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あの日の夏はまだ終わらない  作者: きさらぎ
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第52話 偶然の遭遇Ⅱ

「あーあ。今日はつまんなかったな」


 人通りの途絶えた道路を歩きながら、裕幸がぼやいた。あたりは一般住宅とは違い、屋敷といってもいいくらいの大きな家が建ち並ぶ。


 三年生達と練習が終わってついてくるように言われたのだ。前には三年生の姿。後ろを龍生と並んで歩いていた。


「何、言ってんだよ」


「だってさあ。龍生。緋色ちゃんいなかったんだもん。休むなんて聞いてなかったし。知ってたら俺も来なかったのにな」


(聞いていなかったて当たり前だろうが、男子部と女子部はもともと別行動だからな。まったく女子一人に振り回されやがって)


 わがままにもほどがある。龍生は悪びれない裕幸の頭を思いっ切り叩いた。


「いってえ-。何すんだよ」


 後頭部を抑えながら龍生に咬みついた。マジで痛かった。


「お前なあ。ふざけたこと言ってんなよ。インターハイまで日がないっていうのに。お前はエースなんだから、ちゃんと自覚を持て」


「わかってるけどさ、藤も佐々も来てないし、もしかしたら一緒に遊んでるかもしんないじゃん?」


 不満たらたらになおも続ける裕幸に、さしもの龍生もお手上げだ。


 確かに彼らが同時に休むのは珍しい事かもしれない。だからと言って、インターハイ前の大事な時、藤と佐々は出場しないとはいっても、遊びに行くとは思えない。何か大事な用事でもあったのだろう。

 つらつらと考えていたら、目的地に着いたのだろう。

 

「ここだよ」


 三年生達が立ち止まって教えてくれた。


『遠野』


 表札が目に入った。

 三年生達は中へと入っていく。


「ここも大きい家だけど、隣見てみて。凄いよ」


 隣の家の何十メートルと続く白壁の塀が目に入った。敷地がこれだけ広ければ、建物もかなりのものだろう。 


「龍生の家とどっちが大きいかな?」


「こっちが大きいんじゃないかと思う。って、俺んちと比べんな。それより……」


「どんな人が住んでるんだろう?」


 龍生の話はそっちのけで、裕幸の興味は既に隣の家に移っている。当初の目的はすっかり忘れていた。


「いいから、今はそんなこと考えてる暇はないだろう。行くぞ」


 強制的に引きずっていかなければ。



『先輩とは違いますから』


 龍生の脳裏に里花の言葉が思い浮かんだ。


(ホント、その通りだよな。苦労してるのは俺の方だ。藤と佐々はわりと従順そうだからなあ)


 自由気ままな裕幸と付き合うには無駄にエネルギーがいる。



「あれ? 誰か出てきた」


 裕幸の言葉につられて龍生も隣の家に顔を向けた。



 しまった! と思った時には遅かった。


 門を出たところで、亮の家の前にいた裕幸に見つかってしまったのだ。今さら、家の中へは入れない。


「緋色ちゃん」


 笑顔でこちらに走ってくる。龍生もいた。

 いつまでも門の外にいる緋色たちを不思議に思いながら、あとの四人が駆け寄る。


「げっ!」


 なぜ、こんなところに?

 一番会いたくないやつに、一番会いたくない場所で会ってしまった。


(ここまでくると、悪意さえ感じるわ)


 里花は落胆した。何度も偶然が重なると、なにか意図的なものを感じてしまう。


「ここ、緋色ちゃんちなんだね」


 裕幸は表札を見ている。


(こういうことには、目ざといやつ)


 翔はチッ、と舌打ちをする。


(緋色ちゃんの家? 遠野亮の隣。あっ、遠野。弟?)


 今日は遠野亮の命日。


 ここにみんないるのは偶然ではないはず。


『遠野亮』

 

 キーパーソンはこれだったんだ。遠野亮の弟が同じ学校にいる。聞いてはいても興味はなかった。六人をつなぐ糸が見つかった。


「早く来いよ。みんな待っているぞ」


 いつまでも入ってこない裕幸達に業を煮やして、春磨が呼びに来た。隣が緋色の家だと聞くと複雑そうな表情に変わった。


(見つかった。亮先輩とのつながり。隣同士、もしかして幼馴染みだったのか? こんな身近にいたなんて。これは近すぎるよな、あまりにも)


 そう思うと春磨の顔が翳った。

 次から次へと現れる男子部員達を目の前に、緋色は困惑の色を浮かべていた。


「そうだ。早く行くぞ」


 今は感慨に耽っている場合ではない。春磨は用件を思い出し二人をせかす。裕幸達を連れて急いで亮の家に入っていった。


 玄関の中に入る前に春磨が、


「約束してくれないか? さっきの緋色ちゃんの家のことは口外禁止。誰にも言うなよ」


 真剣な顔で釘を刺した。


「何でですか?」


 裕幸は解せない顔をした。


 遠野亮と緋色の家は隣同士だったって、別に悪い事じゃあるまいし。

 今でも噂にのぼるパーフェクト王子と呼ばれた亮の存在感は半端ではない。二年生以下は直接亮のことは知らない。だが、三年生は違う。


 夏までの短い期間とはいえ、部活を共に過ごしたのだ。亮への思いは人一倍あるのだろう。話をする先輩達の顔を見るに、亮のことを崇拝している感さえあった。

 そんな亮の隣人なのだ。自慢することはないが、隠すことでもないだろうと思ってしまったのだ。


「部活を休んでまでここにいる。あいつらの気持ちを察してやれってことだよ。そっとしといてやれよ」


 春磨の彼女らの心情を思いやる真摯な言葉に二人は神妙な顔で頷いた。




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