願いします!




